第113話 一月二十一日はスイートピーの日
宮崎県、愛知県、岡山県、大分県、神奈川県、和歌山県、佐賀県、栃木県、広島県など全国の花の生産者をはじめとして、生花店、園芸店などで構成する「日本スイートピーの会」が制定。
女性に好まれる「春の花」の代名詞のスイートピーをより多くの人に楽しんでもらうのが目的。
日付はこの時期が一年でいちばん香りが豊かできれいに輝くことと、花弁が左右対称で三種類の花びら(旗弁、翼弁、舟弁)からなり、それぞれ一枚、二枚、一枚あることから一二一の一月二十一日とした。
リビングで雑誌を読んでいたら、BGMにしていたラジオから松田聖子の「赤いスイートピー」が流れてきた。この歌を聴くたびに、私の心がズキっと痛む。あれから八年の月日が流れたけど、今もまだ彼は私の記憶の中に残っている。
彼とは大学のゼミで出会った。周りに対して気遣いの出来る人で、優しく穏やかな性格をしていた。人の嫌がることでも進んで引き受けるし、悩んでいる人を見れば親身になって相談にのってあげる。本当に尊敬できる人だった。
私の方から彼を好きになり、告白して付き合いだした。お互い初めての彼氏彼女で、本当にうぶな付き合いだった。
彼は何をするにしても、私の意見を優先してくれた。
どこか行きたいところは無い?
何か食べたいものは無い?
誕生日のプレゼントは何が良い?
私が、あなたの行きたいところで良いと言っても、自分は良いから君の希望を聞きたいと言われるぐらいだった。
そんな付き合いが半年続いた。本当に歌の歌詞と同じだが、その時点でまだ手も繋いでいなかった。
そんな付き合いが続いていくと、私は不安になってきた。彼は本当に私のことが好きなんだろうかと。
彼は優しかったが、好きだとは言ってはくれなかった。私が好きだと言ってもありがとうと返って来るだけ。照れくさくて言えないのだと分かっていても、不安になってしまった。
私は悩んだ末に、とても愚かなことをしてしまう。彼を試してしまったのだ。
「私達は合わないと思う。もう別れようか」
本心ではなかった。彼を尊敬してたし、好きだった。別れを切り出すことで、彼の気持ちを確かめたかったのだ。
「君がそう言うのなら。仕方ない。別れよう」
彼は悲しそうな顔をしていたが、何も言わずに了解した。
そんなつもりじゃ無かったのと、言いたかったけれども言えなかった。私は家に帰った後に大泣きした。こんな話しても誰も同情してくれないどころか、逆に怒られるのが分かっているので、誰にも打ち明けられなかった。
その後、私達は普通の友達に戻った。辛かったけれども、彼の気持ちを思うと、私が逃げる訳にもいかないのでぐっと耐えた。
大学を卒業するまで、私は彼氏を作らなかった。彼と別れた後悔から、恋愛を遠ざけていたのだ。私だけじゃなく、たぶん彼もずっと一人だったと思う。
あの時もっと話をしていたら、今頃はどうなっていただろうか? お互い、異性との付き合いに慣れていなかっただけ。もっと気持ちをぶつけあっていたら、別れなくても済んだかも知れない。
「どうしたの? 悲しそうな顔して」
不意に夫から声を掛けられた。気が付くと、夫が心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
「ううん、何でもない。少し考え事してたの」
「そう。コーヒーを淹れたんだ。見たい映画があるから、一緒に観ないか?」
夫がローテーブルの上に、二つのコーヒーとクッキーの乗ったトレイを置く。
「うん、良いよ。どんな映画なの?」
「君の好きな恋愛映画だよ」
「そうなんだ。楽しみ」
夫とは大学を卒業して入社した会社で知り合った。四歳年上の先輩で、頼りがいのある文句なしの夫だ。一年前に結婚して、幸せな生活を送っている。
私は今の生活に満足している。もし大学時代に戻ったとしても、今と同じ道を選びたいと思うぐらいだ。ただ、愚かな自分が傷付けてしまった彼のことは心に残り続けている。
彼も私と同じように、幸せであって欲しい。何年後かに再会したら、お互い幸せだねって笑い合えるように。
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