第214話 五月二日は婚活の日

 業界屈指のカウンセラー数を誇り、紹介とサポートの両面から幸せな結婚へのチャンスを広げる結婚情報サービスのサンマリエを運営する株式会社サンマリエが制定。

 記念日を制定することで結婚活動(婚活)をバックアップする姿勢をさらに明確にした。

 日付は五と二で「婚(五)活(二)」(こんかつ)と読む語呂合わせから。



 しばらく連絡が途絶えていた、親友の戸村達彦から久しぶりに飲みに行かないかとメールが入った。

 達彦とは中高と同級生で、成人して就職してからもよく飲みに行ったり、遊びに行ったりしていた仲だ。俺が結婚して頻度は減ったが、それでも年に何回かは飲みに行く仲は続いていた。

 達彦はいわゆる独身貴族で結婚せずに独りの生活を謳歌していた。このままずっと独身生活を送るのかと思っていたのだが、四十になったらいきなり結婚したいと婚活を始めたのだ。それ自体は何の問題も無い。むしろ俺はやっと結婚に向けて動く気になったのかと安心したぐらいだ。だが、その婚活が達彦の人間性を少しずつ変えて行ってしまった。

 婚活を始めた当時、俺は詳しい活動の内容までは聞いていなかった。ただ、数か月経っても目立った成果は無かったようだった。

 そのうち、達彦は一緒に飲んだ時に、婚活の愚痴を言うようになった。

 その内容を意訳して会話形式で書いてみるとこんな感じだった。


「女は男にお金を出して貰って当たり前だと思ってやがる」

「そうなんだ。最近は男女平等の考えが増えて来たから、割り勘も多いのかと思っていた」

「そんなことは無いぞ。あまりにも当たり前の様に奢らせようとするから、割り勘にしたら、交際を切られたりするからな」

「それは嫌だな。だいたい、どんな条件で相手を選んでいるんだ?」

「まず、ちゃんと自立している女性だな。給料は低くても良いが、正社員で働いているのが最低条件だ。あと、子供が欲しいから、年齢は二十代後半から三十代前半前までで……」

「ちょっと待てよ。相手がその年齢なら、かなり歳の差が有るじゃないか。下手すりゃ一回りも違うだろ」

「そうだよ。だから年収は低くてもそれは問題にしてない」

「年収って、もしかして、その年齢差があるのに、結婚後も働かせるつもりなのか?」

「当然だろ。俺におんぶに抱っこは困るからな」

「子供が欲しいって、実際できたら、奥さんの仕事はどうするつもりだ?」

「基本的には育休を取って貰って、期間が終われば職場復帰だな。まあ、どうしても育児に専念したいなら、パートでもしてくれるなら考えはするが」


 実際にこの通りの言葉では無かったが、内容的に達彦はこう考えていた。


「あのなあ、それじゃあ、相手からすればかなり年上のお前と結婚するメリットって何があるんだ?」

「俺は相手よりずっと稼いでいるだろ。世帯収入が高いのは魅力だと思うが」

「世帯収入が高くても、自分も働かないと駄目なら、相手にメリット無いだろ。若い女と結婚したいなら、その若さに釣り合う分何かを与えなきゃ駄目だと思う。それがお金であって、それを出す気が無いなら若い女は逃げていくさ」

「俺にはお金以外魅力は無いって言うのか?」


 この言葉は、達彦が本当に、この通りに言ったのだ。こんな訳の分からないこと言うやつじゃ無かった。俺は本当に戸惑ったし、心配した。


「違うよ。お前が良い奴なのは俺も良く知ってる。だけど、婚活って言うのはある程度条件の比べ合わせだろ? 恋愛じゃ無いんだ。人間性は後の話で、まず条件が相手の許容範囲じゃ無いなら選んで貰えないぞ。もし、結婚後も働いて欲しいなら、せめて同年齢の相手を選んだらどうだ?」

「それじゃあ、子供を諦めないといけなくなるだろ」


 もうこれ以上は、俺は達彦に言う言葉が無かった。

 それからはどちらからとも無く連絡しなくなり、今回来たのは三年ぶりのメールだった。

 俺は会うかどうか迷ったが、その後どうしているか気になったので、飲みに行くことにした。

 俺達は良く行っていた飲み屋で再会した。達彦の顔を見た途端、俺は安心した。婚活していた当時の険が無くなって、穏やかな表情をしていたからだ。

 達彦に「久しぶりだな」そう言われて、俺は「ああ、三年ぶりか」と返し、まずはビールで乾杯した。


「実は結婚することになったんだ」


 近況を話しながら飲み始めた中で、達彦が少し照れながらそう言った。


「そうなのか! おめでとう。良かったな」


 俺は心からそう思った。達彦の顔が穏やかになったのは、結婚が決まったからなのか。


「前は真剣にアドバイスしてくれたのに、聞く耳持たずに悪かったな」

「いや、良いって。それでも結婚が決まったってことは、お前の考えが間違いじゃ無かったってことだろ」

「いや、そうでも無いんだ。相手は仕事関係で知り合った同い年の女性なんだよ」

「えっ……」


 俺は達彦の言葉を聞いて、返す言葉を失った。


「しかもバツイチで不妊症なんだ」

「あっ、不妊症って、子供は諦めたのか?」

「まあ、もう俺達の年齢なら、不妊症じゃなくても、妊娠は難しいしリスクもあるだろ。彼女がバツイチなのは、前の結婚で不妊が分かって、それが理由で離婚したからだ。だから、人格的にも素晴らしい女性でね、お互いに対等な立場だから一緒に居て凄く気楽なんだ。子供が居なくても、ずっと一緒に生活して行きたいと思えたんだよ」

「そうなのか……それは本当に良かった。良い相手に巡り合えたんだな」

「ああ、だからお前には謝らないといけないって思ってたんだ。あの時は本当に悪かった。お前の言う通りだった……いや、あの時にも気付いてたんだが、変なプライドが邪魔して認められなかった。本当に悪かったよ」

「まあ、結果オーライだよ。気にするなよ。披露宴はするのか?」

「いや、彼女はバツイチだし、お互い良い歳だしな。家族の顔合わせだけするつもりだ」

「そうなのか。一度紹介してくれよ。二人でうちに来てくれないか」

「ありがとう。俺も会わせたいからそうさせて貰うよ」


 達彦に会いに来て良かった。心の中に残っていたモヤモヤが晴れた気分だ。これからの結婚生活が上手く行くように、俺は達彦の笑顔に願った。

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