第151話 ルカーナ王国国王

前書き

 暫く、人によっては不快な表現や場面が出てくると思います。すみませんが物語に必要な事とご理解ください。



 時をさかのぼること5日前、つまり、この世界の1週間前、ルカーナ王国の王都ラローナにある王宮に、若い男の声が響き渡っていた。声の主は、この国の若き王であるジェロール・クランド・ボツォーインである。この大陸の上位3か国の中で最も歴史の古い国で、王朝も変わっているため、唯一上位3ヵ国の中で国名と国王のファミリーネームが一致していない国であった。


「メヴィド王を呼び出せ!私が命じたにもかかわらず、昨晩、娘は来なかったではないか!どういうつもりか説明に来させろ!」


「はっ、はい。直ぐに連れてまいります」


 衛兵が慌てて、走り去る。


「全く、俺様はルカーナの国王だぞ。属国の王の娘の分際で。何様のつもりだ」


 そうジェロールは忌々しげに呟く。ちなみに今は時刻はもう昼に近いというのに、ジェロールの姿はバスローブで寝癖がついたままである。つまり起きたばかりだ。更にすぐ近くによらなくても酒の匂いがする。昨晩、泥酔して、今まで寝ていたのである。たとえ娘が来ていたとしても、分かっていたかどうかかなり怪しい。

 だが、ジェロールはそんなことは関係なかった。自分が起きた時にいなかったということは、来てないか、自分の許しも得ずに勝手に帰ったということである。ジェロールにとって勝手にされたということで、どちらとも同じことだった。なので、衛兵に昨晩来たかどうかも確かめず、いきなり呼びに行かせたのである。

 衛兵に命令すると、部屋に戻り、メイドに身支度をさせる。メイドは寝癖のついた髪を慎重にとかしていくが、整髪料で固まった部分があり、櫛に引っかかってしまう。そのとたんジェロールは立ち上がりメイドの顔を殴る。


「痛いではないか。貴様、俺をなんだと思っている!」


「申し訳ございません」


 メイドはすぐに土下座をし、床に頭をつけて謝る。しかしそんなメイドにジェロールは壁に掛けてある鞭を持ち出すと、力の限りメイドの背中に振り下ろした。


「お許しください。お許しください」


 メイドが涙ながらに訴える。背中の部分の服が裂け、皮も裂け、血がにじみだしたところで、ジェロールは鞭を振り下ろすのをやめる。別にメイドを許したわけではなく、血が飛んでくるのが嫌なのと、単純に鞭を振り下ろし続ける体力がないからである。

 毎晩、酒を浴びるように飲み、好き嫌いが激しく、運動もろくにしないジェロームは、とても20歳になったばかりとは思えない程体力がなかった。別に太っているわけではないが、自分の部屋から王宮の出口ぐらいまでしか、連続で歩く体力がなかった。王宮内の庭の散策ですら碌にできないのである。走るなんて、もっての外だった。


 なぜこのような者が王になったのか。原因はヴィレッツァ王国と同じく、約50年前の大陸南北戦争までさかのぼる。ルカーナ王国はヴィレッツァ王国と同盟を組み、属国を従えてリューミナ王国に攻め込んだのだ。

 地理上の関係から、また軍の規模から、補給をヴィレッツァ王国に頼っていたルカーナ王国は、ヴィレッツァ王国の補給路が断たれたのと共に、ヴィレッツァ王国と運命を共にし惨敗した。

 ヴィレッツァ王国と違い多くの将兵が死んだわけではない。ただそれは、死んだ割合が少なかったわけではなく、派兵していた人数が少なかっただけである。勝利は間違いないと、少数精鋭で挑んだ戦いは、ヴィレッツァ王国と同じく殆どの将兵を失う結果となった。寧ろ、死傷者の割合はルカーナ王国の方が高かったかも知れない。

 精鋭を失ったことも大きかったが、最も後に影響を与えたのは、当時いた王子3人をすべて失ったことだろう。国王の嘆きは相当のものだったと伝えられている。

 その後、何とか1人、王子に恵まれ、その王子を国王は溺愛した。我儘一杯に育てられた王子は、10年後10歳で王位を継ぐが、家臣のいいように操られた。それでも家臣団が優れていれば良かったのかもしれないが、そのような家臣は戦争で死んでいた。我儘放題に育てられ、家臣団にも甘やかされていた王は不摂生がたたり、50前で死んでしまう。

 その能力の低さはレファレスト王が即位してから、ヴィレッツァ王国の失った属国は1ヵ国に対し、ルカーナ王国は5カ国というところからも推測できるだろう。しかも、1国1国がヴィレッツァ王国の属国より大きかったにもかかわらずである。

 王は子にも自分と同じ環境を与えた。我儘放題にしても許され、更に我儘放題にしている親を見て育った子が、今のルカーナ国王であるジェロールである。更にジェロールは第2王子であり、父親よりも教育が行き届いていなかった。ちなみに第1王子が死んだ原因は落馬である。その事により、馬に乗ることを恐れたジェロールは、馬に乗ることもできなかった。

 余談であるが先の戦争で国土の3分の2を失ったミュロス王は、即位から先の戦争まで25年の間、属国の1国も、寸土の領土さえリューミナ王国に奪われてはいない。地理的条件はヴィレッツァ王国の方が悪かったにかかわらずである。勿論それはレファレスト王が、直接な軍事行動を好まなかったというせいもあるのだが、ミュロス王が軍を立て直すのが意外に早かったというのもある。


「もう良い。謁見の間に行く。輿を持ってくるように言え」


 疲れたので、たった100m程の距離も歩きたくなかったのである。


「はっ、はい、ただいま伝えてきます」


 荒い息をしながらジェロールが言うと、メイドは逃げるように部屋を出ていった。ジェロールはメイドが出ていくと、椅子に座り息を整える。椅子に座ると、正直、部屋から出るのも億劫になっていた。


「ただいまお輿を用意いたしました」


 部屋の外から、衛兵の声がする。しかし、もう今日はメヴィド王に会うのも億劫になっている。


「今日の会談はやめだ。メヴィド王は、そうだな、俺の気が向いたときにいつでも会談できるよう、謁見の間に立たせておけ。それと酒を持ってこい」


 常識とは無縁の、信じられないような我儘さである。だが、政治に全く興味のない国王は私腹を肥やす佞臣にとっては理想的な国王でもあった。


 先ほどのメイドとは違ったものが、酒と料理を恐る恐る運んでくる。ビンを奪い取るように手にし、グラスに注ぐこともなくラッパ飲みをする。暫くすると頭から痛みが取れ、良い気分になってくる。

 世間一般的に言う二日酔いになっていたのだが、酒を控えるように言うと国王の逆鱗に触れる恐れがあるため、誰も言わない。いっそうのこと、ずっと酔っぱらって寝ていてもらった方が良い、とみんな思っているぐらいである。

 ジェロールは行儀悪く、食事をし、酒を飲む。作法などきちんと教えられていないし、何か言おうものなら教師をクビにしていた。物理的に首が飛んだ教師もいる。だから、本人は行儀が悪いとは思っていない。カトラリーの使い方も滅茶苦茶であるし、口の周りどころか服が汚れてしまっても無頓着である。ナプキンの使い方は最後に顔全体を拭けば良いぐらいにしか思っていない。

 先ほど起きたばかりで、まだ昼間だと言うのに、ジェロールは汚れた服のまま、ベッドに横になり、そのまま寝てしまった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る