第116話 一月二十四日はゴールドラッシュデー

 一八四八年のこの日、アメリカ・カリフォルニアの製材所で働くジェームズ・マーシャルが、川底に金の粒を発見した。

 この噂は全米に広まり、多数のアメリカ人がカリフォルニアに押し掛ける「ゴールドラッシュ」となった。一獲千金を求めて集まった人達は「フォーティーナイナーズ」('49ers)と呼ばれた。



 俺の両親は喧嘩ばかりしていた。貧すれば鈍するというか、喧嘩の理由はいつもお金のことだった。

 お金も無いのに、自分の欲求を我慢出来ず、借金までしてしまう父親。余計な一言が多く、駄目な夫をさらに駄目にする母親。お似合いの夫婦と言えばそうなのだろうが、子供としてはこんな両親じゃ堪らない。俺は三歳年上の兄貴と一緒に、いつも親が喧嘩しないよう気を遣いながら生活していた。

 それでも俺は兄貴が居たから助かっていた。親の喧嘩が始まると、兄貴は俺がそれを見ないで済むように、体で庇ってくれた。他にも生活で必要なことを教えてくれたり、世話を焼いてくれた。兄貴に守られていたから、俺はまともに成長できたと思う。


 兄貴は高校に入ってすぐに中退して、家を出ていった。家には寄り付かなかった兄貴だが、俺には連絡してくれて、ちょくちょく会って小遣いまで与えてくれた。その頃の兄貴は、口を開けば金金金とお金のことばかり話すようになっていた。パチプロ集団に入ってみたりしていたようだが、詳しいことは教えてくれない。警察に捕まるようなことはしないでくれと、俺はいつも頼んでいた。


 俺は高校を卒業して働き出した。小さな工場だったが、真面目に働き、そこで知り合った女と二十五歳で結婚した。その頃には、ストレスの多い生活が祟ったのか両親も他界していて、肉親は兄貴だけ。嫁さんを紹介した時には、自分のことのように喜んでくれた。


「儲かる話があるんだ。お前も投資してみないか?」


 その時期に兄貴からそう誘われた。兄貴は投資や土地の売買で結構儲けているみたいだった。


「兄ちゃん、金儲けも良いけど、良い人見つけて落ち着いた生活しなよ。お金なんて、生活できるだけあれば十分だ。それより信頼出来る家族の方が余程大事だよ」

「俺は女は要らねえよ。クソみたいな親を見て育ったからな。金さえあれば十分に幸せだ」


 すさんだ生活が、兄貴の価値観を歪めていた。俺はそんな兄貴を責めることが出来ない。兄貴の立場だったら、俺もそうなっていたかも知れないから。


「何かあったら相談してくれよな」


 俺はそう言うしかなかった。



 それから十五年経った。俺は二人の子供をもうけて幸せに暮らしている。余裕のある暮らしではないが、背伸びせず、身の丈にあった生活でとても満足していた。

 兄貴はこの十五年で二度結婚したが、二度とも破局して、バツ二になっていた。投資に成功したのか、兄貴はいつも良い身なりをしている。だけど、入って来るお金も多いが、使う方も多いみたいで心配だ。父の性格を引き継いでしまっているようだ。


「羽振りが良いみたいだけど、無理せず堅実に暮らしなよ」


 今日は俺の家に兄貴が遊びに来て、一緒に飲んでいる。俺が小さい頃に助けて貰ったことを知っているので、嫁さんも兄貴を邪険に扱わない。子供たちも、兄貴がいつも流行り物のお土産を持って来てくれるので、懐いている。


「大丈夫だよ。お前もお金に困ってたら、言って来いよ。遠慮なんか要らねえんだから」

「お金はほどほどに有れば良いんだよ。それより俺は兄ちゃんが心配なんだ」


 俺は何度も繰り返しそう言って来たが、兄貴は笑って受け流すだけだ。


「俺が死んだら、お前は泣いてくれるか?」

「そんなの当たり前だろ」

「じゃあ、それで良い。俺はそれで十分だよ」


 俺達が子供の頃不幸せだった原因を、兄貴はお金だと考えた。本当はお互いのことを想い遣れない両親が悪かっただけなのに。今更兄貴の考えを変えることは出来ない。でも、俺はどんなことになっても、兄貴を見捨てたりしない。小さい頃の兄貴から受けた恩を忘れたくないからだ。

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