第143話 ドワーフが酔った?
エメラルドシティ内には他に探索する場所がたくさんあるのだろうが、メインのお宝を取ってしまった以上、後は他の冒険者に残しておくべきだろう。一応ある程度マップだけは作成しておく。ギルドからもらえる情報料は今の自分たちにとっては微々たるものだが、ギルドも他の冒険者も助かるだろうと考えたためだ。単なる自己満足かもしれないが、やらないよりはやった方が良いだろう。
エメラルドシティから出ると、特に制御チップで指示も出していないのに、白鳳号と黒竜号がやってくる。今回はそんなに時間が掛からないと考えていたのか、遠くには行ってなかったようだ。単なる雰囲気だけでそれを察していたとしたら、この馬は下手な人間より賢いのではなかろうか。人間のように詳細な意思疎通ができる言語体系は持っていないが、ただの動物にしては、発達した意思疎通手段の鳴き声を持っているし、何となくこちらの言葉も伝わっている。特に命令違反をしないのが素晴らしい。
時間的に今から王都へ戻ると早朝になってしまうので、少し進んで一休みし、王都へは昼前ぐらいに着くように、調整する。ただ、トンネルは広いとはいえ、流石にマジックテントを出すことが出来るスペースはない。正確に言えば出せないことはないのだが、通路を殆どふさいでしまうので、いざと言う時に通行の邪魔になってしまう。
5時間ほど眠った後、王都へと進む。途中は何事もなく、王都に着くとほぼ同時に4回鐘が鳴る。
冒険者ギルドヘ行くと、相変わらず、既に飲んでいるドワーフ達が酒場にいる。それを横目に見ながら交換所へと向かう。
「エメラルドシティの忘れられた酒と情報を売りに来たんですが」
コウがそう言うと、椅子に座り、暇なのか半分眠っていた交換所のドワーフの目が、カッと開かれ、あっという間にコウの目の前までやってくる。
「それは本当か。どれくらいの量を売ってくれるんだ。情報というのはどれくらいの精度だ」
余りの必死さにコウは少し押され気味になるが、先ずは作成した地図をみせる。落書きのような地図ではなく、少なくとも士官学校で呼び出しを食らわない程度の地図だ。と言うかただ複製だけならともかく、この世界の標準的なオリジナルの地図を描く事の方が難しい。
「こんな詳細な地図を作成するとは……。正直いくら払えばよいか、わしには判断できんな。これは、ギルドマスターに相談しよう。それで忘れられた酒の方はどれぐらい売ってくれるんだね」
「とりあえず10樽ですね」
持っている数からいえばもっと売っても良いのだが、成分が全部違うのだ。流石に全く売らないというのも気が引けたので、成分割合の違いが0.01%以内のもので、さらに固有の成分を含んでおらず、複数あるものを売ることにした。
「おお!そんなに売ってもらっていいのかね。有難い。値段を決めるため、少しだけ味見をするが、それはかまわんかな」
忘れられた酒と一括りにされているが、中身は千差万別だ。それは当然の事なのでコウは直ぐに頷く。
「では、倉庫の方へ行ってもらってもよいかな。ここは狭いし、匂いにつられる者が居たら騒ぎになりかねん」
これも当然だと思われたので、コウは頷いて、交換所のドワーフの後ろについていく。
倉庫は決して広いとは言えなかったが、10樽ぐらいは出すスペースは十分にある。コウ達はそれぞれ自分の収納している酒樽の中から、売る分を取り出して倉庫に並べる。
「そう言えば、収納魔法をここで披露するのは初めてですが、驚かれませんね」
「お前さん達は有名人だからな。少なくともギルド職員はある程度知っておるよ」
そう言うとそんな事はどうでも良いとばかりに、慎重に樽の栓を開ける。開けたとたん、甘い香りがし始める。ドワーフは驚いた顔で、玉杓子に少しだけ酒を掬うと、口の中に入れた。髭に隠れて顔の半分は見えないが、それでも恍惚の表情を浮かべてるのが分かる。マリーが蒸発するのがもったいないとばかりに、動かないドワーフの手から栓を奪うように取って、再び栓をする。そこまでしてもまだドワーフは動かない。仕方がないのでコウが肩を叩くと、まるで今まだ夢の中のようなぼんやりとした表情で、コウ達の方を向く。
まさか、たった一口で酔った訳じゃないよな、とコウが不安に思っていると。
「幸せとはなんであろうか。金を得ることか、地位を得ることか、名誉を得ることか……。わしはどれも違うと思う。良き友と出会い、生涯の伴侶を得、仕事に誇りを持ち……」
なんだか演説を始めてしまった。
「この酒には何か混乱するような毒かなんか入ってたのか?まあ、アルコール自体そういう作用はあるが、ほんの一舐めといった量でこうなるのはおかしいだろう」
思わず横にいるユキに聞く。
「いえ、危険な物質は入っていません。不明な物質もありません。どれも既存の物質ばかりです。魔法的な何かも観測されていません。念のため、このドワーフの男性を簡易検査しましたが、調べた限り体に異常はありません。ただ、多幸感を感じる脳内麻薬が多量に分泌されていますね」
ユキも不思議そうに首をかしげている。この惑星に降りてから刺激が多いせいか、ユキの表情が豊かになったように思える。殆ど表情が変わらない冷静な出来る副官、といったユキも気に入っていたが、これはこれで良いものだ。と、どうでも良いことを考えていると、ようやく演説が終わりに入ったようだ。ドワーフはこぶしを握り締め、高らかに宣言する。
「……。今まで飲んでいた酒、そしてこの世界にいかほどの酒が残っていようとも、それは既に残り汁である。あえて言おう!
これはなにか、拍手でもしなければならないのか?他の3人を見渡すが、誰も戸惑って反応が出来ないようだ。
自分たちがもたもたしているうちに、ドワーフが正気に返る。
「ええっと。大丈夫ですか?」
「勿論、大丈夫だとも。こんなうまい酒は初めてだ。値段はつけられんな。もし売ってくれるならわしの全財産と交換しても惜しくない。まあ、わしの全財産などたかが知れておるが。他人になぞ渡したくはないな」
「そんなこと言われましても……。あと9樽あるんですが……」
コウは困ったように言う。
「ああ、そうだったな。しかし、これ程の酒を飲んだ後ではなあ。とりあえず茶でも飲んで、仕切り直しをせんとな。この酒の余韻に浸れんとは、これ程自分の職業に不満を持ったことはないな。いや、この職についていなければ味わうことが出来なかったんだ。そういう意味では良かったと言うべきかもしれないが……」
どことなく、力を落とした様子で、ドワーフをお茶を飲みに行った。
「なんだか嫌な予感がするんだが……」
とコウが3人に向かって言うと
「奇遇ですね。私もです」
「あたいも」
「わたくしもですわ」
と3人とも同じ想像をしているようだ。AIだけでなく、自分も含めて4人が同じ予想をするなんて、的中率はほぼ100%だろう。しかも悪い方の予感だ。
案の定、戻ってきたドワーフは、同じことを9樽分繰り返した……。
後書き
まあ、元ネタは有名なあの方の演説です。カスとカタカナで書かれることが多いですが、漢字では粕で酒の残り粕から来てると、今回初めて知りました。
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