第197話 四月十五日は遺言の日

 近畿弁護士会連合会が制定。

 二〇〇七年からは日本弁護士連合会(日弁連)が主催して全国で行われるようになった。

 四(よい)一(い)五(ご)で「よいいごん」(よい遺言)の語呂合せ。



 俺は今、遺言書を書いている。

 俺は先週で二十歳になった。普通に考えれば、二十歳で遺言書を書くなんて早過ぎるだろう。俺は別に自殺願望がある訳では無いし、不治の病に罹っている訳でもない。死にたいから遺言書を書いているのではなく、逆に今を一生懸命生きる為に書いているのだ。

 人間は死を意識しないとただ漫然と生きてしまう。自分が明日も明後日も生きていると思うと、今日を疎かにしてしまう。だから俺は今日を一生懸命生きる為に、今日死ぬかも知れないと言う意識で生きていくことに決めたのだ。


「お父さん、お母さんへ」


 まず書き出しは両親宛てだ。


「お二人がこの遺言書を読んでいると言うことは、私はもう死んでいるのでしょう。先立つ不孝をお許しください。

 考えが幼かった私は、時に反抗したこともありますが、お二人が与えてくれた愛情にとても感謝しています。お二人から受けた恩をお返し出来なかったことに、とても悔いが残ります。せめてもの償いに、私は天国でお二人の幸せを願っています」


 もし俺が死んだら、お父さんとお母さんはどれ程悲しむんだろうか。想像するだけで悲しくなる。絶対に、二人より先に死ねないと思った。


「芳樹へ」


 次は親友の芳樹宛てだ。


「小学校からずっと友達でいてくれてありがとう。芳樹がいたから楽しい学生生活を送れたよ。

 もう俺はいなくなるけど、元気でな。彼女とも仲良くな。二人の結婚式に出たかったよ。

 じゃあ、先に天国に行ってるからな」


 ヤバイ。遺言書を書いていて、リアルに自分が死んだ後のことを想像してたら、涙が出て来た。

 遺言書を書くことで、逆に生き続けなきゃと言う思いになる。


「祐実へ」


 最後は彼女の祐実宛てだ。


「もう祐実に会えないと思うと辛い。いつもわがまま言って怒らせてゴメンね。祐実に甘えるのが好きだったんだよ。

 今まで生きて来て、祐実より好きになった女の子はいない。きっとこれから生き続けていたとしても、祐実以上に好きになれる女の子はいないと思う。

 辛いけど、祐実には一日でも早く俺のことを忘れて、誰かと幸せになって欲しい。でも、絶対に優しい奴にしてくれよな。もし祐実が不幸になったら、心配で天国に居られないから。

 愛しているよ。さようなら」


 俺は遺言書を書き終わると、スマホを手に取った。アドレスを表示して祐実に電話する。


「あっ、祐実?」

(うん……)

「昨日はごめん。心配してくれてたのに、酷いこと言って。本当に反省してるよ」


 俺は一昨日、芳樹と二十歳になった記念に飲みに行った。でも、お酒の加減が分からず、飲み過ぎて酔いつぶれてしまったのだ。

 それを知った祐実が注意してくれたのだが、素直になれずに、余計なお世話だと言ってしまって喧嘩になっていた。その後も今日まで仲直りが出来ていなかったのだ。


(本当に反省してるの?)

「本当だよ。祐実が本当に大切な人だと気付いたんだ。だから、俺の馬鹿な行動で、祐実を失いたくない」


 遺言書を書いていて、自分の気持ちがよく分かった。素直な気持ちにならなきゃ、絶対に後悔すると分かったんだ。


(もう今回だけよ。凄く傷付いたんだから)

「本当にごめんね。次のデートは祐実の行きたいところに行こうよ」

(ホントに? 私観たい映画があるの)

「じゃあ、それを観に行こうよ」


 仲直り出来て良かった。

 今日書いた遺言書を明日使うことになるかも知れない。だからこそ、後悔の無い生き方をしようと思った。 

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