第136話 二月十三日は苗字制定記念日

 一八七五(明治八)年のこの日、明治政府が「平民苗字必称義務令」という太政官布告を出し、すべての国民に姓を名乗ることを義務附けた。

 江戸時代、苗字を使っていたのは貴族と武士だけだったが、一八七〇(明治三)年九月十九日に出された「平民苗字許可令」により、平民も苗字を持つことが許された。しかし、当時国民は明治新政府を信用しておらず、苗字を附けたらそれだけ税金を課せられるのではないかと警戒し、なかなか苗字を名乗ろうとしなかった。そこで明治政府は、一八七四((明治七)年の佐賀の乱を力で鎮圧するなど強権政府であることを誇示した上で、この年苗字の義務化を断行した。



「藤田さん、ちょっと良いかな」

「はい」


 私は課長に呼ばれたので、自分のデスクを離れて、課長のデスクに向かう。要件自体は簡単な確認事項だったので、二、三やりとりをしてまた自分のデスクに戻って来た。


「私はまだ『藤田さん』に慣れないわ。足立ちゃんの方がしっくり来る」


 私がデスクに戻ると、一つ年上の先輩である村本さんが話し掛けて来る。


「まあ、まだ三か月ですからね。すぐに慣れますよ」


 私は三か月前に結婚して、足立から藤田に改姓していた。


「私なら会社は旧姓のままで通すわ。社内はまだ良いとしても、取引先に連絡するのとかだるいでしょ。頻繁に会わない人とか、覚えて貰えなさそうだし」

「そうですね。不便を感じることはありますが、時間が解決してくれますよ」


 村本さんは男女平等思考の人で、結婚したとしても夫の姓を名乗るのは嫌だと公言している。私は村本さんと姓のことで話す時は、無難な返答するように心掛けていた。

 実は、私は自らの意思で夫の姓を名乗っている。村本さんにそれがバレると説教されそうだから、義父の要請で仕方なく夫の姓を名乗っているように話していた。


「早く夫婦別性の制度が出来れば、足立ちゃんも元の姓を名乗れたのにね」

「ホントそうですね」


 私は本心で、夫婦別姓の制度が出来れば良いと思っている。私自身は制度があったとしても夫の姓を名乗るつもりではいるが、結婚後も元の姓を名乗りたい人は自由に選択できるべきだと思う。夫婦別姓を選択したい人を特別変わった考えだとは思わない。自分と違う考えでも尊重すべきだと思うから。

 私がなぜ夫の姓を名乗っているかと言うと、単純に憧れていたからだ。愛する人と結婚して、その人の姓を名乗る。同じ姓を名乗り、他人だった二人が家族になる。私は小さい頃から、それに憧れがあった。


「だいたい今は三組に一組は離婚するのよ。もし離婚したらまた元の姓に戻さなきゃいけないじゃない。私は離婚しましたって言ってるようなものだわ。それなら最初から変えない方が良いと思うでしょ?」

「そうですね。それも一理ありますね」


 言葉ではそう言ったが、それに関しては同意出来なかった。だってアントニオ猪木さんじゃないけど、結婚する前から離婚することを考えるやつがいるか、バカヤロー! ですよ。



「ただいま!」


 仕事が終わってマンションに帰って来た。夫が先に帰宅していたので、部屋の中は灯りが点いているし、暖房も効いていて暖かい。


「お帰り。もう夕飯が出来てるよ」

「ありがとう!」


 私は出迎えてくれた夫にハグする。夫も笑顔で抱きしめてくれた。


「今日ね、こんなことがあったの……」


 夫が用意してくれた夕飯を食べながら、今日の村本さんとのやりとりを話して聞かせた。


「今はそう言う考えの人も多いんだろうね。しかし、離婚したら元の姓に戻さないといけないって確かに辛いな」

「私はそれでもあなたの姓を選ぶわ。私は死が二人を分かつまで、あなたと暮らして行く覚悟で結婚しているから。この人以外は相手は居ないと思って結婚したのが間違えていたなら、また元の姓に戻すぐらいのペナルティは受けるつもりよ」


 私がキッパリとそう言い切ったので、夫は少し驚いた顔をする。でもすぐに微笑んでくれた。


美嘉みかに間違っていたと、絶対に思わせないようにする。ずっと結婚して良かったと思って貰えるように頑張るよ」

「うん、でも頑張らなくても大丈夫よ。今のままで変わらなければ」


 結局、二人が名乗る姓をどうするかより、どうすれば夫婦仲良く過ごせるか方がずっと重要だ。夫と出会えて良かった。これからも夫と同じ姓を名乗り、一緒に生きて行こう。

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