第150話 食い物の恨み

 とりあえず今日は早いが、ここで野営をすることにする。馬は正規兵のものがあるのでなんとかなるにしても、女性はちゃんと休ませた方が良いと思ったためだ。勿論、いざとなれば疲労など、ポンと注射一本で回復させることはできるが、そこまで急いで回復させる必要性は感じなかった。

 後、滅多にない事だが、元の世界の人間に使っても副作用が出ることがあるので、よく分からない部分もあるこの世界の人間に、いきなり試すのもどうかと思ったのもある。

 薄汚れた体や服の汚れはナノマシンできれいに分解し、ベッドに寝かせて起きるのを待つことにする。


「で、これからどうするんだ?また城壁でも壊すのか?」


「いや、今回は兵士の個人的な暴走だからな。別にこちらから仕掛けるつもりはないさ」


 サラの問いかけに、コウは否定する。今回はヴィレッツァ王国と違って、国としてコウ達を襲わせたわけではないし、今のところ寝ている女性と自分たちは無関係だ。強いて言うなら、倒れていたところを救助しただけに過ぎない。


「死んだ兵士の記憶から得た情報によると、かなり強引に女性を側室や愛人にしているようですわね。正直、ユキからデータを貰った時、とても不快になりましたわ。コウは何も思いませんの?」


 マリーが不機嫌な声で言う。マリーの人格AIを設定した艦長は女性に優しかったのだろう。マリーの容姿からするに、お姫様みたいに女性を扱っていたのかもしれない。手あたり次第、女性をそういう風に扱っていたら、それはそれでどうかとは思うが。


「まあ、気持ちは分からないでもないが、それは結局この国の人間が解決しなければいけない事だからな。そうやって人類は進化してきたわけだし。まあ、外国の圧力や干渉によって変わることもあるが、今のところ直接は関わるつもりはないな。冷たいようだがね」


 自分たちは外国の人間どころか、この世界の住人ですらない。しかも大型艦とは言え、たった3隻の戦闘艦と指揮官が1人という、軍と言うのもおこがましい、寄せ集めの集団にすぎない。だが、何の因果か、技術レベルの格差により、この惑星を征服することも可能だ。それ故にこそ、歯止めが利かなくならないように、軍規は守らなければならない。

 とは言っても、軍規は異世界転移などという事は想定していないので、緊急避難的な処置だった事にすれば、かなり融通が利くのではあるが……。


「とりあえず、ここにいる女性は外傷もありませんし、一通りボディチェックを行いましたが、疲労以外には異常は見られません。脳波と心拍数から推測すると、あと2時間ほどで目覚めると思います。丁度その時は夕食時ですから、食べながらお話ししてもよろしいのではないでしょうか」


「そうだな。しかし、この国に入ってのどかな良い雰囲気だったのに、いきなり嫌な気分になってしまった。この落とし前はどうにかつけさせたいものだな」


 建前上、サラとマリーには冷たいことを言ったが、個人的にはどうにかしてやりたい。女性の件もだが、折角、気分良く旅をしていたのが台無しである。モンスターの肉こそ期待できないものの、この国の果物と野菜は絶品だ。更に高ランクのモンスターの肉には及ばないものの、家畜の肉のレベルも高い。今まで通ったところが農村なので、保存食用の加工品しか手に入らなかったが、同じ加工品でもリューミナ王国のものより味は上だった。このまま王都に行って、金にあかせていろいろ買いまくろうと思ってたのに、この騒ぎである。


「ちょっと待ってくれよ。ついさっき、関わるつもりはないと言ったばかりじゃないか。訳が分からないんだけど。あたいに分かるように説明してくれないかな」


 見るとマリーも同じように頭の上に?をつけているようだ。


「昔から言うだろう。食い物の恨みは恐ろしいと。そういうことだよ」


「いや、ますます訳が分かんねえ」


 サラの声が大きくなる。だがベッドに寝ている女性はまだ起きる気配がない、相当疲れていたのだろう。


「いいかい。ある統治者が圧政を敷いている。それでもよほど大規模な虐殺でも起きない限り、いや起きたとしても、星系連邦は内政不干渉の原則の下、連邦決議で非難したり経済制裁をしたりはするが、軍事行動までは滅多に起こさない。

 だがそのせいで、他国がそこから輸入していた食物が輸入が出来なくなり、ある国が被害を受けたとする。餓死者が出ないまでも、食品が高騰したり、輸入会社が潰れたり、といった風にな。特に連邦内で発言力のある国がそうなった場合、その国が中心となってその統治者を打倒して政情を安定させる。これは内政干渉ではなく防衛権の発動となるんだ。

 今回の例で言うと女性に対して乱暴を働いているのは、非難や抗議は出来ても、直接戦闘は逆に非難される可能性がある。内政干渉だし、正直、下手な虐殺より、軍事行動の方が人が死ぬからね。

 例えば私たちが女性たちを助けに、力ずくで王宮に押し入ったら、何百人単位で人が死ぬだろう?それで悲しむ者は、その数倍になるな。これはアウトな訳だ。

 だが、今回、私はこの国から食料を買おうとした。しかし政情不安で買えなくなる可能性がある。勿論すぐに飢えるわけではないが、人間食わなければ死ぬ。なんかあった時のために、政情安定を目的として軍事行動を起こす。これはセーフなんだな」


「めんどくさ!」


 サラがうんざりしたような顔をして言う。自分も面倒だとは思う。だが政治の世界ではそうなのだ。自分は政治家ではないが振り回されていたので、十分すぎる程そんなことを経験している。


「まあ、単純に今は休暇扱いだから、住民の反乱か何かが起きたら義勇軍として参加することもできるんだがね。ただ、その場合は君たちの扱いが難しくなるんだ。流石に大型艦は義勇軍として参加するのは難しい。かと言って、これだけ情報があって、わざと君たちに手を出させるのも難しい。

 ヴィレッツァ王国の時は、自分が画策して、わざと襲わせたわけではないからな。状況が違う。

 それにルカーナ王国の王様が悪者と決まったわけでもないしな」


「え?兵士の記憶を見る限り、どう見ても悪人ではないですの?」


 今度はマリーが聞いてくる。


「まあ、世間一般で言う悪人には違いないんだろうが、為政者の場合は色々複雑でね。例えばルカーナ王国の王様が、年に数人女性を虐待してたとしよう。確かに個人的には許されないような行為だ。だが、この国の法律違反ではないだろう。

 そして彼の統治能力は未知数だ。仮に彼が統治能力に優れていて、毎年数万人規模の人が死ぬのを防ぎ、更に一般住民からは人望が厚い統治者となったらどうかね?我々は、と言うかこの場合は私だが、私一人の責任問題で済むような問題と思うかね?

 ヴィレッツァ王国は元々、リューミナ王国の侵略対象だった。まあ、将来的にはルカーナ王国もその対象には入るんだろうが、まだ何が起こるかは、不確定要素が多い。

 ヴィレッツァ王国に対しては、先ほど言った事や諸々の面倒事は、あの王様の責任で行うだろう。だが仮にルカーナ王国の王様を殺したら、後はどうする?その時女性は助かるかもしれないが、内乱が起きて、女性だけでなく家族まで命を失ったり、もっと酷い目にあったりしたらどうする?」


「……」


 サラとマリーは黙ってしまう。


「まあ、だから政治的には関わらないようにしたい。その上でちょっかいを出すというのなら、女性のためとかいう大義名分を掲げるべきではないと思う。自分の事情で動いたとすべきだし、その方が気が楽だな。

 これが国でも似たようなもんだな、結局は自分の国の為と言う、大義名分がなければなかなか動けない。逆に大義名分さえあれば、惑星を焼き払う事だってするんだがね」


 全く、面倒なことだ。テーマパークのおとぎの国のように王様は、実は悪い魔王とすり替わっていて、魔王を倒したらお姫様と結婚して、めでたしめでたし、で終わるようなものだったら簡単なのだが……。


「何となくコウの言っている意味が分かりましたわ。それでどうするんですの?」


「それが思いつかないんで困ってるんだ。正直、放っておくというのも、結果的とは言え、この女性を助けるようになってしまった以上、なかなか心苦しい。全く今まで命令の下、大義名分の下、何億人もの罪のない人間の命を奪ってきたのにな。しかも正義面して助けようとしている。我ながら自分勝手なものだよ。人を殺した数を善悪の基準とするならば、この惑星の一番の悪人は、間違いなく自分なのにもかかわらずな……」


 苦々し気にコウは言う。と言っても、今まで自分のしてきたことを後悔はしているわけではない。だが、自分を善人とは思っている訳でもない。それでも、国家元首を相手に、目の前の女性たった一人、できるなら無理やり側室や愛人にされている女性も助けられないか、と考えているのである。全く何をやってるんだか、と心の中で自嘲する。


「悪人は、天使の顔をして、心で爪を研いでいるものらしいですよ。ピッタリではないですか」


「ふむ、確かに違いないな。ぐずぐずせずに、胸のジェネレータに火をつけるか」


 ユキらしい慰め方に、コウは気持ちを変えて、これからの方針を考え始めた。



後書き

 若さとは振り向かない事であり、愛はためらわない事なのです。コウは若さと愛が足りないのです。

 ご存じの方もいらっしゃると思いますが、この作品はドラゴンノベルズ新ファンタジーコンテストに参加しています。今月末までが読者選考期間です。出来れば応援よろしくお願いいたします。

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