第103話 コウの戦略予測

 パラルナからジクスまでは街道を通って10日ほどの距離である。兵士とすれ違うことが多くなってきた。物資を運んでいる冒険者も見える。食事つきのためだろうか、装備らしい装備をしていない低ランクの冒険者らしき者も多い。


「いよいよ本腰を入れてきた感じかな。水害に続き戦争じゃあ、もし負けなかったとしてもヴィレッツァ王国は著しく衰退するだろうな」


「コウはヴィレッツァ王国が勝つ可能性があると思ってるんだ」


 サラが少し驚いて聞く。兵力、兵站、士気、練度、すべてを見たわけではないが、それでもサラにはリューミナ王国の方が圧倒しているように思えたからだ。これを覆すのはサラの指揮能力では不可能と思えた。


「ヴィレッツァ王国が勝つと言うより、リューミナ王国が勝てない、いや言い換えよう、初期の戦略目標を達成できない可能性は0ではないな」


「例えば?」


 サラが興味がわいたのか聞いてくる。


「主要人物の暗殺、ゲリラ戦による消耗戦、王都を放棄して南方での各都市での籠城戦、こんなところかな。ざっと見る限りだが、リューミナ王国は短期で終わると思っての動員だろう。長期戦になると被害が大きくなる前に引く可能性が高い。

 ヴィレッツァ王国はリューミナ王国には劣るとはいえ、この大陸で2、3番手を争う大国だ。いくら水害を受けたとしても、徹底して防衛戦に持ち込めば、リューミナ王国とて勝つのは容易ではない。あまり兵力をつぎ込みすぎると、過去に併合した国の反乱も考えられるからな。

 そういった場合、ヴィレツァ王国がある程度領土を割譲すれば、一旦兵を引くぐらいはするだろうよ。元々短期間に併合する予定は無かったろうしな」


「でも。コウが挙げた主要人物の暗殺はかなり厳しくなったでしょうね。王都の暗殺ギルドが壊滅しましたし、中途半端にコウが正体をぼかしたせいで、王都以外の暗殺ギルドも用心してるでしょうし。後、ついでに挙げるなら、王都で籠城できないのはコウが城壁を壊したためですよね。そのため、ヴィレッツァ王国が弱りすぎて予定の戦略目標が狂い、短期間にヴィレッツァ王国を侵攻せざるを得なくなったので、リューミナ王国としても大慌てでしょうね」


 コウの作戦にユキが補足を加える。


「あっ、そう言えば、わたくしが思っているより将来被害が大きくなる、と言ってましたわね。それってこれを見越しての事だったんですの」


「まあね。ただ、愚痴を言いながらもリューミナ王国の王様はなんとかするだろうね。どうせ最終目標はヴィレッツァ王国の征服なんだ。自分を利用した以上、王様も一生懸命働いてもらわないと割が合わないね。少なくとも計画は前倒しになったはずだよ。計画の前倒しなんて自分は絶対嫌だけどね。

 ま、ともかく王様の思惑に乗ってやったんだ。少なくとも、凄惨な人殺しはリューミナ王国にやってもらっても良いだろう。非戦闘員の恨みなんてものは買いたくないし」


「その、戦略目標が変わったってどういう事さ」


 今度はサラが聞いてくる。


「まあ、あくまで予想だが、最初の戦略目標はヴィレッツァ王国の北部だけだったと思う。少なくとも短期決戦を好む王様じゃない。だが、城壁が壊れたことでヴィレッツァ王国を征服する必要が出てきた。まあ、全部は無理としても、大部分は征服する必要がある。うかうかしているとルカーナ王国に取られてしまうからね。

 元々同盟国だし、別に直接戦闘なんかしなくても政略結婚で併合しても反感は少ないかな。連合王国とか同君2国とか歴史上いくらでもあった事だし。リューミナ王国に降るくらいならと考えてる貴族も多いだろうからね。もしかしたら国王自体がそう思ってる可能性もあるかな。

 そうなると地理的にリンド王国もルカーナ王国に組み込まれたも同然になるから、人口約2500万の第2の大国が出来てしまう。それは絶対避けたいだろうから、少なくともヴィレッツァ王国の大半は手に入れなければならない。いやー、弱ったとは言えこの大陸で2、3番手を争う大国に一気に侵攻するんだ。王様も大変だね」


 なんとなさ気に、そして他人事のように語るコウに、マリーは死んでしまった自分の元主人の艦長が、コウをどうして尊敬していたかようやく本当の意味で分かった気がした。ユキの説明は聞いていたが、この惑星に降りてからのコウの行動がいい加減すぎて正直実感できなかったのだ。


「わたくし、コウに謝らなければなりませんわ」


「どうしたんだいったい?」


 突然謝ると言い出すマリーにコウは疑問を抱く。


「正直コウの能力を過小評価してましたの。この惑星に降りてから、もっと言えば降りる前から、何と言いましょうか、行動が所謂、尊敬する司令官像とはかけ離れてましたの。言葉を飾らない言い方をすると、ちゃらんぽらんな方だなあと思ってましたの」


「マリーの分析は正確ですよ。コウは正しく、ちゃらんぽらんな性格です」


 コウが何かを言おうとしたが、その前にユキが答える。


「おいおい、いささかそれは酷くないかね。それにちゃらんぽらんと言うならマリーもサラもこの惑星に降りてから大概なものだろう?」


「ええ、前にも言った通りコウの英才教育の賜物ですから。正直、戦闘艦のAIがここまで人間臭くなる事は通常ありません」


 即座にユキが反論する。うーんそんなものなんだろうか。他の艦に乗った時に、艦の人格AIがどこか物足りないと思っていたが、もしかして自分の感覚がおかしかったのか。


「いやしかし、惑星に降り立つ前からちゃらんぽらんだったって、降り立つ前にそんないい加減なことをした覚えはないんだが……」


 少し自信無さげにコウが言うと


「お忘れですか?惑星降下時の装備を決める段階でかなりいい加減に決められてましたよ。普通でしたら、現地のデータがすでにあったのですから、そこから選びます。もしなかったとしても情報を収集します。昔やったゲームに似た世界だからと言って、そのデータを入れても良いだろうとは判断しません。

 それに、探索情報に制限を掛けたり、アバターの味覚や嗅覚を感度重視ではなく、人間としての感覚重視に設定したりはしません」


 しれっと、ユキがやった事まで自分のせいにされているが、それを喜んだのは事実なので反論しようがない。多分ユキがやってなかったら、今と同じになるように作り直しただろうし……。


「まあ、言い合いはそれぐらいにしてさあ、ジクスに着いたら次はどうするんだい」


 サラが話題を変えて聞いてくる。今更ながら思うのだが、サラのこの空気をスッパリと断ち切って、違う話題に持っていくのはある意味凄い才能ではなかろうか。


「ああ、それは今から考えていても無駄だと思う」


 話題を変えてくれたのは嬉しいが、予想する未来が自分ではどうにもならない事になるようだったので、コウは残念そうに言う。


「どういう意味さ」


「単純に自分達は活躍しすぎたからだよ。リューミナ王国としてはこれ以上活躍してもらっては困るからかな。変に英雄なんて持ち上げるものが出てきても困る。下手したら、いや上手くいったらか、ヴィレッツァ王国を征服する事になるんだから、当然恨む奴も多く出る。

 そこに戦争の英雄が国王に忠誠を誓っていないとなったら、火種が無くても煙が立ってしまう。そんなことはまともな国王だったら避けるだろうね」


 コウはうんざりとした口調で言う。そういう政争は元の世界でもいやと言うほどあった。


「じゃあ、具体的にどうなると思うんだい」


「自分が国王なら、特別報酬として王家所有の保養施設の使用許可を与える。今の季節だと北の方の温泉地なんかあると良いなあ。そこで暫く飲み放題食い放題とか」


 サラの疑問に、コウは自分の欲望のままに想像した最も良い未来を口に出す。


「それは良いな!でもそうならない場合もあるんだろう」


「まあね。それは指名依頼で、遠くにやる事だな。金を出すだけで面倒がない」


 はあ、とコウはため息をつく。多分やってくるのはこちらの方だろう。特別扱いをするとその時は良いとしても、後々に面倒な問題になりかねない。

 コウとしても指名依頼を受けるの自体は嫌なわけではないし、来たら断るつもりもない。第一、元々そうなるよう仕向けたのは自分である。ただ半強制的にどこかへ行かされる、というのが仕事を思い出して嫌になるのだった。単なる我儘である。

 一応名目上は、今も調査任務中ではあったのだが……。


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