第156話 三月五日はミスコンの日
一九〇八(明治四十一)年のこの日、時事新報社が全国から「良家の淑女」を対象に写真を募集し、その審査結果を公表した。これが日本初のミスコンテストとなった。
一等に選出されたのは小倉市長・末弘直方の四女・ヒロ子で、学習院女子部三年に在学中だった。彼女の兄が本人の承諾なしに応募したものだったが、コンテスト参加は学習院で大問題となり、彼女は退学処分になってしまった。
うちの両親は凄く仲が良い。
高校生の娘と息子がいて、本人たちもアラフォーなのにいつも仲良く楽しそうにお喋りをしている。外に出たら絶対に手を繋ぐし、お互い若い時からのあだ名で呼び合う。駅前の商店街内にある喫茶店を二人で切り盛りしているので、離れている時間が無いくらいだ。
お父さんはいつも娘の私にお母さんの自慢をしてくる。確かにお母さんは働き者だし優しいし、良妻賢母の良い母親だと思う。でもお父さんは容姿まで褒めるのだ。
「お母さんはな、ミスコンの優勝者なんだぞ。昔から今と変わらず美人だったんだ」
今と変わらず美人って。確かに良いお母さんだけど、容姿はおかめ顔でとても美人とは言えない。いつもニコニコしているので、他人受けは良いだろうけどお父さんはひいき目が過ぎると思っている。だいたい、ミスコンと言ってもこの商店街のイベントで開催されたコンテストで優勝しただけなんだ。お母さんの実家は商店街内の魚屋なので、身内の中から優勝者を出して看板娘にしたかっただけだと思う。
まあ、両親の仲が良いのは良いことだとは思っているけどね。
私は時々、小遣い稼ぎにうちの店を手伝っている。食材の買い出しもその手伝いの一つだ。食材はいつも商店街内の店で買っている。
「太一おじさん、こんにちは!」
野菜は両親の幼馴染である太一おじさんの八百屋で買っている。
「おう、真由美ちゃん。だんだんお母さんに似て、美人になって来たね」
「ええっ……」
おじさんは褒めてるつもりなのかも知れないけど、私はうんざりした。
「どうしたんだよ、その顔。嬉しくないの?」
「いや、だってお母さんに似て美人だなんて……」
「ええっ、だってお母さんはミスコンの優勝者で、今でも美人じゃないか」
ホントみんなの審美眼はどうなっているんだろうか?
「お母さんは俺達のアイドル的な存在だったんだよ。みんな付き合いたいと思っていたさ。お父さんと付き合いだした時は、みんなショックで寝込むやつがいたぐらいでさ」
「ええっ! それはいくら何でも大袈裟でしょ」
「大袈裟なもんかよ。ちょっと待ってろよ」
そう言っておじさんは奥さんに店番を頼み、店の奥の自宅に入って行った。
「あった、あった。これを見てみなよ」
おじさんはアルバムを手に持って、戻って来た。
おじさんが広げたページには、若い日のおじさんとお父さんが写っていて、その横に凄い美人が眩しいくらいの笑顔で並んでいた。
「まさかとは思うけど、もしかしてこの女性が……」
「そうだよ。若い時のお母さんだ」
「ええっ!」
私はここ数年で一番驚いた。今とは似ても似つかないからだ。
「お母さんが不幸なら俺達も諦めきれなかっただろうけどな。今みたいに幸せそうなら良かったと思えるんだよ。お母さんは男を見る目があったんだな。お父さんと結婚したから、今でも綺麗に輝いているんだぜ」
そう言われて、私はもう一度写真の美人をよく見た。確かに目元はお母さんだ。今のお母さんを若くして細くしたら、この女性になるんだろう。
「でも、今のお母さんも美人なの?」
「そりゃそうさ。あんな仏様みたいな笑顔を作れる人なんてそうは居ないぞ。年相応に落ち着いて、あの幸せそうな顔が美人じゃなくて、誰が美人なんだよ」
確かにお母さんはいつも笑顔で幸せそうだ。
「真由美ちゃんはそんなお母さんに似て来たんだ。喜ぶべきだよ」
「そうだね。ありがとう太一おじさん」
私は野菜を買って店に帰りながら考えた。私もお母さんのように美人になるにはどうすれば良いのか。すぐに答えが分かった。いつも笑顔でいれば良いんだ。昔のお母さんと今のお母さん。共通する部分は輝くような笑顔だ。みんなあの笑顔を見て、美人だと感じているんだ。
「ただいま!」
私は店に帰って元気良く挨拶した。
「何か良いことでも有ったの? 凄く嬉しそうね」
お母さんが笑顔で聞いて来る。
「あのね、太一おじさんが、私がお母さんに似て美人になって来たって」
「なってきたどころか、真由美は生まれた時からずっとお母さんに似て美人だよ」
「うん、そうだね。ありがとう!」
私は笑顔でお父さんにそう答えた。
今日は本当に良い話を聞いた。これからずっと笑顔で居続ければ、お母さんみたいに美人で幸せになれると分かったから。
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