第146話 二月二十三日は妊婦さんの日

 東映が映画『BABY BABY BABY!』のPRのために制定。

 「にん(二)ぷ(二)さん(三)」の語呂合せ。



 妻のあかねから、今日は仕事が終わったらすぐに帰って来てと連絡が入っていたので、俺は残業せずに会社を出た。


「ただいま」


 俺が帰宅して三和土で靴を脱いでいると、奥から茜が駆け寄ってきて抱き着いて来る。


「浩くん! 妊娠してたの! 赤ちゃん出来たのよ!」

「ホント? ホントなのか?」

「こんなこと冗談で言わないわよ」


 俺から体を離した茜は、涙を流しながら笑顔でそう言った。

 俺と茜は大学の同級生でお互い二十九歳。結婚三年目で、すぐに子供を欲しかったのだがなかなか出来ず、三十歳になったら不妊治療も考えなきゃならないかと相談していたところだった。


「今日からは、何でも俺に頼ってくれよな。茜の体が一番大事だから」

「ありがとう!」


 茜がまた抱き着いて来る。本当に幸せの絶頂だった。

 だが、茜の妊娠が分かってからしばらくすると、子供と言う宝物を手にする為にはいろいろ苦労も多いものだと思い知らされた。茜が酷いつわりになったのだ。

 始まりは仕事中に入って来たラインだった。


(悪いけど、体がしんどいので、お弁当買って来て)


 俺は心配になったので電話したら、横になっているとのこと。俺は上司に頼んで早退させて貰い、お弁当を買って帰った。


「ただいま。調子はどう?」


 家に帰ると、茜は布団で横になっていた。


「うん、動くとしんどくて……ずっと横になってたの……」

「そうか、お弁当買って来たよ。食べる?」

「うん……」


 俺は茜に手を貸してテーブルまで連れて行った。


「ほら、お腹空いてると思って、焼肉弁当買って来たよ」


 俺は茜の前に買ってきたお弁当を広げた。


「うっ……」


 茜はお弁当を見た途端、口を押えてキッチンに向かう。そしてシンクの中にリバースした。


「大丈夫か?」


 俺は慌てて茜の背中をさする。シンクの中は黄色い胃液しかなく、茜の胃の中には何も無いのだと思った。


「ごめん、食べられない」

「でも、何も食べて無いんだろ? 少しでも食べないと」

「つわりで気持ち悪いのに、焼肉弁当なんて食べられないわよ! 匂いだけでも気持ちが悪くなるわ」


 茜は今まで見たこと無いような怖い顔で怒る。

 そうか、つわりの時は匂いだけでも気分が悪くなるのか。何も考えずに買ってきて、配慮が足りなかったな。


「ごめん。でも、何か少しでも食べた方が良いから、食べられる物があったら教えてよ」

「ゼリーとか飲み込み易い物なら……」

「分かった。買って来る」


 俺は茜を布団まで連れて行き、すぐにコンビニまで買いに行った。


「買って来たよ!」


 どれが食べられるか分からないので、いろいろな種類のゼリーやプリンを買って来た。どうやら、フルーツゼリーなら食べられるみたいだ。

 そんな感じで、つわりが酷い時は寝たきり状態になってしまうし、食べられるのはゼリーと玉子豆腐ときゅうりの漬物など、並べてみても共通点が分からない物ばかりだった。

 ある日など、家に帰ると茜がリビングのソファに座って泣いていた。


「どうしたんだ? どこか痛いのか?」


 凄く心配で、肩を抱くようにして茜に聞く。


「どうして私ばかりこんなに辛いの……」


 その言葉は俺の心に深く刺さった。俺も代われるなら代わってあげたいぐらいの気持ちだが、これだけはどうすることも出来ない。


「辛いなあ……。本当に代わってあげたいよ……」


 俺がそう言って抱きしめると、茜は声をあげて泣き出した。

 その夜、布団で並んで寝ていると、茜が手を握って来た。


「浩くん、さっきはごめんね……」


 茜は涙声でそう言った。

 体が辛すぎて、茜は気持ちのコントロールが出来ないのだろう。根は優しいから、きっと後から罪悪感に苦しんでいるんだ。

 俺は体重を掛けないように気を付けながら、茜の体を抱きしめた。


「今は俺にどんなことを言っても、どんなことをしても構わないよ。全て受け止めるから。だから、全然気にしなくて良い。茜とお腹の子供が、今の俺の全てだから」


 俺の言葉を聞いて、茜も笑顔になって抱き返してくる。


「子供の父親が浩ちゃんで良かった……」

「俺も、俺の子供を産んでくれるのが茜で良かったよ」


 その夜は手を繋いで眠った。

 まだ妊娠、出産、子育ては始まったばかりだ。でも、二人が愛し合って、協力し合えばきっと乗り越えて行ける。この夜は心からそう思えた。 

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