第198話 四月十六日はボーイズビーアンビシャスデー
一八七七年のこの日、札幌農学校(現在の北海道大学農学部)の基礎を築いた教頭・クラーク博士が、「Boys,be ambitious.(少年よ、大志を抱け)」という有名な言葉を残して北海道を去った。
ボーイズビーアンビシャス、少年よ大志を抱け!。
俺はこの春で高校生になった。将来を見据えて、何か行動を起こす時じゃないかと思う。そのテーマに「ボーイズビーアンビシャス」を選んだ。なんかカッコイイからだ。
ボーイズビーアンビシャスになにをするか? 昼休みの食堂で、親友の俊樹に相談してみた。
「おお、カッコイイなそれ! で、何をするの?」
聞いた相手がまずかったか。俊樹は陽気で良い奴だが、決して頭が良い奴ではない。まあ、俺も人のこと偉そうには言えんが。
「だからさ、大志を抱くんだよ! 将来ビッグになる為のことを今からするんだ」
自分で言ってて、俺自身も良く分からんから、俊樹も分からんだろうな。
「なんだか良く分からんが、ビッグになるならバンドだろ! メジャーデビューしてビッグになろうぜ!」
「おお! バンドか! それカッコイイな! やろうぜバンド」
単純な俺達はもうボーイズビーアンビシャスの方向が決まってしまった。
「で、俊樹は何か楽器出来るのか?」
「いや、出来ないけど。文也は出来るのかよ?」
「いや、俺も出来ない」
自分でも情けなくなるぐらい、適当な俺達。
「あっ、そうだ! 明菜に頼もうぜ。文也は幼馴染だろ? 頼んでみろよ」
「ええっ……」
松村明菜は俺の隣に住んでいる幼馴染だ。スレンダー高身長でショートカットの王子様系女子。顔も美形で、男子からも女子からも人気がある、学校でも目立つ存在だ。
外面は良いのだが、本性は結構キツイ性格してて、俺は幼い頃から文句ばかり言われている。だから、明菜には頼りたくはない。
「明菜に頼るって、何を頼るんだよ」
「明菜は中学生の時、文化祭でソロのギターボーカルやってただろ。ギター弾けるんだから、教えて貰えば良いし、なんならメンバーに入って貰えば良いじゃないか」
「俺達が目指すのはボーイズビーアンビシャスだろ。ボーイだから明菜は駄目だろ」
「明菜なんて男みたいなもんじゃないか。明菜が入ってくれたら女の子のファンが増えるぞ」
俊樹は頭が悪いが口も悪い。明菜が女の子じゃないなら、そんなあいつを好きな俺はどうなるんだ。
そう、俺は明菜を苦手に思いながらも、好きなんだ。
あれだけの美少女なのに、女が苦手な俺でも意識せず話が出来る。いつも文句ばかりだけど、内容的には俺が本当に悪い部分しか言って来ない。幼い頃から家族のような存在だったが、いつの間にか女の子として意識していたのだ。
でも、告白する勇気が無かった。明菜はみんなの人気者だったし、俺に構ってくれるのは幼馴染だからだと思うから。
「誰が男みたいなものだって!」
後ろから声がしたので、俺と俊樹は振り返る。そこには明菜が怒った顔をして立っていた。
「明菜!」
俺と俊樹は同時に声を上げた。
「馬鹿が二人で顔を突き合わせて、何のたくらみかと近付いたら、私の悪口だったんだね!」
明菜は怒って、俺の横に乱暴な態度で座る。
「ほら、みんな見てるぞ。お前のイメージが壊れるぞ」
俺は明菜に耳打ちした。彼女は周りを見て、自分が注目されているのに気付き、慌ててきちんと座り直した。
「ちょうど良かった。明菜に頼みがあるんだ」
俊樹は明菜が怒っていたのも忘れたように、そう話した。こういう時には、俊樹の鈍感力は頼りになる。
「何よ、頼みって」
「俺達バンドを結成しようと思っているんだ。それで明菜に協力して貰えないかと思って」
「バンドを結成する? あんた達何か楽器を弾けたっけ?」
俺の頼みを聞いて、明菜は驚いた。
「いや、全然。でもこれから頑張るよ」
「今から頑張るか……。でもどうしていきなりバンドなんか始めようと思ったの? 今までそんな素振りも無かったのに」
明菜に聞かれて、俺はボーイズビーアンビシャス計画を話した。
「馬っ鹿っ……本気なの?」
明菜は絶句した後、俺達に問い掛ける。
「もちろん本気だよ! な、俊樹」
「ああ、本気だよ」
「そっか……まあ、あんた達馬鹿だもんね……」
明菜はあきれた様子で、失礼なことを呟く。
「よし! 分かった。馬鹿なあんた達に付き合ってあげるわ。高校入ったらバンド組もうと思ってたからね」
明菜は少し考えた後に、そう言った。俺と俊樹は顔を見合わせて喜ぶ。
「でも、二つだけ条件があるの」
「条件?」
なんだろう嫌な予感がする。
「まず一つ目は、私がギターアンドボーカルで、文也はベース、俊樹君はドラムね」
「ええっ、俺がベースするの? ギターアンドボーカルしたかったんだけど……」
「素人が生意気言ってんじゃないの。あんた、カラオケでも音程外しまくってるくせに」
明菜が容赦なくキツイこと言う。俺に対してはいつもこうだ。
「まあ、仕方ない。明菜が入ってくれるだけでもヨシとしようや」
俊樹は納得してるのか、俺を説得する側に回る。
「あと、三人で軽音学部に入るの。学校で練習できるし、ドラムも借りれるわ」
それに関しては異論はない。明菜の出した条件が受け入れやすかったので、俺は安心した。
しかし、さすが明菜だ。今初めて聞いたのに、すぐに対応して流れを作って行くなんて。味方になったら、これほど頼もしい存在はいない。
「じゃあ、あと一つの条件ね」
「まだ有るの?」
そう言えば、二つあると言っていたなあ。また嫌な予感がよみがえる。
「二人とも定期テストで平均八十点以上を取ること」
「ええっ!!」
俺と俊樹は同時に声を上げた。
「大志を抱くって簡単に言うけど、私はあんた達の本気度が知りたいの。勉強は私も協力する。本気でやれば出来ないことじゃないと思う。これがもう一つの条件よ。大志を抱くんなら、頭も良くないとね」
明菜の言葉を聞いて、俺と俊樹は顔を見合わせる。
高校に入って、まだ定期テストは一度も無いが、俺達の頭なら、平均は五十点も取れれば良い方だ。
「もし、取れなかったらどうなるの?」
俺はこわごわ聞いてみた。
「平均八十点を取れなかった人は、一度目なら次のテストまでバンド活動禁止。次も取れなかったら、ボーイズビーアンビシャスはそこまでよ」
そう言われて、俺も俊樹も自信が無くて声が出ない。
「結局そこまで覚悟は無かったのね」
明菜がため息交じりにそう言う。
「やってやるよ! 俺達のボーイズビーアンビシャスを見せてやる。な、俊樹」
「ああ、俺もボーイズビーアンビシャスしてやるよ」
明菜に馬鹿にされて引っ込んではいられない。逆にここで男を見せて、俺に惚れさせてやる。
「よし、決まった! ボーイズビーアンビシャスか……バンド名はこれで行こう! 『ボーイズビーアンビシャス』略称『ボイシャス』ってカッコイイじゃない!」
明菜の一声で、バンド名まで決まった。
これからの三年間は大志を抱いて、過ごして行こう。そして、明菜が惚れるほど、カッコイイ男になってやる!
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