宇宙艦隊の司令官から剣と魔法のファンタジー世界の冒険者に転職しました

地水火風

第1話 序章

(頭が痛い……頭痛が酷い。二日酔いか……いや、違う戦闘中だったはず……)

 そこまで考えると段々と意識がはっきりしてくる。指揮官席から投げ出されたのか自分の体は床に転がっている。血がゆっくりと広がっていく。

(生きているのか?なぜ?)視界の端に医療用アンドロイドが近寄ってくるのが見える。それと同時に酷い頭痛に襲われると再び意識が遠のいた。

 

 無限の星々が輝く大宇宙。その一端で星々の輝きをかき消すように、無数とも言える宇宙船が戦いの火花を散らしていた。

 いつ果てるとも知れない戦い、戦況は一進一退を繰り返していた。

 星系連邦第7艦隊総旗艦ユキカゼ。全長約450kmを誇るその巨体の艦橋で、一人の男が豪奢な椅子に座り数多く並んだパネルを見つめている。男は10代後半、童顔としても20代前半といった顔立ちだが、醸し出す雰囲気は戦場を何度もくぐった熟練兵のそれだ。それもそのはず男は600歳を超えており軍人として400年以上も戦ってきた。外見年齢は再生医療が進み、理論上不老を手に入れた人類にとってさしたる意味はない。それでも軍人として400年以上のキャリアを持つ者は稀だ。纏う雰囲気までは変えることができない。


 広々とした艦橋の室内には大勢の人間がそれぞれモニターをみており、男の前にも多数のパネルが浮かんでいる。パネルには他の艦隊の指揮官が映っていた。幾つかのパネルは何も映していない。男の側にはタイトスカート型の軍服をキッチリと着こなした女性が直立不動で控えている。年齢は男より若干若く見える。恐らく副官なのだろう。整った顔立ち、細身ながらも出るところは出ている完璧とも言えるスタイル、そして無表情さでまるで人間のように感じられない。それもそのはず女性はアンドロイドであり、この艦のAIであった。名前は艦と同じくユキカゼである。ついでに言えば艦内には人間は豪奢な椅子に座った男1人だけで、後はすべて人型アンドロイドである。


 この時代すべてをAIに任せることも可能だし、人が指揮するとしても、直接イメージをAIに送り込めばすむ。だが、幾つもの実戦を経てこの形態に落ち着いていた。結局のところ、いざという時の悪辣さにおいてAIは未だに人に及ばず、また人は機械に接続されて高いパフォーマンスを維持したまま長時間指揮をとれなかった。

 男が愉快そうに呟く。


「帝国もよほど艦艇が余っているとみえる。この老いぼれの艦隊にこれだけの戦力をよこすとはな」


 鈴が鳴るという言葉がピッタリと当てはまる美声で横に立つ女性が答える。


「それこそ提督の名によるものでしょう。イワモリ・コウの名は不敗と同義だと聞いております」


「不敗と常勝は違うがな、それに不敗でもない」


イワモリと呼ばれた男は愉快そうに笑って答える。


「イベルナ星系会戦では、ほうほうの体でお前と逃げ帰ったしな」


女性はふぅっ、とため息をくと

「過ぎたる謙遜は嫌味になります。あれはコマード司令官の采配能力の低さによるものです。さらに言えば敵戦力を見誤った宙軍作戦本部のミスでもあります。殿軍を務め10倍する艦船に味方撤退まで持ちこたえ、尚且つ生還されたのは不敗の名に恥じないもので御座います」


「それにもし今でしたら同じ状況でも、撤退ではなく勝てるでしょう」


 ユキカゼは300年以上前に行われた、帝国との艦隊戦、イベルナ星系戦時は1万m級の駆逐艦に過ぎなかった。しかし味方を逃がす時間を作るため、急遽編成された部隊の旗艦となり、イワモリと死地をくぐり抜けたのだった。

 その時ユキカゼの計算上の生存確率は0。しかし実際は生還した。イワモリは非凡な才を発揮し、昇進していった。乗艦も駆逐艦から巡洋艦、戦艦、戦闘母艦と移り変わったが、AIはアップデートをするだけで、自分を使い続けている。一度きちんと最初からその艦船用に作られたAIに交換するよう進言したが、幸運の女神を自分から手放す気はないよ、とすげなく却下された。全体性能として2%以上の差が有る、とのプレゼンにも耳を貸さなかった。

 

 長時間座っても疲れないゆったりとした高級シートに座り自分、イワモリ・コウは戦況を眺めていた。


「さて、もうそろそろ吉報が欲しいところだなあ」


 この宙域でのイワモリの役目は囮。正確に言えば、敵帝国艦隊本隊への奇襲と見せかけた囮。出来るだけ多くの敵艦隊を引きつけ、尚且つ隙あらば本当に奇襲すべき、と言う難しい作戦である。


「高度に柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応する。だったかな、どんな状況でも成功しそうな素晴らしい作戦だな」


 イワモリは皮肉げに呟く。実際は戦略級AIによってどこかの物語のように補給が軽視されることもなく、本当に臨機応変な対応がされるのだが、イワモリは戦争とは人間同士がやるものという考えであり、道具としてのAIは認めているが、作戦をAIに任せきりというのは好きではなかった。


「今作戦はシミュレーション中最も勝率の高い作戦ですよ」


 ユキカゼが僅かに呆れたような表情を浮かべる。もちろん他の者には無表情にしか見えないのだが、長い付き合いでイワモリにはなんとなく表情が読めた。言い終わった途端警報が鳴る。


「第35区域42区画において、敵艦隊ワープアウトを確認。同時に設置機雷による爆発も確認。残存艦は少数。遊撃隊による掃討の許可を」


オペレーターの声に、イワモリは軽く頷いて許可を出す。


「あの区画はシミュレーションでは最も敵出現確率が低かったのですが……」


 ユキカゼが呟く。

 この宙域、銀河系の巨大ブラックホールの周辺では、大質量の恒星が通常では考えられない程密集し、空間も歪みワープ出来る区域や、艦隊を展開出来る区域が限られていた。ただ幾ら戦闘艦の数が多くとも、全ての区域に艦隊や機雷を設置する事は出来ない。それをすれば各個撃破されるからだ。だからシミュレーションをし、効果的に艦隊を配置し、機雷を設置する。しかしイワモリはそれを無視するような艦隊運用で敵の隙をつき、または奇襲を防ぎ効果的に敵数を減らしていた。キルレシオは驚くことに1:10を超えている。3倍の戦力を送り込みながら、帝国は逆にしだいに劣勢にたたされていく。


「果たして私は必要なのでしょうか……」


 ユキカゼの問いに、イワモリは愉快そうに応える。


「もちろん必要だよ。私は私生活では運のない男でね。例えば宝くじを毎年二回2セット6,000クレジット分ずつ買っているんだがね。1セットにつき1枚必ず当たる最下賞以外当たった事がないんだ。もう500年買い続けてるんだがね。もう直ぐ購入金額が私の年収を超えそうだよ」


「だからね最初にこう考えるんだよ。戦場でも最悪の事が起きる。自分の選択はきっと間違っているとね。そして幸運を願うのさ」


 そう言ってイワモリは少し肩をすくめる。


「しかし、前回の奇襲領域はシミュレーション中最も敵出現確率が高い場所でした。提督はそれも当てられています。正確に言えば開戦より、ほぼ100%に近い形で最適解を選択されています。これは戦略級AIのシミュレーション結果を大きく上回るものです。しかもどうシミュレートしても法則性が発見出来ません」


 ユキカゼは少し悔しそうだった。


「君たちがもう少し人間を理解し、政策権限が与えられたら戦争も無くなるかも知れんなあ。人間はそう簡単には判断出来ないものだよ。例えばサイコロで10回連続で偶数が出たとする。次に転がしたら偶数、奇数どちらが出ると思う?」


 イワモリは少しいたずらっぽく尋ねる。


「どちらとも言えません。偶数奇数のでる確率は常に二分の一であり、前の結果との関連性はありません」


 ユキカゼは当然のように答える。


「模範解答だね。だが人間はそうは割りきれない。今まで偶数が出たのだから次こそ奇数が出るはず、逆に今まで偶数だったのだからもう一回ぐらい偶数が出る、若しくはサイコロに仕掛があり偶数しかでないのではないか。または、サイコロを振るものが器用で場の雰囲気に合わせて数字を出すのではないか。まあ、ざっと考えてもたかが偶数奇数の問題でも色々考えるわけだ」


 イワモリの返事に、ユキカゼはほんの少し首を傾げる。イワモリはそれを年甲斐も無く可愛いと思う。思えば付き合いは別れた妻より長い。


「だから判断に迷う。幾ら最適解を提示されても素直に選べない」


 自分に言い聞かせるようにイワモリは言う。副官との言葉のやり取りは戦闘中のちょっとした楽しみだ。その楽しみを奪うかのように亜空間レーダーのオペレーターから報告が入る。


「敵艦隊後方に大規模増援部隊を確認。数約200万隻、我が軍の2倍以上です」


 本来なら数十光年にも渡って広がる戦域をリアルタイムに知ることは出来ない。しかし、科学の発達は亜空間を利用し不可能を可能にしていた。


 その報告とほぼ同時に通信オペレーターから報告が上がる。


「総司令部より入電。予備隊を投入。敵艦隊撃破に成功せり」


 それは自分が囮となったこの作戦が成功したとの連絡だった。今現れた増援は今から戻っても各個撃破の対象となるだけである。かといってこのまま攻めても今までの経緯からいって攻め切れないのは明白だ。敵は肝心な時に遊兵を作るというミスを犯してしまった。

 パネルに映っている他の提督たちの顔も明るくなる。勝利を確信した顔だ。


「追撃戦に移行しますか?」


 ユキカゼの問いは形式的なものだ。戦闘は追撃戦において最も戦果を挙げられるのは今も昔も変わっていない。当然他の提督も追撃戦に移るものと思っていた。だがイワモリは全軍撤退の命令を出す。他のパネルの提督たちに戸惑いの表情が映るが、イワモリは再度命令を出す。

ユキカゼが尋ねる。


「今後の参考までに、撤退理由をお聞かせ願えませんか」


 全軍の一斉撤退など逆に追撃を受けて被害を出しかねない。心配は当たり前のことだった。


「勘だ」


 イワモリの短い言葉にユキカゼは思考がとまる。


「は?」


 というなんとも人間臭い反応を示す。


「だから理由なんてない。勘だよ。完勝といってもいいぐらいだからね。うまく行き過ぎた。こりゃあ、このままでは終わらんね。こういう時の自分の勘はよく当たるんだ。勝負は決まったんだ。後は逃げるが勝ちってね。殿軍は本艦隊が務める。撤退の指揮はフィッシャー中将がとりたまえ」


「は!了解しました」


 パネルの向こうで呼ばれた男が敬礼をする。おそらく心の中では不満なのだろうが、軍隊で上官命令は絶対だ。フィッシャー中将の指揮のもと撤退の準備が進められる。追撃がないため味方だけでなく敵も順調に撤退していく。

 ほぼ撤退が完了したころ、亜空間レーダーのオペレータが今までにない緊迫した声で報告を上げる。


「付近、赤色巨星内に対消滅弾の反応を多数確認!恐らくワープに失敗した敵艦と思われます。同時に衝撃により超新星爆発を確認。自転軸の変化も確認。わが艦隊に向きました。ガンマ線バースト来ます」


 自分の部隊は赤色巨星の近くに陣を張っていた。もちろん万が一のため自転軸にも気を付けていた。対消滅弾は反物質を利用した強力な爆弾である。だが、1発や2発では恒星に影響を与えることはできない。追撃のない状態でワープに多数の艦が偶々失敗し、偶々同じ恒星に突っ込み、偶々自転軸がこちらにずれるなど、どれぐらいの確率だろうか? イワモリは恐怖を感じるより、思わず感心してしまった。


「ガンマ線バーストはどれぐらいで来るかね?ワープは間に合うかね?」


 ガンマ線バーストは強大なエネルギーの奔流だ。いくら強力なエネルギーシールドと装甲を持つ大型艦とて耐えることができない。が、しかし光速を超えることはできない為、到着までには時差がある。本来疑似人格であるオペレータよりも平静な声でユキカゼに尋ねる。


「ガンマ線バースト到着まで、8分42秒。本艦ワープ可能時間まで8分45秒。艦隊の殆どは間に合いますが、本艦及びジェネレータ出力の落ちた数隻の大型艦は間に合いません……」


大型艦ほどワープを行うのに時間がかかる。これはいまだ解決されていない問題だった。


「申し訳ございません。私が提督の命令をすぐに実行していれば……」


 ユキカゼは泣きそうだった。もちろん表情はほとんどかわらないのだが……少なくともイワモリにはそう思えた。


「まあ、大型艦が失われるのはちょっと痛いかもしれないが、全体としてみれば上出来ではないかな。一応ガンマ線バースト接触と同時にワープドライブを稼働したまえ。他の逃げられない艦はそれぞれの艦長の判断に任せる」


 ワープとは空間を捻じ曲げて本来なら光速でも何百年とかかる距離を一瞬で飛ぶ技術である。ただ準備が整う前に行うと、予定とまったく違った場所に出るのは非常に運が良い方で、次元の間に挟まったり、艦と融合してしまったりと、ろくなことにならないのが普通であった。


「あと約8分か……」


 イワモリは今までの人生を回想する。多くの戦役で仲間が死に行く中、自分はこの年まで生き残った。もう別れてしまったが、愛する人にも出会えて結婚もした。人工授精でカプセルの中で子供を育てることも少なくない世で、妻は自分の子供を自然に産み、育ててくれた。生活も軍隊生活が長いとはいえ、休暇には旅行も行ったし、趣味も堪能した、生活レベルも高いとは言えないが少なくとも低くはなかった。

 死亡原因の第1位が自殺、2位が事故、3位が他殺で理論上不老でありながら実際の平均寿命は約500歳という中、軍人で第一線で働きながら600歳を超えているのは稀だ。

(改めて考えると悪くはないなあ。いや。むしろ良い人生か。最後はいささか締まらないが、それも自分らしいか)

 ガンマ線の膨大なエネルギーがユキカゼのエネルギーフィールドに接触し、対閃光防御をしても目が痛くなる程の光が艦橋内に広がる。


「ワープ」


と言うユキカゼの短い言葉を最後に聞いてイワモリ・コウの意識は途絶えた。



後書き

6月5日から外伝を投稿しています。一応本編とは独立した話ですが、本編を読んでからの方が楽しめると思います。作者のページからも飛べますが、アドレスはhttps://kakuyomu.jp/works/16816452220745099981

です。よろしくお願いします


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