第226話 五月十四日は温度計の日
水銀温度計を発明し、華氏温度目盛り(°F)に名前を残すドイツの物理学者ファーレンハイトの、一六八六年の誕生日。なお、この日附はユリウス暦によるものであるが、ファーレンハイトの生地ダンツィヒ(グダニスク)では既にグレゴリオ暦に改暦しており、それによれば五月二十四日となる。
華氏温度は、塩化アンモニウムを寒剤として得られる当時人間が作り出せた最低温度を0度、人間の平均体温を96度とし、その間を等分して得られる。この温度目盛りによると、水が凍る温度は32度、沸騰する温度は二百十二度となる。ファーレンハイトが一七二四年に発表し、現在では主にアメリカ・カナダ・イギリスで用いられている。
中国では、ファーレンハイトに華倫海の字を当てたことから、「華氏」と呼ばれるようになった。
俺のアパートには誰かのお土産で貰った温度計がある。名所のイラストが入った板の中央に温度計が埋め込まれているのだ。
さっき見たら、その温度計が三十八℃になっていた。今日は気象庁から「命を守る行動を」と警告があるほど気温が高い日だ。そんな日なのに、俺の部屋のエアコンは故障している。修理を頼むお金も無い。ベランダから玄関ドアまで全て全開にしているが、一向に温度が下がる気配がない。
冷蔵庫で冷やしている水を何度か飲んだが、大量の汗が噴き出し気持ち悪いだけだった。
本格的にヤバいので助けを求めなきゃならんのだが、こんな時に限ってスマホが壊れてしまった。思えば、三か月前にバイト先が潰れた時にもっと深刻に考えるべきだった。なんとかなるだろうとのんびり構えてたらこの始末だ。
何もかも面倒になって畳の上に寝転んだ。このまま眠ってしまったら熱中症で死んでしまうのだろうか。そうなったらそうなったで良いか。親も大して悲しまないだろうし。
両親には、子供の頃から優秀で今は大企業に勤め、綺麗な奥さんと幸せに暮らしている兄がいる。出来の悪い俺がいなくなっても何も困らないだろう。
兄は何でも良く出来た。勉強でもスポーツでも常に一番だった。幼い頃はそんな兄が俺の誇りだったが、成長するに連れ凡人である自分と比較して情けない思いが強くなっていった。
兄が悪い訳じゃない。のんびり屋で努力しなかった俺が悪いのだ。
「なんだこの暑さは!」
玄関の方から声が聞こえた。
「なんでこんなに……うわあ!」
声の主は部屋に入って来て、寝ている俺を見て驚いたようだ。
「大丈夫か!」
「あっ、兄ちゃん……」
入って来たのは兄だった。
「兄ちゃんじゃねえよ! どうしてこんな暑い部屋で寝てるんだ、熱中症になるぞ!」
「いや、エアコン壊れてて……」
「修理すれば良いだろ! それにスマホはどうしたんだ? 母さんから連絡つかないって言われたんだが」
「それも壊れてて……」
「馬鹿かよ……」
兄は呆れたようにそう言うと、台所に行って冷蔵庫の水をコップに入れて持って来てくれた。
「飲めるか?」
「うん」
冷たい水は本当に美味しかった。
「おい、すぐに出掛けるぞ」
「えっ、どこ行くのの?」
「俺の家に来るんだ!」
「えっ、お姉さんに迷惑かけるよ」
「お前がここで野垂れ死ぬ方がもっと迷惑だよ!」
そう言われて、兄の言う通りに着替えを持って家に連れて行ってもらった。お姉さんはとても優しく迎えてくれたが、兄には車の中でも家に着いてからもずっと説教された。だけど、俺はそれが凄く嬉しかった。だって本気で心配してくれているのが分かったから。
兄の気持ちが嬉しくて泣いていると「説教されて悔しいならもっと頑張れよ!」と勘違いされた。
うんそうだ。こんな優しい兄に心配掛けないように、もっと頑張ろう。
毎日読んで毎日幸せ!「今日は〇〇の日」 滝田タイシン @seiginomikata
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。毎日読んで毎日幸せ!「今日は〇〇の日」の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます