第43話 王立図書館

 2日目の朝、朝食を食べながら、今日はどこに行こうかと考える。最初は目的通り王立図書館に行こうかと思っていたのだが、職業柄海軍歴史資料館というのも気になる。王国一と言われる教会も捨てがたい。

 悩んだ末、王立図書館へ行くことにした。歴史などを知れば、見たい施設もまだ増えるかもしれないと思ったからだ。


 王立図書館は王城のすぐ横にあった。中央公園までは碁盤の目のように道路が走っていたが、中央公園から王城までは逆に迷路のように入り組んでいる。攻め込まれた時のためだろうが、防御に関して偏執的ともいえるような徹底ぶりである。

 王立図書館は大体予想していた通り、王城に対しての外部砦のようだ。王城の城壁と同じ高さに作られており、下から見上げると王城から直接渡るための跳ね橋がある。

 王立図書館の入館料は1銅貨。まあ妥当な値段ではないだろうか。受付に1日の入場者数を聞いてみると3000人前後との事だった。識字率を考えると結構多いかもしれない。流石に貸出はやっていないそうだ。立ち読みや本棚の横に並んでる長椅子に座って読むのは無料だが、机付き、又は個室を使うとなると別料金がかかる。料金は鐘一つ分の時間単位で50錫貨から10銅貨まである。


 4人が入れる個室を頼むと鐘1つ分で10銅貨だった。机も部屋も思ったより埋まっている。一度に部屋に持ち込めるのは1人3冊までと決まっていたので、それぞれ3冊ずつ選んで部屋に入る。部屋はお金をとるだけあり、明るく、座り心地のいい椅子と、本を広げて読むには十分なスペースのあるテーブルがあった。本を広げて写本すらできる。実際1人部屋では写本か、何かの研究をしている人が多かった。

 自分は地理、歴史、政治の本を1ずつ冊を借りてきた。他の3人は殆ど生物に関する本である。


 やはりというか、地理に関しては詳細な地図は載っていない。まだ詳細な地図は国家機密なのだろう。まあ、詳細な地図自体はデータであるので、記述を見ながらデータを修正していく。主な間違いではポミリワント山脈というのは、自分たちが最初の依頼テストで見た山脈ではなく、もっと北の5000m級の山々が連なる巨大な山脈だった。一番高い峰は8000mを超えているそうだ。ちなみに自分たちが見た山々はキルラ山脈というものだった。

 大まかに言うと北はポワトリン山脈、南はキルラ山脈、西はローレア川本流、東は海で囲まれた広大な森が魔の森と呼ばれているものだ。キルラ山脈は海までは続いてないのでかなり大雑把な区切りだ。実際始めにトティラ草を採取しに行ったところも、キルラ山脈の南側だが魔の森と呼ばれていたし、植生も随分と違っていた。この国の面積5分1近くを占めながら、出てくるモンスターの脅威度から、未探査領域らしい。

 この大陸はフラメイア大陸と言い、リューミナ王国はこの大陸の約3分の1を支配する大国である。他の大きな国としては大陸南西にヴィレッツァ王国、南東にルカーナ王国がある。人口は大陸全土で約7,000万で、その内約3,500万がリューミナ王国、約1200万がヴィレッツァ王国、約1300万がルカーナ王国、その他が約1000万で、リューミナ王国はこの大陸では頭一つ分どころか、圧倒的な大国である。


 歴史的にはリューミナ王国は約450年前にもっと北方で発生した国で、一度滅ぼされかけて、このパズールア湖にまで追いやられたとの事。硬い岩盤で出来ていたこの地に最初の城砦を築き、敵の侵攻を持ちこたえた時からこの国の躍進が始まったらしい。それからはパズールア湖を中心とした経済圏を築き、版図を広げ、遂には西の海、カイヤ海まで到達する。それからピロス諸島までを版図に収めたところで、更に西のタリゴ大陸を統一した覇者ナリーフ帝国と衝突する。

 圧倒的不利な海戦を勝利で飾ったのは、競技場のサンドイッチ店で聞いた通りだ。この海戦でカイヤ海の制海権を握ったリューミナ王国は本国とピロス諸島を挟む形で、沿岸諸国を次々に落とし更に領土を拡大していく。


 これに危機感を覚えたのが大陸南部のヴィレッツァ王国とルカーナ王国である。50年前、両国は当時東方諸国と呼ばれていた国と共に100万ともいえる軍勢でもってリューミナ王国の王都エシャンハシルを包囲する。しかし操船技術の優れたリューミナ王国の海軍に、パズールア湖の制海権を握られ、逆に補給路を寸断されて大敗を喫する。この大量動員のつけは大きく、逆侵攻を開始したリューミナ王国軍に大きく領土を削られることとなる。その後もじわじわとリューミナ王国の領土は拡大していった。


 30年前、今の国王であるレファラスト・シダ・リューミナが、僅か15歳で即位して更に転機が訪れる。若き王は訓練場であった競技場の開放、図書館の開放、軍事演習として周辺の街への少数の部隊の定期的な派遣による治安の安定、また、それによる郵便事業の開始、治安の安定化による観光事業の興隆と、次々に新しい政策を打ち出していった。

 結果周辺諸国との経済格差が拡大。圧倒的な経済格差により東の5つの国と南の1つの国が戦わずしてリューミナ王国に吸収されることとなる。最初こそ革新的な構想に反発を覚えていた、軍部や貴族たちも次第に声が小さくなっていった。


 それによって、遂に領土は東の海、クノア海まで達する。フラメイア大陸史上、両海に接した国家は初めての事だった。

 更にレファラスト王は、王都を拡大し、王都に住むことで得られる価値、というものを作り出した。つまり王都に持つ土地の広さ、王城からの近さなどの条件によって税金を分けたのだ。その代わりモンスター等に襲われることのない絶対的な安全と、治安の良さを提供した。


 結果は今を見ればわかるように大成功で、王都には安全をお金で買うお金持ちが集まり、そのお金を目当てに人が集まり、今や城壁内だけで人口30万を超える大都市である。周辺部まで入れると50万を超える。

 ヴィレッツァ王国の王都ザゼハアンが人口約15万、ルカーナ王国の王都ラローナが人口約10万と比べると飛びぬけている。


 本を3冊読むともう正午を過ぎていた。勿論読もうと思えば1冊1分もかからず読めるのだが、コウは加速剤も補助チップも使わず、純粋に自分の脳だけの力で読んでいた。悪いが情報取集に関しては他の3人に頑張ってもらおう、と考えていた。


「さてと、ちょっと遅いが飯にしよう」


 コウが本を閉じて提案する。ユキ達も異論はないようだ。

 屋上のカフェテラスへと行く。昼食時間からずれていることもあり、人はまばらだった。ちなみに図書館ではここ以外での飲食は禁止されている。汚す恐れがあるので、当然と言えば当然だろう。メニューは酒類はなく、果実水が10種類と日替わりランチが4種類。後はパンやサンドイッチなどの軽食である。

 各々別のものを頼む。自分は魚介類がたくさん載ったピザみたいなものがメインのセットだ。やはりケチャップが欲しくなる。チーズたっぷりでこれはこれで美味しいのだが。


 昼食を食べながらすでに、晩飯の話をする。


「順番から行くと、今日はサラの番だな」

「ふふん。今日の飯はみんなびっくりさせてやるぜ」


 サラが自信たっぷりに胸を張って言う。残念なことにそれでも、その胸はマリーには及ばない。いや、大きければ良いというもんじゃないけれど……。もうちょっとあっても良かったんじゃないかなとは思ってしまう。


 9回鐘が鳴るまで図書館で過ごし、サラお勧めの店へと向かう。店は北の端の方、王都の中では庶民的な者が集まる所にあった。大通りの一本外れた道沿いの店で、すでに店の中は満杯で、幾つかテーブルが外に出ている。自分たちが来ると


「らっしゃいっ!」


という男の野太い、威勢の良い声が聞こえる。周りを見ると女性の客が極端に少ない。そのせいでユキ達が非常に目立つ。男たちからの視線を気にすることなくサラは大きい声で、


「オークのもも肉、マスターのお勧め焼きで。後エールを4つね」


とメニューも見ずに注文する。


「へーい!お勧めいっちょう!」


「おうよ」


 先ほどの野太い声が注文を繰り返すと、奥から返事が聞こえてくる。どうやらこのごつい男がウェイターのようだ。まあ、店の雰囲気に合ってはいるが、ウェイターというより、肉体労働者、という感じがする。まあ、ウェイターも肉体労働者に入るんだろうが。


 しばらくするとエールが運ばれてくる、冒険者ギルドの樽ジョッキよりさらに大きく、2ℓほどの容量がある。なるほどこれでは中々女性が務めるのは難しいに違いない。エールの中には氷が浮かんでいた。珍しい冷えたエールだ。氷を入れたエールは初めて飲むが、これはこれで悪くはない。ただ、ゆっくり飲んでいると氷が溶けて味が薄くなってしまうが……。もしかして一気に飲んでしまうように、それを狙っているのだろうか。

 サービスとしてついてきた、何かの干し肉をつまみながらエールを飲んでいたが、一向に料理が出てこない。混んでいるから仕方がないのか、と鐘半分ほどの時間を待っていると、目の前に両側から骨が出ている、ほぼ円筒形の肉の塊がドンという音と共にテーブルの真ん中に置かれる。20㎏ぐらいはあるんじゃないだろうか。


「どうだい。びっくりしただろう。中まで火を通すのは特殊な窯と料理法が必要なんで、王都でもここでしか食べられない料理なんだぜ」


 サラがまたもや自信たっぷりに言う。うん、確かに驚いた。でも、どちらかというと肉そのものより、サラがもしかしたら選ぶかもしれない、という予想が当たった方がびっくりだ。大体こんな形の肉のデータなんか持っていないはず。もしかしてユキが渡したんだろうか?


「今日、本で読んだ挿絵にこんな肉があってさあ。もうこれしかないって思ったんだよな」


とサラがちょっと照れたように言う。いやそれ照れて言うことか? あと、自分が思ったより、随分と直観的だった……。それもびっくりだ。


「これは表面から削り取るようにしてたべるみたいだぜ」


 サラが食べ方を説明する。皿の上には確かに肉を削り取る用のナイフだろう、というかナイフというよりもはや鉈という大きさのものが置いてある。


 肉自体は大変おいしいものだったが、結局食べきることはできなかった。普通は10人ほどで頼むらしい。そりゃそうだよね。残りは皿ごと買って持ち帰りにしてもらい、途中でサラの亜空間にしまっておいた。



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