第63話 十二月二日は美人証明の日(月間ベスト)
栃木県足利市にある厳島神社では二〇〇六年十二月二日に、御祭神の市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)の分身として美人弁天を建立。これを契機に町内で「美人弁天町おこしの会」が発足し、参拝者に心柔らかな品性ある美人であることを証明する日本で唯一の「美人証明」を発行している。
心の優しい美人弁天と「美人の国・足利」をアピールしようと「美人弁天町おこしの会」が記念日を制定。日付は建立の日であり美人証明を初めて発行した日から。
私の名は
私が校内を歩けば、みんな私の美貌に畏怖を感じて道を開ける。その現象は「盛北の十戒」と呼ばれていた。
私が横を通り過ぎる時の、下々たちの眼差し。あの羨望や恐れを含んだ眼差し。あまりに美しい者と遭遇して自分の凡庸さを思い知ってしまうのだろう。
休み時間になると、私は用事が無くても廊下を歩くようにしている。一人でも多くの人に姿を見せることは、私の義務だと思っているからだ。
「あ、痛っ!」
今日も廊下を歩いていると、突然曲がり角から人が飛び出して来て、体当たりを喰らわされた。予期せぬ衝撃に、私は無様な格好で仰向けに倒れてしまった。
「いたあ~い」
ぶつかって来たのは中学生かと思うくらい幼い感じの女生徒で、彼女も尻もちを着いて泣きそうな顔になっている。
「突然飛び出してきて危ないじゃないの!」
私は上半身を起こして、女生徒に怒鳴った。
「あっ、高花麗美」
幼顔の女生徒は、私に気付き、あっけらかんとした表情で呼び捨てにした。
「あなた失礼じゃないの!」
「すみませんー!」
私が怒ると、幼顔の後ろから、ボーイッシュで長身、いかにもガサツそうな別の女生徒が出て来て、慌てた様子で謝る。
「ほら、依里も高花さんに謝りなよ!」
「ごめんなさい」
ボーイッシュに促されて、依里と呼ばれた幼顔も謝る。二人を見ていると、大名行列の前に飛び出してしまった、農民の子供と親みたいだ。
「突然飛び出して来たのも悪いけど、私を呼び捨てにするなんて許せないわ」
私は立ち上がり、身なりを整えて二人に怒った。
「それはあれよ。ほら、芸能人とか有名な人にさん付けしないでしょ。藤井風とかあいみょんとか呼び捨てるでしょ」
ボーイッシュの方が、言い訳してくる。
「有名人? ああ、私が美しくて有名だから、女優さんみたいに思ってしまったのね」
そういうことなら失礼な呼び捨ても理解出来るか。
「そうそう、そうなのよ……」
「違うよ凛子ちゃん。麗美ちゃんは、用も無いのに周りを威嚇しながら廊下を歩いてる女って有名なのよ」
「なにっ!!」
用も無いのに周りを威嚇しながら歩いてる? 確かに見様によってはそう見えるのかも……。
「馬鹿ね、ここは美人で有名って話合わせておいて、立ち去れば良いのよ。変に絡まれたらどうするのよ」
凛子と呼ばれた女が依里に小声で話す。それを聞いた依里はハッとした顔をする。
密談のつもりなんだろうけど、全部こっちに聞こえてるんですが?
「あっ、美人で有名なんだった」
「全部聞こえとるわ!」
依里が慌てて話を合わせてきたので腹が立って怒鳴った。
「ああ、分かったわ。あなたたち私に嫉妬してるのね。だからそんな出鱈目言うんでしょ? 分かったわ、他の人に聞いてみるから」
「ああ……やめときなよ……」
困った子供をなだめるように、凛子が私を止めようとする。だが私はやめるつもりは無かった。
私たちの騒動を、少し離れて見ている人たちが居るので、私は声を掛けることにした。
「ちょっとそこのあなた……」
「あっ! 美人です! 間違いなく美人なんです!」
声を掛けた男子は、慌ててそう言うと逃げてしまう。
他の人に声を掛けようと、一人の女生徒に近付くと、声を掛ける前に「美人です!」と言って逃げてしまった。
何この危ない人みたいな扱いは? もしかして、凛子と依里が言う通り、私は威嚇して歩いているように見られているの? みんなの畏怖を帯びた視線は本当に怖かっただけなの?
「高花さん、あなたは間違いなく美人だよ。でも、凄く綺麗な人より、笑顔が素敵な普通の人の方が親しみやすいわ」
凛子が同情したように、ショックを受けてたたずむ私の肩に手を置く。
「そうよ。麗美ちゃんも、これから楽しいことを思い浮かべて笑顔で歩けば良いのよ」
依里もそう言って、私の腕に手を掛ける。
楽しいことか……。私の楽しいことってなんだろう?
小さい頃から、可愛い、綺麗だと言われるのが嬉しかった。成長するにつれ、言われるのが当たり前、言われなかったらイライラするって感じに変わってた。今では自分を見せることで、言ってもらうことを強要している。
笑顔が素敵か……私、いつ、どんなことで笑っているんだろう……そう言えば、最近心から笑っていないような……。
考え込んでいた私がハッと気付くと、目の前で凛子&依里が両手で顔をつぶして変顔を作っていた。
「ハッ、ハハハハハ!! 馬鹿じゃないのあなた達!」
余りにもバカバカしい顔で、思わず大笑いしてしまった。
「そうそう、そうやって友達と馬鹿やってたら楽しいでしょ?」
「麗美ちゃん馬鹿笑いしすぎだよ!」
二人は素敵な笑顔でそう言った。私もこんな風に笑ってみたいと感じるぐらいの良い笑顔だ。
「私に友達はいないから……」
そうだ。いつも廊下を歩いているのも一緒に笑い合える友達がいないからだ。
私はまた笑顔を失った。それどころか凄くみじめな気持ちになった。
「はい」
凛子がハンカチを差し出してくれた。私は泣いていたみたいだ。
凛子のハンカチを受け取る。ガサツに見えるけど、綺麗でかわいいハンカチだった。
「もう麗美ちゃんは友達だよ」
依里が笑顔でそう言ってくれた。
「嫌かも知れないけど諦めて。私たちは言い出したら人の言うこと聞かないから」
凛子も笑顔でそう言ってくれる。
「嫌じゃないよ。でも良いの? 私はみんなに怖がられているんでしょ?」
「良いもなにも、依里が『麗美ちゃん』って呼んでるんだから、もう決定だよ」
「麗美ちゃんも依里と凛子って名前で呼んでね!」
「ありがとう依里、凛子、本当に嬉しいよ」
私も二人に笑顔を返した。
これからはこの二人と一緒に、いつも心からの笑顔でいたいと思った。
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