第158話 ルカーナ王国内の動き

 ルカーナ王国の王城の会議室でベシセア王国に対する会議が行われていた。ジェロール国王は相変わらず、酒臭い息を吐き、きちんとした服は着ているものの、だらしない雰囲気を醸し出していた。会議に集まった者の中には、表面に出さずとも、心の中では顔をしかめている者も多い。


「ベシセア王国は蹂躙だ。女子供も一人残らず殺せ、いや、特別美しい娘がいたら生かしておいてやっても良いな。見つけたら俺様に献上しろ。後はそうだな、二度と住めないよう毒でも撒き散らすか。どうせ広さも大した国ではあるまい。念入りに撒いてやれ」


 その言葉を聞いて、幾人かの貴族が顔色を変える。確かにベシセア王国は小国で、毒を全土に撒くことも不可能ではないが、ベシセア王国周辺を水源とする川は何本もある。正直そんなことをされては、どんな影響が出るか分からない。この王都があるトレア湖に流れ込むデニス河とて、ベシセア王国を水源とする川が流れ込んでいるのだ。


「陛下。そのような事をせずとも、面白い案がございます。ベシセア王国の王女が二人近隣国に嫁いでおります。その国に攻めさせるのです。我がルカーナ王国の地を踏むことを禁じて。そうすればいまだ我が国に属さぬエルフの国を通るしかありませぬ。エルフの娘は美しいものが多いと聞きます。捕虜にして献上させるのはいかがでしょう。

 何、仮に失敗しても所詮は属国同士が消耗するだけ。失敗した段階で兵を進めても遅くはないと考えまする」


 発言したのはこの国の宰相である、ネフル・ダンベラという男だった。先代の王から宰相を務め、国王を良いように操り、この国を食い物にしてきた人物の一人だ。このような発言をしたのは、今、派兵されても困るのからである。

 なにせ、宰相に限らず何人もの貴族が、軍事費を少なからず懐に入れているため、直ぐに動かせる常備軍が、国の規模の割に極端に少ない。貴族に命令して集めるにしても、時間が必要だった。国王に進言したのはその時間を稼ぐための作戦だった。

 だが、そんなくだらない作戦にジェロール国王は大きく頷く。ジェロール好みの作戦だったからだ。


「そいつは良い。俺様も、使者すらよこしもしないエルフが気に食わなかったんだ。そうだな、エルフが住む森を丸焼きにしろ。住むところが無くなれば、俺様に従うしかなくなるだろう。俺様の気に入ったものだけ、俺様の国に移住することを認めようじゃないか」


 無茶苦茶な話である。そんなことをしようとしたら、エルフ達は死に物狂いで抵抗するだろう。また何もエルフの王国がある森は、孤立してあるわけではない。他の国の森とも繋がっているのだ。どこまで影響が出るか分からない。

 だが、ジェロールは名案とばかりに、ヒヒヒヒ、と気持ちの悪い笑い声をあげる。


「直ぐに各地に伝令を送れ。俺様を馬鹿にした奴らに目に物を見せてくれる」


 そう言って、ジェロールはまた、ヒヒヒヒ、と笑い始めた。



 王城付近にある貴族街、その中でもひときわ大きい屋敷に、十数人の男たちが集まっていた。どの男も昼間の会議に出ていた者たちである。


「レッドータ大公閣下、もう我慢の限界です。いくら何でも住民皆殺しなど酷すぎます。それに、その後に毒を撒くなど……。そんなことをしたらベシセア王国はアンデッドの巣窟になる恐れがあります。我が領に影響がないとは、とても思えません」


「森を焼くなど……。エルフたちが死に物狂いで反撃してくるでしょう。森の中には彼らが聖樹と崇めている木があります。それを、放っておいて逃げるなどありえません」


「エルフたちの国、ノイラ王国はルカーナ王国に比べれば人口が少ないとはいえ、それでも60万人はいると言われ、東方諸国の中では最も人口の多い国です。また成人男性の殆どは魔法や弓で戦えるものばかりです。潜在的な軍事力は馬鹿にならない。500年前の話とは言え、ルカーナ王国が10万の兵で攻めて、全滅したと伝えられています。エルフの寿命を考えるとその時の兵士がまだ生き残っておりましょう」


「それに、ベシセア王国の王女が嫁いだ国も、こんな無茶な条件を出せば反旗を翻すでしょう。両国を合わせて50万人程度の国で、ノイラ国を焼き、更にベシセア王国に攻め入れと言うのですから。どうせ無理ならば、と結託する可能性が低くありません」


「それにこんな無茶な要求をするルカーナ王国を見限って、リューミナ王国の方にすり寄る国も出てくるでしょう。正直なところ、リューミナ王国に国境を接して、我が国が持ちこたえれるとは思えませぬ」


 男たちは上座に座っている壮年の男性に対して口々に意見を述べる。レッドータ大公と呼ばれたその男は、目をつむり腕を組み、じっと皆の意見を聞いていた。そして目を開けると男達に対して言う。


「皆の気持ちはよく分かった。私も覚悟を決めよう。このままではこの国は間違いなく滅ぶ。幸いにして各貴族に兵を集めるよう勅令が出ている。軍事費を横領し、私腹を肥やしていた者どものおかげで、王家の直属の軍は少ない。

 この戦を利用して、王家を打倒しよう」


 レッドータ大公の言葉に、男たちの顔が明るくなっていく。


「して、どのような作戦で参りましょうか。ネフルの野郎は、小賢しい上に鼻が利く。下手な作戦では我々自身が危うくなります。無論一旦戦場に出れば奴など物の数ではありませんが……」


 そう言って、いかつい顔をした、30代前後と思われる男が意見を言う。


「正直、この戦の推移によるな。ネフルは王都周辺の農民を根こそぎ徴兵している。所詮は付け焼刃の訓練をしただけの雑兵とは言え、数は力だ。侮れん。何とか負けて敗走することが出来れば、国王と一緒に入城し、一挙に占拠することも可能だが、今の段階ではな。

 奴め自分の周りだけはしっかりと正規兵で固めておる。しかも恐らく今度の戦には、王都を守るとかほざいて、王都から出はしまい」


 レッドータ大公はそう言って苦々しげな顔をする。


「敗走方法が問題ですな。しかも、ベシセア王国とまともに戦っていた場合、下手に敗走すればこちらに大きな被害が出ます。ベシセア王国も追撃の手を緩めはしないでしょう。なにせ、国運がかかっておりますからな。それにベシセア王国側にどのくらいの国が付くかが分かりませぬ。それも問題ですな。せめて雑兵の寄せ集めの国王の軍が負けるぐらいでないと」


「このような作戦では、連絡を密にせねばならぬが、密にすればネフルにバレかねん。悩ましい事じゃ」


会議はこれといった進展を見せないまま時間だけが過ぎていく。


「我々は騎兵のみを出せば良いのでは」


「確かに。今集めている兵は歩兵ばかり、騎兵となれば今集めている兵と同じところで戦う事もなく、撤退時は国王のそばに付くことも出来よう」


「そうだな、しかも我々の体裁もたつ。騎兵は金のかかるものですからな」


「機動力があるので、戦の推移に合わせて臨機応変に出来るのも良い」


「ふむ、悪くないな。当面はその方向で動こう。相手方にもこちらの意図を伝える事ぐらいはできるだろう。ところで先ほどの案は誰が出したのだ?」


 方針は決まったものの、レッドータ大公の質問に答えるものはいなかった。

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