第149話 二月二十六日は包む(ラッピング)の日

 贈り物などを包む(ラッピング)ための商品を企画・販売する「株式会社包む」が制定。

 大切な人のことを想い、感謝の気持ちを込めて贈り物や商品を包むことで、楽しさと豊かさを届ける日とするのが目的。

 日付は二と二六で「つ(二)つ(二)む(六)」と読む語呂合わせから。



 私は今、縁もゆかりも無かった土地で、夫と新婚生活を送っている。

 一年前には正社員で働いていたが、夫である当時の彼氏から転勤するタイミングでプロポーズされた。結婚して転勤先に付いて来て欲しいと。夫の会社に転勤が多いのは知っていた。付き合い続けていれば、こういう形での結婚も有り得ると想像もしていたし覚悟もしていた。なので、私は夫のプロポーズを喜んで受け、今こうして転勤先で一緒に暮らしている。

 夫は私に仕事を辞めさせた負い目があるのか、子供が居ないのに働いて欲しいとは言わなかった。家事をしてくれればそれで良いと自由にさせてくれている。私も土地に慣れるまではそうするつもりでいたのだが、あるお店に出会って事情が変わった。家の近所で凄く雰囲気の良い雑貨屋さんを見つけ、なんとそのお店がアルバイトを募集していたのだ。私はすぐに面接のアポを取り、見事採用された。現在で半年ほど気持ちよく働き続けている。

 雑貨屋のオーナーはアラフィフの既婚女性だ。子供が巣立ったので、長年の夢だった雑貨屋をオープンさせたらしい。明るくて頼りがいのある理想的な店長さんだ。

 私は週三日、オープンの十一時から午後七時まで働いている。センスの良いお店で接客するだけでも楽しいのだが、私は仕事でそれ以上のやり甲斐を見つけた。それは商品のラッピングなのだ。

 雑貨屋というお店の特性上、プレゼント用に商品を買っていくお客さんが多い。その際にラッピングを頼まれるのだが、これが凄くやり甲斐を感じるのだ。

 ラッピングした商品を手渡す時、全てのお客様が凄く良い笑顔を見せてくれる。きっとお客様の頭の中には、プレゼントを渡す相手の笑顔が浮かんでいるのだろう。プレゼントというのは、贈られる人はもちろん嬉しいが、贈る人も嬉しいのだと微笑ましい気持ちになる。その笑顔を見ることで、私までプレゼントを贈る疑似体験が出来るのだ。

 そんな風に仕事とは思えないほど、楽しく働いていたある日。小学校中学年くらいの女の子がボールペンを二本買ってくれた。値段は一本三百円。この店で一番安い商品だ。


「これをラッピングして貰えますか?」


 女の子にレジでそう聞かれた。

 当店では有料のものと、条件によって無料のラッピングがある。無料の分は、千円以上お買い上げの場合は無料となるが、それ以下だと五十円だけ頂くように決められていた。


「この商品は合計で六百円だから、ラッピングに五十円頂きますが、それでも宜しいですか?」


 私がそう言うと、女の子の表情が曇る。


「ただじゃないんですか?」

「千円以上買った場合は無料ですが、六百円なので五十円だけ頂くことになるんです」

「ええっ……どうしよう……」


 女の子は泣きそうな表情になる。きっと六百円までしか持っておらず、五十円が出せないんだろう。


「ボールペンを一本だけには出来ないのかな?」


 私はなんとかしてあげたくて、そう聞いてみた。


「お父さんとお母さんの結婚記念日のプレゼントだから二つじゃないと……」


 女の子はますます泣きそうになる。もう私が五十円出してラッピングしてあげたいくらいだが、そんな勝手なことをして店に迷惑掛けるかも知れないし……。

 そう思っていたら、ポンポンと軽く肩を叩かれた。

 振り返ると商品整理をしていた店長さんが笑顔で立っていた。


「五十円無いのかな?」


 店長さんは女の子の前でしゃがみ、同じ目線になってそう聞く。女の子は泣きそうな顔のまま無言で頷く。


「じゃあ、今回だけは無料にしてあげる。お父さんとお母さんに喜んで貰いたいからね」

「ホントですか?」


 店長さんがそう言うと、女の子の顔がパッと明るくなる。


「ホントだよ。じゃあ、ラッピングするからちょっと待っててね」

「はい!」


 女の子は笑顔で元気よく返事をした。

 店長さんは立ち上がると、私に顔を寄せる。


「有料の分で、思いっ切り綺麗に仕上げてあげて」


 店長さんは私にそう耳打ちして来た。


「はい、全力で仕上げます!」


 私は店長さんの心遣いが嬉しくて、張り切ってそう答えた。

 女の子に包装紙を選んでもらい、慎重にラッピングする。この女の子のご両親が、包装を見た途端に、笑顔になれるようにと。


「はい、ラッピング出来ました。どうぞ」


 満足の出来栄えでラッピングを終え、私は商品を女の子に手渡した。


「ありがとうございます」


 女の子は満面の笑みで商品を受け取ると、丁寧に頭を下げる。私が仕事で一番達成感を感じる瞬間だ。


「ああいう笑顔が仕事のモチベーションになるよね」

「ホントそうですね」


 二人で女の子を見送ると、私たちはまた仕事に戻る。もう夕方近くの時間だが、全然疲れを感じず、むしろ午前中より元気いっぱいだった。これからもまた、お客様の笑顔に力を与えてもらえるように、この仕事を頑張っていこうと思った。

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