第42話 王都の闘技場2

 闘技場というより競技場と言った方が良いだろうか。説明してくれた男性が施設が大きいと言っただけあって、一般公開されている場所だけでも見るのに結構時間がかかる。現役の軍事施設だけあって余り飾り気はないが、有名な剣闘士、馬、戦車の像やレリーフが見どころらしい。廊下にもあるが、専用の部屋もある。説明文もちゃんと書いてあり、どういった人物や動物だったのかが分かるようになっている。

 やはり、片足が義足でありながら優勝した剣闘士や、子馬のころは足が曲がっており、安値で買いたたかれたのに、馬主の必死の世話で最高峰のレースで優勝した馬の逸話などは、思わず目頭が熱くなる。

 

 気が付けばもうお昼の時間を過ぎていた。ここには食堂もあるようだ。しかも結構数が多い。露店も廊下にあるので、食べる所を選ぶのに迷う程だ。これだけ見るととても軍事施設とは思えない。

 ふと“名物海軍サンドセット”と書いてあるのぼりが目に入る。名物なら食ってみなければなるまい。他の3人も異存はないようだ。

 店に入ると、昼もだいぶ過ぎていたためか、50人は入れそうな店なのに4人しかいない。早速名物の“海軍サンドセット”を頼む。幸いなことにまだ売り切れてはいなかった。

 “海軍サンドセット”は海水魚のナグロという、大きければ300㎏もあるような魚の切り身を、パン粉の衣をつけ、油で揚げたものをパンで挟んだものだ。更に野菜の漬物と柑橘系の果物をベースとした、酸味のあるソースがかかっている。スープは保存の利くベーコンを具材としたもので、デザートも柑橘系のものだった。味もおいしかったが、栄養のバランスが考えられていることにコウは少し驚く。この時代の船旅では確かビタミンC不足による壊血病が恐れられていなかったっけ、と思い、余り忙しそうでない店員に由来を聞いてみる。


「これは海の英雄、ホァイソン提督の好物だった食べ物です。特にこのデザートの果物、ハクニナが大好きだったようで、ソースもそれをベースにしたものです。昔は海軍では長期航海に出ると、船乗り病というものにかかるものが出て、死人も多く出ていたそうです。ただ、ホァイソン提督は昔からかかったことがなく、更にホァイソン提督から果物を貰っていた友人もかからなかったことから、段々海軍内に広まっていったそうです。

 そして約100年前、建国暦354年の時、西にあるピロス諸島の領有をめぐって、更に西にあるタリゴ大陸の超大国、ナリーフ帝国と争うことになります。その時に勝利を祈願して司令官となったホァイソン提督は、毎日、朝昼晩のどれかでこのメニューを出していたそうです。当時リューミナ王国の軍船50隻に対して、ナリーフ帝国の軍船は200隻以上だったそうです。しかし、ナリーフ帝国の艦隊は多くの船乗り病患者がいたのに対して、なぜかホァイソン提督の艦隊には1人の病人もなく、奇跡とも言える大勝利を収めました。それからこのサンドイッチは別名|勝(かち)サンドとして有名になったんです。結構勝負の前に食べられることも多いんですよ」


 自国の勝利話はやはりうれしいのか、自慢げに店員は説明する。こちらがもしナリーフ帝国人だったらどうするつもりなんだろう、と思わなくもなかったが、考えてみれば王都に観光に来る時点で、そんなことは気にしないかと思い直す。何せ王都の観光名所の1つに海軍資料館があるのだから。

 軍隊の料理だけあって、結構ボリュームのあるサンドイッチを食べ終え、次はどこに行こうかと考える。夕食までの時間を考えると、そこまで時間があるわけではない。


「何か行きたい所はないかね?」


 コウは他の3人に尋ねる。


「それでしたら、一番南の水上砦の塔の上に行ってみたいですわ。なんでも湖の水面に沈む夕日が美しいとか。大半の時期は陸の方に沈むのですが、この時期だけは湖上に沈むとの事で人気みたいですわ。更にそこから眺める王城が一番美しいらしいらしいですわ。わたくし、湖上に沈む太陽というのはシミュレーションで再現したデータだけしか持っていませんの」


 最後の方は少し寂しそうにマリーは言う。まあ、でもそれが普通だから。本物の夕日の景色のデータを入れている軍艦なんて自分は知らない。ただし、自分の艦であるユキカゼを除いてだが……。


 王都は広く、目的の場所までここからどこにもよらず歩いて1時間、ちょっと寄り道しながらなら、2時間ぐらいで着くだろう。着くのが鐘が9回鳴るころだから、丁度良い。

 

 流石王都だけあって、いろんなものが売っている。マジックアイテムの店があったので入ってみる。ここは武器より装身具や小物が充実しているようだ。魔力をためる装身具類。魔力だけで光るランタン。虫を寄せ付けない装身具。小さくできるテント。などが置いてある。小さくできるテントはちょっと興味がわいた。眺めていると。


「お客さん、冒険者かね。なかなかお目が高いのう。これは最新の魔法技術が詰まった、優れものじゃよ」


 そう言って、恐らく店長であろう老人がやってくる。


「どういったものなんですか?」


 マジックテントと書いてある所には、小脇に抱えられる程の大きさの四角い箱があるだけだ。


「口ではちょっと説明しにくいからのう。まあ、中庭で実際使ってみようとするかのう」


 そう言って、箱を持つと店の奥に進んでいく。コウは、店番は?と思わなくもなかったが、まあこういう店だし、なんか仕掛けぐらいあるだろうと思い老人についていく。


 店の奥には広いとは言えないが、それでも1辺20mほどある真四角の中庭があった。建物に周りを囲まれており、この中庭は共同のようだ。

 そこの真ん中あたりまで進むと、老人は箱に一つだけついている宝石に手をかざし、なんだか力を入れている。宝石が淡く光ると、箱がパタンパタンと開いていく。縦に横にと隙間がないように正方形に広がっていき、ある程度行くと今度は上へと延びていく、そして最後に上部が閉じると4本の柱が伸びて50㎝程床が地面から持ち上がり、また淡い光が発せられると、そこには小さなログハウスというべきものが建っていた。どう考えても箱の中に入っているような大きさではない。


「ほう」


 と思わず。コウは感嘆の声を上げる。自分たちにも似たようなことはできるが、それは星間国家の技術力あってこそである。正直この世界の魔法技術というのに感心していた。


(魔力? マナ? そういったものを使うようだが、我々に使用することは可能か?)


 欲しくなったコウはユキに尋ねる。


(マナを宝石の中に一定量流せばよいだけですので、我々でも使用可能です)


(それは重畳)


早速、老人に値段を聞いてみる。


「なんとこれで1白金貨と50金貨じゃ。お買い得じゃろう」


 老人は自信満々に言うが、ちょっと高い。いや、希少金属をちょっと合成すれば買えるので、そういう意味で言えば安いのだが、安易にそれをやると、歯止めが利かなくなりそうで、ためらわれる。どうしようもない時はともかくとして、やはりここで稼いだお金で買い物はしたい。


「お前さんたちの年では、ちと無理な金額かのう」


 老人は残念そうに言う。


「すみません。しばらく王都にいるのでまた来ます」


 この店のものを全部見ていたら、日が暮れそうだったので、そう言って店を後にする。


 南の水上砦は王城の真後ろにあり、民間人がそこに行くには水上砦をつなぐ幾つかの橋を渡らなければならない。最初の橋へとたどり着く。門番が立っており、入場料2銅貨を払う。しかしいくらお金をとると言っても、先の競技場と言い、軍事施設に簡単に民間人を入れていいものだろうかと考えてしまう。

 砦の屋上に着くとすでに1000人を超える人で賑わっていた。ここに来るまでにもたくさんの露店が並んでいたが、ここにも少ないが露店がある。屋上には木でできた階段状の建造物があり、多くの人が日没を見られるようになっている。王城も近くに見る事が出来る。民間人は利用できないが、緊急時には王城から直接この砦に来られるよう跳ね橋が用意されている。


「ざっと、これだけの人数の入場料だけで20銀貨か、色々入れれば観光施設としてだけでも儲けられそうだな」


 コウが呟くと、意外と大きな声だったのだろう、横にいたカップルと思われる二人組の男性の方が、ちらちらとユキ達の方を見ながら声をかけてくる。


「今の王様は別名商人王だからね。なんでも、露店の場所代とかも入れると年間1000金貨を超える収入があるらしいよ。ちなみにあの木でできた階段も回転式で、朝日なんかもちゃんと大勢の人が見えるようになっているんだ。他にも色々考えついた王様で、軍の訓練施設を競技場として使い始めたのも今の王様だよ。今の王様になって豊かになったって、昔の人はみんな言うね」


「それは凄い」


 素直にコウは感心する。レートにすると10億クレジットだが、この世界の国家収入の感覚からすると中々の収入のはずである。さらに客をちゃんと呼ぶためのサービス精神に感心する。コウは職業柄、宇宙軍基地祭の実行委員を何度もやったことがあるが、ここまでサービス精神(もしくは商売気)を出したことはなかった。そして、それを国家レベルで実行しているとは恐れ入る。


「しかも、その豊かさでもって、東の5つの国と南の1つの国を傘下に収めたからね。前の王様は征服王と呼ばれてたけど、領土拡大って意味じゃあ、今の王様も負けてないぐらいだよ」


 男はどこか誇らしげに語る。リューミナ王国の人間なのだろう。お礼としてコウはお世辞を言う。


「そんなに自分と年が離れていないのに、ものすごく物知りなんですね。勉強になりました」


 男は誇らしげというより、自慢げな顔になり、横の女性は先ほどまでの嫉妬している表情から、少しうっとりとした表情になる。いくら恋愛沙汰と遠くなったとはいえ、生きてきた年月が違うのだ、これぐらいのサービスぐらいはできる。ユキ達の見た目の迷惑料も入れて、これで勘弁してもらおう。

コウ達は甘い雰囲気を出し始めたカップルを置いて、階段へと進んでいった。


 階段から正面を見ると、丁度赤い夕日が水面に差し掛かろうとしているところだった。赤く染まった空、暗い水面、地上でしか決して見ることのできない風景に言葉を忘れる。地平線の中に沈む姿も感動したものだったが、これはこれでまた違った感動がある。


「美しいな」


 コウが呟く。誰もそれに返事をしないが、それに賛同しているのを感じる。完全に日が沈み、星が見えるようになる頃まで、コウ達は一歩も動かずに景色を見ていた。


 夕食は今日はマリーの決めた店だ。砦から王都に向かって橋を渡ると直ぐにある店だった。10階建てで、更に屋上はオープンテラスになっている。屋上は王都を囲む城壁よりも高い。ちなみに屋上は特別料金として1テーブル1銀貨かかる。勿論せっかくなので屋上で食べる。夜空に輝き始めた月と、湖面に映る月を眺めて食べる食事は文句のないものだった。ただ、予想通りお酒の種類が多い店ではあったが……。

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