第163話 三月十二日はスイーツの日

 スイーツのお取寄せサイト「スーパースイーツ」が二〇〇八年に制定。

 「ス(三(スリー))イ(一)ーツ(二)」の語呂合せ。



 車で帰宅途中、あるカフェの店頭に立ててある、「スイーツ食べ放題」ののぼりの文字に目が釘付けになった。


 えっ? 料金はいくらなんだろう? どんなスイーツがあるのかな?


 カフェを通り過ぎてからも、私の頭の中には「スイーツ食べ放題」の文字でいっぱいだった。たとえ無料でも行ってはいけないのに。だって私は今、絶賛ダイエット中だからだ。


 切っ掛けは彼氏の俊ちゃんが放った「あれ? 少し太った?」という何気ない一言。その言葉の意味も考えず、思ったまま口にしやがって。大喧嘩になって、俊ちゃんにもう別れるって言ってしまった。別れるつもりなんて全く無かったのに、元々太った自覚があったから、痛いところを指摘されて逆ギレしてしまったのだ。喧嘩してからはお互いに連絡が無く、本当に別れたみたいになってしまった。

 それから一大決心してダイエットを始めた。あれから一か月。苦しんだ甲斐あって、三キロも体重を減らした。自分でも凄く頑張っていると思う。だから……この辺で少しぐらいご褒美があって良いよね。

 私はスイーツ食べ放題ののぼりの所為で、ダイエットを一時休止することにした。


 どこで買う? ケーキ屋さん? いや、近くにケーキ屋さんは無いな。でも我慢できない。コンビニでも良いか。


 すぐ近くのコンビニに車を停め、シートベルトを外すのももどかしいくらいの気持ちで、店内に飛び込んだ。ダイエットを始めてから行かないようにしていたので、久しぶりのコンビニだ。

 店内には誘惑が多すぎる。唐揚げに肉まんに、ポテチやチョコレート。どれもそそられるが、今はスイーツだ。

 スイーツの冷蔵棚には全て買ってしまいたいくらい、美味しそうな商品が並んでいる。ホイップたっぷりのロールケーキ。シンプルだけど私が大好きなチーズケーキ。定番の苺のショートケーキやダブルクリームの大きなシュークリーム。

 悩んだ末に、やっぱり大好物のチーズケーキを買うことにした。目を輝かせて棚に手を伸ばした瞬間、俊ちゃんの「あれ? 少し太った?」の声が頭の中で再生された。

 伸ばした手がピタリと止まる。


 私はなぜこんなに苦しんでまでダイエットしているか、今分かった。痩せた姿を俊ちゃんに見てもらいたかったのだ。もう彼には違う彼女が出来たかも知れないのに。


 私は手を引っ込め、禿げそうなくらい後ろ髪を引かれながらコンビニを後にした。



 アパートに帰っても何もする気が起きず、服を着たまま、ベッドに横たわった。お腹は減っていたが、これからご飯を作る気力が湧かない。ダイエットしてるし、ちょうど良いかと、そのまま眠ってしまった。



「杏奈、大丈夫か?」


 私は体を揺さぶられて目を覚ました。目の前には俊ちゃんが心配そうな顔して私を見ている。


「どうしてここに?」


 そう言った瞬間、合鍵を渡していたことを思い出した。


「祐実ちゃんから、杏奈が無理なダイエットしてしんどそうだって聞いて。来てみたら服着たまま倒れてたから心配したんだよ」

「そうなんだ……」


 私はまだハッキリしない頭で、ゆっくりと体を起こした。


「あの時、酷いこと言ってごめん。そんな悪い印象で言ったんじゃ無かったんだ。健康的で明るい杏奈が好きなんだ。喧嘩した時には感情的になって謝れなかったけど、ごめん、許してくれよ」


 俊ちゃんがそう言って頭を下げる。


「ううん、私の方が悪かったの。太って来た自覚があったから、それを指摘されて逆ギレしちゃったの。本当にごめんなさい」


 俊ちゃんの顔を見たら、素直になれた。やっぱり彼を失いたくない。


「杏奈は少しぐらい太っても可愛いから、だからもうダイエットは止めてくれよ。ほら、これを食べて」


 俊ちゃんはコンビニの袋を私に差し出す。中にはチーズケーキが二つ入っていた。


「杏奈はチーズケーキが好きだろ。一緒に食べようよ」

「俊ちゃん!」


 私は俊ちゃんに抱き着いた。

 二人で一緒に食べたチーズケーキは、今まで食べたどんなスイーツより美味しかった。

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