第41話 王都の競技場1

 次の日遅めの朝食を取りながら、今日はどこに行こうかと考えていると、隣から少し興奮気味な声が聞こえる。


「聴いたか? 次の週の大闘技大会、なんでも国王様が観戦されるらしい。王家からの補助金も出て、賞金はなんと1白金貨と50金貨、それに王家専用の葡萄畑で作られたワインが10本副賞として与えられるそうだ」


「そいつは凄いな。いきなりどうしたんだろう?」


「ハッキリした事は分からないが、ずっと闘技大会は下火だからな、運営委員会あたりから嘆願でもあったんじゃないか? 次の週の大会のためにかなり前から動いてみたいだからな。名前もリューミナ王国大闘技大会って、御大層に名付けてるんで下手な試合はできないだろう。まあ、めぼしい奴は運営委員から随分と前に参加を打診されてるらしいけどな」


 2人の男性が話してるのを聞いて、闘技大会があんまり野蛮なものでなければ行っても良いかも知れない、とコウが考えていると、マリーが何か言いたそうな顔をしている。予想はついているが念の為尋ねる。


「何か気になった事でもあるのかい?」


 コウが聞くと、マリーはよくぞ聞いてくれましたとばかりに答える。


「わたくし、王家専用の葡萄畑で作られたワインを呑んでみたいですわ。それで闘技大会に出てみたいんですの」


 まったく以てコウの予想通りの答えだった。当たっても嬉しくはないが。


「まあ、マリーが参加するのなら特に反対しない。但し、独り占めは駄目だ。後、参加出来るか確認しないとな」


 我ながらせこいような気もするが、始めから飲めないのならともかく、横でそんな物を呑まれて平然としてられるほど、自分の心は広くはない。


「それで十分ですわ」


 マリーが満足げに答える。


「では、今日はまず闘技場とやらに行くとするかな」


 とりあえずの予定が決まる。まあ、後は闘技場に行ってから考えればよいだろう。どういう場所かを、あえて詳しく調べておかないのも楽しみの一つだ。


 ある程度の店には入れるように、少しこじゃれた格好で宿を出発する。闘技場は王都の外にあり、王都から橋を渡っていくようになっていた。近づくと、リューミナ王国大闘技大会開催決定!、と書かれた垂れ幕がいくつも風になびいている。何か競技が行われているのだろう、大きな歓声が聞こえる。

 橋を渡ってみるとこの闘技場もいざという時は、軍事施設となるように作られているのが分かる。水面からそそり立つ石壁は高く、並大抵のことでは攻略できないだろう。

 中はすり鉢状になっており、観客席と闘技場の間には2m程の段差がある。競技が行われる底面は長方形と両側が半円の組み合わさった形で、長辺500m、短辺200mといったところだ。闘技場と言っても実際の闘技場らしきリングは、中央に直径30mの円形リングがポツンとあるだけで、殆どは馬や戦車(馬で引く原始的な馬車のようなもの)の競争に使うトラックのようだ。観客はざっと見ただけで10万人は収容できるだろう。

 競技場の説明文を見ていると、トラック1周は1200mあるらしい。花形は戦車のレースのようだった。殆ど毎週のように開催されていて、丁度休みの今日もレースが行われている。先ほどの歓声は戦車レースのもののようだった。


 近くの詳しそうな雰囲気の人に歴史を聞いてみる。


「ここは元々、軍事拠点で国軍や騎士団の演習場なんだよ。まあ今でも平日はそうだけどね。今から30年ほど前になるかな。休みの日に施設を遊ばせておくのももったいないということで、戦車で賭けレースをやり始めたのが始まりかな。それから馬のレースや人同士、人とモンスターの戦闘とかもやってるんだけど、レース以外は人気がいまいちなんであまりやってないね。久し振りじゃないかな闘技で大きな大会があるのって」


「なんで人気がないんですかね」


 コウは不思議に思って尋ねる。コウが知る限り、剣闘士の戦いはこういう原始的な文明において、人気の娯楽だったはずだ。


「ああ、他の国では人気の所があるらしいね。でもここは施設が大きすぎて、リングが観客席から遠いから迫力がないんだ。それに人間同士でもモンスターでも、戦って勝負を決める以上はどちらかが傷つくし、下手したら死ぬ。ランクの低いモンスターじゃ客は呼べないし、犯罪奴隷同士のような戦いでも客は呼べない。金がかかる割には、オッズが高くならないんで賭ける人も少なくてね。まあ、自然とおこなわれないようになったのさ。戦う人を多くすると時間もかかるしね。今じゃ国軍のナンバー1を決めるサラマンダー杯と、騎士団のナンバー1を決めるウンディーネ杯が2大大会だね。それ以外はレースの余興って感じかな。今回のがもし人気が出れば、3大大会になるかもね」


 人権意識が高いのではなく、儲けが少なくてすたれていった、というのが面白い。コウは男性にお礼を言い、闘技場受付へと向かう。受付には“第1回リューミナ王国大闘技大会参加受付中。参加資格Cランク以下の冒険者。剣闘士。下士官以下の騎士団及び国軍兵士。及び飼いならされたモンスター(必ず飼い主も参加すること)。その他運営委員会の許可を得た者。参加費用は10銀貨”と書いてある。要するにある程度のものなら、お金を払えば誰でも参加できるようだ。


「リューミナ王国大闘技大会に参加したいんですけど」


 と受付で、コウが言うと。じろっと見られ、


「参加資格は満たしているのかい?」


 と聞かれる。マリーはコウの前に出ると自分の冒険者カードを見せる。


「えっ! こっちの優男じゃなくて、お嬢ちゃんが参加するのかい?」


 と驚きの声を出される。


「悪いことは言わないからやめときな。今回の大会は闘技大会を盛り上げようってんで、参加資格を広げてるからなあ、正直どんな奴が出てくるか分からねえんだ。ランクが低いだけで戦闘が強い冒険者ってのはたくさんいるからな」


 受付の男が心配そうに言うが


「問題ありませんわ。参加資格は満たしてますから記入用紙なり、札なり下さらないかしら」


 少しマリーが怒ったように返答する。受付の男はしぶしぶと参加記入用紙をだす。


「俺は一応止めたからな。止めるなら今のうちだぜ」


 男は未練がましく引き留めようとするが、マリーはさっさと紙を受け取ると、すらすらと必要事項を記入していく。


「はい、どうぞ」


 マリーがにっこりと笑って、用紙と銀貨を10枚渡すと、男は頬を赤らめ受け取る。


「じゃあ5日後の2回鐘がなるまでに、受付まで来てくれ。来なくても何かペナルティーがあるわけじゃないが、参加費は戻ってこない」


 男はまだ、マリーに参加してほしくないようだ。だが当のマリーは参加することができたことで、もはや手続きに興味を失っていた。


「ところで、なんで高ランクの冒険者を呼んで闘技大会を開かないんですかね?」


 と受付の男にコウが尋ねる。


「アホか。高ランクの冒険者を呼ぶ程の金はないし、もし一斉に呼んだとしたら、地方の治安はガタガタだ。それに怪我でもされた日にゃ、慰謝料がとんでもない額になる。無理な話だよ。

 今回の大会は、参加費を払って、勝った者が総取りするって方法が、成功するかどうかのお試し大会だよ。まあ、上手く王家が絡んでくれたおかげで、賞金が跳ね上がったんで参加の依頼が殺到してるけどな」


 コウはなるほどと感心する。理に適っている。昔やっていたゲームの世界では高ランクの闘技大会がちょくちょく行われていたが、受付の説明を聞いた後だとそれが現実的でないことが分かる。

 一つ勉強になった。この歳で学べる事は少ない。それだけでも来て良かったと思うコウであった。


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