第114話 一月二十二日はカレーライスの日
一九八二年のこの日、全国学校栄養士協議会で一月二十二日の給食のメニューをカレーにすることに決められ、全国の小中学校で一斉にカレー給食が出された。
オカンが作るカレーライスは正直言って不味かった。大雑把に切った野菜がゴロゴロ入っていて、それを十分に煮ていないから芯は残ったまま。水の配分を間違えているのか、いつも薄くてシャバシャバ。美味しいと思ったことはないが、他で食べたことが無いので、カレーなんてこんな食べ物だと思っていた。
そんなある日、友達の家で夕飯をお呼ばれすることになった。メニューはカレーライス。初めて食べる家以外のカレーだ。
友達の家のカレーは美味しかった。
カレーとはこんなに美味しいものなのかと感動すらした。勧めてくれたのでお代わりまでさせて貰った。
小さく刻んだ野菜たちは、溶け込んで濃厚なルーになっている。味も辛いだけでなく、ちゃんとうま味があった。
俺は家に帰るなり、オカンに報告した。次に作る時はあんなカレーにして欲しいと頼んでもみた。それで返って来た言葉がこれだ。
「そんなにあの家のカレーが好きなら、あの家の子供にして貰いな。うちにはうちのカレーがあるんだよ」
俺もそれが出来るならして貰いたかった。誕生日やクリスマスになれば、ケーキやプレゼントをくれる家の子供に生まれたかったよ。
酒飲みのオヤジと大雑把でガサツなオカン。毎日のように喧嘩している二人。子供も四人居て、狭いアパートに親子六人が窒息しそうなくらい息苦しく暮らしていた。こんな家に誰が望んで生まれてくるか。
俺も含めて、姉弟全員中学を卒業すると逃げるように家を出て行った。絶縁宣言した奴はいなかったが、出て行った人間はほとんど家に寄り付かなかった。オヤジが死んだ時にはみんな顔を揃えたが、義務感で来ただけで誰一人泣く奴はいなかった。オカンに至ってはオヤジの悪口ばかりで喜んでさえいたぐらいだ。
俺も中学を出た後、すぐに働き出した。幸い先輩のツテで住み込みで働ける場所を紹介して貰えた。最底辺の肉体労働だったが、家を出られるだけでも嬉しかった。気分次第ですぐに仕事を休む親父を見て育ったので、あんな人間にはなりたくないと、仕事は真面目に働き続けた。
頑張り続けていた俺を見て神様がご褒美をくれたのか、俺には勿体ないくらいの女性と出会い結婚出来た。妻はごく普通の家庭で育った常識的な女性だ。山猿みたいな俺が人間らしくなったのも、全て妻のお陰だと思う。感謝してもし切れない思いだ。やがて子供も二人生まれ、俺たち家族は幸せに暮らしている。
嬉しいことに、妻の作るカレーライスは、かつて友達の家でご馳走になったものと同じくらい美味しかった。ただ、そんな美味しいカレーをいつでも食べられるのに、ふとお母んの作ったカレーライスを懐かしく思い出す時がある。
お母んはもう三年前に死んでしまった。葬式の時も悲しみなんて欠片も無かったのに、あの不味いカレーライスだけは思い出すのだ。
もし、お母んが生きているうちに、もう一度食べたいと言ったなら、きっと文句を言いながらも作ってくれただろう。なぜもう一度カレーライスを食べに行かなかったんだろう。行く気になれば、いつでも行けたのに。今更食べたいと思っても、もう食べることは出来ない。どんなに不味くても、お母んの作るカレーライスはお母んにしか作れないのだ。こんな後悔しても、もう遅すぎる。
こんな後悔を子供たちにはさせないように、俺は俺の家族を一生懸命幸せにしていこうと心に誓った。
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