第69話 十二月八日はジョン・レノンの命日

 一九八〇年のこの日、ビートルズのメンバーだったジョン・レノンがニューヨークの自宅アパート前で熱狂的なファン、マーク・チャプマンにピストルで撃たれて死亡した。



「どうしたの? そんな真黒な服装で」


 十分遅れで待ち合わせの場所に現れた恋人の洋子ようこは、謝るより先に俺の黒で統一したコーディネイトに言及してきた。


「今日は偉大なアーティストの命日だから、喪に服してるんだよ」


 十分遅れならいつもよりマシなので、俺は遅刻を無視して黒の理由を話した。


「偉大なアーティストって誰のこと?」

「ジョン・レノンだよ。洋子も知ってるだろ?」

「名前は聞いたことあるけど、どんな人かはよく知らない」

「もう、マジかよ。あのビートルズのリーダーなのに」


 俺はスマホを取り出して、季節的に良いかと「ハッピークリスマス」を洋子に聴かせた。


「あっ、これ聴いたことある。と言うかさっきどこかで流れてたよ」

「そうだろ。これだけじゃなく、もっと有名な曲がいっぱいあるんだ。今度アルバム貸してあげるよ。

 その偉大なジョン・レノンが一九八〇年の今日、自宅アパートの前でチャップマンって男に銃撃されて死んでしまったのさ」

「殺されちゃったの?」

「そうなんだよ。まだ四十歳だったのに……。そのまま生きていたら、どれだけの名曲を世に送り出してくれたか……」


 この後は食事に行くことにしていたので、俺達は目的の店に向かって歩き出す。


「もしこの世の中にビートルズが存在しなかったらって設定の『イエスタデイ』って言う映画があるんだよ。その世界ではビートルズのリーダーとして活躍しなかったジョン・レノンが、現在でも生きていたんだ。もちろん地味な無名の人としてね。

 偉大な有名人だったからこそ、変人に襲われて四十歳の若さで殺された。無名の人だったら、今でも生きていて平凡ながら穏やかに暮らしていたのかも知れないんだよね。

 ジョン・レノンにとって、どちらが幸せだったんだろう?」


 映画「イエスタデイ」を観てから、俺の中に湧いてきた疑問だ。


「私だったら平凡で長生きするより、有名になる方が良いな。たとえ寿命が半分になったとしても、内容は濃いでしょ。普通じゃ出来ない経験や出会いをしたり」

「そうだよな。ビートルズが無ければ、人々の心に残ることも無かっただろうし、オノヨーコにも出会って無かっただろうしな」

「オノヨーコって誰? 日本人なの?」

「そう、日本人。ジョンレノンの二番目の奥さんで、運命を変えた人かな」

「だったら絶対に有名になった方よ。愛する人に出会えることが人生で一番意味の有ることなんだから」


 洋子の意見を聞いて、女性的な考えだなと思った。でも、案外それが正解かも知れない。


「そうだよな。たぶんジョンレノン本人に聞いてもそう言うと思うよ」

「ねえ、オノヨーコさんのヨーコって私と同じ字なの?」

「ああ、そう言えばそうだな」

「じゃあ、私があなたの運命の人かもね」


 そう言って笑う洋子はとても可愛い。少しクセのある性格も俺好みだ。本当にジョンとヨーコみたいな運命の相手なら嬉しいな。

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