第8話 冒険者ギルドへ、ただし事情聴取

 受け答えは自分の役割だろう。そう思い、コウは話す。


「いえ、ただ単に自分たちの正面に座られたので、一番偉い人だと考えました」


 オーロラは納得していない様子で反論する。


「ふーん。随分と状況判断が早いのね。そう考えたとしても、ソファーに座った時、普通の人は紹介した時に少しは驚くものよ。あなただけでなく全員が少しも動揺しないなんてちょっと異常だわ。それにあなたからはまるで百戦錬磨の軍人のような感じを受けるの。まあ、これは私の勘だけど。結構当たるのよ私の勘」


 そう言ってじっとコウを見つめる。


「まあ、年の功ってやつだな」


 ワヒウが言うと、オーロラは視線をコウから外し、ワヒウをにらみつける。その視線の鋭さにワヒウは大きな体を縮こませる。どうやら外見通りの年齢ではないらしい。


「そこは女の勘、て言うところよ。まあいいわ。私は少しとは言えエルフの血を引いているの。曾祖母がエルフだったから8分の1だけどね。それに魔力も高いわ。そのおかげで50を過ぎてもまだこの外見でいられるわけ……これも驚かないのね」


 エルフとの混血は純血程ではなくても普通の人間よりは寿命が長くなること。また魔力が高いものは人間でも寿命が長いこと。これはすでに事前情報として頭の中にインプットされていたものだった。ギルドマスターと紹介された段階でこれは推測できたので、驚かなかったのだが、怪しまれてしまった。ただ、下手に驚いたふりをしても他の者はともかくオーロラは騙されそうにない。そもそもコウは軍人であり演技の訓練など受けたことはない。動揺せずに嘘をつく訓練なら受けていたが……。


「単刀直入に聞くわ。あなたたち何者?」


「何者といわれましても……」


 コウは少し迷ったが。とりあえず自己紹介から始める。


「私はコウといいます。弓を使います。左の女性はユキ、槍を使います。右の女性はサラ、大剣使いです。後ろの女性はマリー、攻撃に剣と盾を使いますが、基本はパーティーの防御を担当しています」


 そこまで説明すると口を閉じる。


「おいおいそれだけかよ」


 と横からジェイクが口を挟む。


「それだけといわれても、何を説明したら良いのか、自分には分からないのですが」


 これは本当のことだ。今までの経緯から普通の人から浮いていることは理解している。ただ、どう説明すれば相手が納得するのかが分からなかった。


「そうね。まずはどこから来たのか教えてくれる?」


「ツシドという島国から来ました」


 これはこの大陸の東の海上に本当にある国である。大陸から距離があり、波も荒く、この文明レベルの航海術では渡航が困難な為、殆ど大陸と交流はない。


「4人とも?」


「はい、そうです」


「それはおかしいわね。コウさんとユキさんは判るけど、サラさんとマリーさんは別の国の人よね。あそこは閉鎖的な国よ。一人ならともかく二人も外国人と知り合えるなんて考えられないわ。それに、ツシドに船が渡っている港町からここまでいくつもの村や町があるわ。私この国のギルドマスターの代表と言ったわよね。あなたたちのようなパーティーが通ったら私の耳に絶対入るわ。でもこの街に来るまでの情報は何もない」


 そういうと、鋭い視線をコウに向ける。


「実は……。自分たちは脱走兵なんです。ツシドで政変がおきまして、自分たちの勢力は負けたんです。それで船で大陸まで逃げようとしたんですが、途中で嵐に会い船は沈んでしまいました。何とか陸まではたどり着いたのですが、追手が怖く、できるだけ人目につかないよう、そしてツシドから離れるように移動してきたんです」


「先ほども言ったように、ツシドは閉鎖的な国よ。外国人を傭兵に雇うなんて聞いたことないわね。それにあなたたちからは魔力を感じないわ。とても兵士が務まるほど強いとは思えない」


「自分たちは小さいころにさらわれて売られたんです。理由はこれです」


 そう言ってコウは何もないところ、正確には亜空間から、この惑星でよく食べられているパンを取り出す。


「収納魔法……まさか4人とも……どれぐらいの容量なの?」


 信じられないと言って表情でオーロラが聞く。他の3人も驚いている。


「はい、4人とも使えます。小さいころから魔力をすべて収納量を広げるよう訓練を受けていました。今は壊してしまった詰所の大きさぐらいの容量はあると思います。他の魔法は使えません。軍隊では補給の役割でした。それに何時もは地下牢に入れられていて、戦争の時も人目から隠されていました」


「なるほどね。ツシドを前に支配していたアクダイ・エチゴヤは評判が悪かったけど、そんなことまで手を出していたのね。それだけの容量持ちなら厳重に秘密にしていたのも当然ね。あなた達の事が判らなかったのも理解は出来るわ」


 コウが考えていたより、ギルドの情報取集能力は高いようだ。しかし、ツシドで政変が起きたのは事実であり、アクダイは死んでいた。死人に口なしである。それに悪人だったのも事実なので、今更悪事が少々付け加えられても大丈夫だろう。


「補給物資を持っていますが、取り上げられるのでしょうか?」


 コウは心配げに聞く。これは演技ではなく本当に取り上げられないか心配になったためだ。新しいツシドの支配者に返還しろ、と言われたら困ったことになる。物資を用意するのは簡単だが、何をどれぐらい用意すれば怪しまれないのかが分からない。


「その心配は無用よ。あなたたちは被害者だし、持ち主はもう死んでいるわ。新しくツシドの支配者となったジュードー・オオソトからは返還要求も来てないしね。まあ、あなたたちのことは気づいてないか、死んだと思っているかなんでしょうけど。あなたたちが持ってる物は、あなたたちのものよ」


「それは安心しました」


「生い立ちは理解したわ。何となく納得できないけど……例えば顔。私、これでもそれなりに顔に自信があったのよ。でも、あなた達を見てきれいさっぱり吹き飛んだわ。いろんなところから攫ってきたんでしょうけど、収納魔法持ちで、絶世の美男美女が4人も揃うなんて事があるのかしら?」


 アバターの外見には気をつけるべきだったな、とコウは後悔するが、後の祭である。


「分かりません。ただ、自分達は思い出したくもないような、色々な実験をされました。姿形も何度も変えられました。そのせいかもしれません」


「なるほどね……姿を変える魔法を固定化することはまだ誰も成功していないはずだけど……それを聞いても分からないわよね。その変わった装備あなた達専用なの?」


「それも分かりません。ただ、自分達が持っていた装備の中で一番良いものです。一般の人と関わった事が無いため、目立つ装備だとは思いませんでした」


「お前たち……つらい思いをしたんだな……」


 ワヒウがなんだか、目を潤ませ震えた声で言う。こわもての顔なのに純情なのか、いたく同情しているように見える。話が終わったわけでもないのにいいのか?と我ながら心配になってくる。実際オーロラの目はまだ鋭いままだ。


「この街に来た目的を教えてもらおうか」


今度はジェイクが質問をする。


「冒険者になるためです」


「それだけじゃあ、分からねえな。なんで突然冒険者になろうとしたんだ。言っておくが生半可な腕じゃ生活することもままならんぞ。まあ、収納魔法が使えるだったらその心配は少ないだろうが。お前さんたちはそこら辺の事情は知らなかったんだろう」


「いえ、まったく知らなかったわけじゃないです。見張りの兵士の中には良い人もいましたから。ですから逃げても身分証がないと、奴隷か野垂れ死にするだけと聞いたことはあります。娼館に売られたらもっとひどい扱いを受けることにもなると……ただ運よく冒険者になることができれば、過去は詮索されないし、自由も手に入れられると言っていました」


「冒険者は確かに自由だけど、誰にでもなれるわけじゃないわ。特にあなたたちみたいによそから来た、正体不明の人はね。よその国で罪を犯した人を冒険者にしたりしたら、冒険者ギルドの沽券にかかわるもの。で、クットどうだった?」


 そう言ってオーロラは手を前で組み、視線をクットに向ける。この部屋に入って初めてクットが口を開く。


「思考は読めませんでしたね。プロテクトの魔法がかかってるわけじゃないんで、抵抗力が高いんでしょうかね。目線、仕草、口調から言って嘘を言っているようには見えませんでしたよ。証言は信頼していいんじゃないでしょうか」


 クットはどうやら読心術のようなものが使えるようだ。さらに嘘を見破るのを得意としているらしい。今まで発言もせず、ずっと観察していようだ。尤も、外見年齢が予想と違うものがいるとはいえ、最高でも50代、自分の10分の1にも満たない人生しか生きていないものに嘘を見破られるようでは、艦隊司令官は務まらない。


「それとまだ報告は来てませんが、犯罪歴もないと思いますよ。手配書が回ってきたらこんな顔忘れるわけないですよ。しかも1人じゃなく4人もなんて」


「まあ、そりゃそうだな。俺も覚えがない」


とクットのことばにジェイクが賛同する。


「それに関しては、流石に私もそう思うわ。でもね、冒険者カード。まあ、冒険者のランクとか名前、年とかが書かれている身分証のようなものね。それをすぐに発行する事はできないの。本当ならここまで事情を聴いたら、発行してもいいんだけどね。あなたたちは色々特殊なの」


オーロラはすらりとした足を組み替え続きを話す。


「まず第一にあなた達からは魔力測定機に掛ける程の魔力も感じないわ。戦士にしろ魔術師にしろ強さのもとは魔力よ。その意味でいえばあなた方は子供と同じ最低ランクのHにしかなれないわ。これは街中で手伝いができるレベルよ。尤も魔力を隠しているのなら話は別だけど、話の流れから言ってすべて収納魔法に使っていて他に使えないのよね」


コウはうなずく。


「そして収納魔法だけど、その特殊性から強さに関係なくランクDの冒険者となるわ。あなた達が誰かひとりだったら何の問題もない。CランクかBランクもしかしたらAランクのパーティーが喜んで加入させてくれるわ。でもあなた達は4人でパーティーを組んでいる。そしてこれは私の勘だけど、けっこうそれに慣れている。ランクDの冒険者が4人以上集まれば、パーティーとしてのランクはCになることができるの。

 もちろんDランクまでと違って自動的にというわけじゃないけど。Cと言えば才能のある若者か、そこそこ経験を積んだパーティがなるものよ。世間知らずなあなたたちが当てはまるとは思えない。とは言え大陸の東端からここまで自力でこられたのだから、それなりの力はある。Dランクパーティとして活動すると浮くのは間違いないわ。はっきり言ってどう扱っていいのかわからないのよ」


 自分たちのパーティは組まれたばかりであるが、初めて組まれたパーティだからと言って相手が手加減してくれるわけではない。軍人として初めてのパーティーでも最高のパフォーマンスを出すよう訓練されている。

 もちろん実際には相性とか阿吽の呼吸とか様々な問題で長く付き合った者同士の方がパフォーマンスは高いのだが、それでも一般人が何となく集まったというのとはレベルが違う。オーロラはそこを勘違いしているようだったが、訂正をする良い言い訳がない。


「オーロラ、冷たいこと言うなよ。可哀想なやつらじゃねえか。戦闘力を試してみて、仮の冒険者カードを発行。後はどっかのパーティーでしばらく面倒見てもらえばいいだろう」


 ワヒウが助け舟を出す。君は良い奴だな、とコウは思うが、その良い奴をだましているのに良心の呵責は覚えない。必要な事を躊躇なく行う。それができないものは軍でコウの年まで生きてはいない。


「そうね。他にいい案もなさそうだし、ジェイクもそれで良いかしら?」


「まあ、構わねぇ。ただ万が一手配書が回ってきてたんだったら話は別だがな。後、詰所を壊した件については別口に話させてもらうぜ」


 何とか話がまとまりそうだった。詰所はわざと壊したわけではないのだが……まあ、賠償金で何とかなれば良いなとは思う。原始的なこの社会は、法整備が整ってないので正直分からない。賠償金なら、この世界の通貨である希少金属など、いくらでも合成できるので問題はない。


「手配書のチェックは今日中にはできるわよね。じゃあ、テストは明日ギルドの訓練所で行うわ。あなた達は今日はギルドに泊まっていきなさい。一流の宿屋とは言わないけどそこそこの施設は整ってるわ。ほんとは男女に分けるべきなんでしょうけど、ここまで一緒に冒険してきたんだもの一部屋でいいわよね」


 オーロラの問いに頷く。


「夕食は下の酒場のスペースで食べられるわ。まあ、お金は必要だけど。補給物資があるんだもの、換金できるものぐらい少しはあるわよね?一応換金は冒険者ギルドに所属していないと出来ないんだけど、特別許可を出しておくわ」


「何から何までありがとうございます」


 コウは立ち上がって頭を下げ礼を言う。なんだかんだでミスをしたのに何とかなったのは、オーロラを筆頭として此処にいる者が善人だったおかげである。コウが人に頭を下げるのは久しぶりだが不快感は感じなかった。



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