第91話 十二月三十日は地下鉄記念日

 一九二七(昭和二)年のこの日、上野~浅草に日本初の地下鉄(現在の東京地下鉄銀座線)が開通した。



 地下鉄の車両の中で、二人の若い男が座席に座っている。暇な時間帯なのか、二人以外に乗客は居ない。

 一人はニット帽を被ってダウンジャケットを着た髭面の男。もう一人はチェスターコートを着た眼鏡の優男。髭面は向かいの窓の外を真っ直ぐ見ていて、優男は横でスマホを触っている。


「なあ、どうして地下鉄なのに窓が有るんだろうな」

「えっ?」


 急に髭面が話し掛けてきたので、優男はスマホから顔を上げる。


「地下鉄の窓から見えるのって、地下のコンクリートに囲まれた殺風景な景色しか無いだろ。こんな陰気臭いものしか見えないなら、窓なんか付けなくても良いのに」


 髭面がもう一度詳しく窓が要らない理由を説明する。


「ああ、停車した時に、今どこの駅か分かるようにする為じゃないか。知らんけど。それよりそんなに嫌なら窓の外を見なきゃ良いだろ。スマホでも見てろよ」


 優男にそう言われた髭面は、その通りと思ったのか、反論せずにスマホを触りだす。逆にスマホを触っていた優男は、途中で邪魔されてその気が無くなったのか、スマホを見ずに窓の外を眺め出した。


「俺、地下鉄って好きなんだよね。外から階段を下りて、ホームまで行く途中なんか、シェルターに入って行くみたいな感じしないか?」

「ええっ?」


 優男の言葉を聞いた髭面が、こいつ何言ってんだって表情でスマホから顔を上げた。


「いや、地下鉄ってさ、地下に下りてく過程がシェルターみたいに感じないか?」

「いや、しないけど」

「ええっ! しないの?」

「しないよ。そんな驚くことか? 道行く人十人に聞いたら9・5人はしないって言うぞ」

「0・5ってどんな人間なんだよ」


 優男の地下鉄シェルター説は髭面に理解されなかった。


「でも、例えばさ、地下鉄に乗ってて、このまま地上で核戦争が起こって、この電車に乗ってる人だけが生き残るとか想像したことないか?」

「しないって、そんなのSF世界だけで十分だよ」


 髭面は呆れたようにそう言った。


「想像するって言えば、俺は外で大雨が降って川が氾濫。地下鉄に大量の水が流れて来るって思ったことがあるぞ」

「お前恐ろしいこと想像するんだな」

「核戦争よりマシだろ!」


 そんな馬鹿な話をしているうちに、電車は駅に着いた。

 二人は話を中断してホームに降りる。


「しかし、核戦争も洪水も起こって欲しくないよな」


 髭面が伸びをしながら呟く。


「ああ、地球が危機になると俺達の仕事も増えるからな」


 優男がそう応える。


「お前あと何年出張期間があるんだ?」

「俺はあと三十年だな。それまで大災害が起きなきゃ良いけど」


 髭面の質問に優男が答える。


「ん?」


 優男のスマホから着信音が鳴る。


「おい、太平洋側のプレートに異常が感知されたぞ」


 スマホを見た優男の顔に緊張が走る。


「大事にならないように、防がないとな」


 髭面がそう言ったと同時に、二人は腕時計のスイッチを押す。一瞬、二人とも異星人の姿になったが、すぐに姿が消えてしまった。

 今日もこの地球は、宇宙全体の平和維持を目的にした異星人に守られている。 

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