第11話 転職活動(事前説明)

 日の出前のまだ薄暗い時間、コウのアバターの脳内に活性剤がセットした時間通りに注入され、ほぼ一瞬で目が覚める。生身と違って寝ボケるということはない。

 他の3人も同時に目を覚ます。もっとも他の3人は寝ていないので、目を覚ますという表現はおかしいのかもしれないが。


「おはようございます」


ユキが声をかける。


「ああ、おはよう」


 他の二人も同じように挨拶をする。建物全体を探知してみる。オーロラは起きているようだったがまだベッドから起き上がってはいない。ワヒウはまだ寝ている。他の者は建物内にはいない。


「紅茶でも飲みますか?」


ユキの問いに


「そうだな」


 と答える。コウはコーヒーより紅茶派だった。というよりお茶だったらほぼ何でもいいのだが、この街の雰囲気的には紅茶が合うだろう。ユキとのこういったやり取りが阿吽の呼吸というやつである。

 ティーセットはリビングにある戸棚に入っていた。強化セラミック製でない本物の陶磁器である。茶葉がなかったので、母艦より合成茶葉を転送させる。本当は天然物を飲みたかったのだが、昨日は買い物をする時間がなかったので仕方がない。バレはしないだろうが、店から転送させたら盗みになってしまう。そんなせこいまねは流石にできなかった。


 お湯はナノマシンを使い、空中から抽出した水を分子振動させて作る。ゆっくりと紅茶を飲みながら、探知範囲を広げる。1回鐘が鳴る頃には、門のところにちらほらと人が集まって、街の外に出る手続きをしているようだった。殆どは農民のようである。冒険者ギルドに動きはない。

 2回鐘が鳴る少し前に、ギルドの職員が出勤して、依頼ボードに張り紙をしたり、掃除をしたりしていた。オーロラがベッドから起きだして身支度をしている。ワヒウがようやく目を覚ましたようだ。ギルドのドアの前に数組のパーティが集まってる。

 2回鐘が鳴ると同時にギルドのドアが開く。待っていたパーティは競うように依頼ボードに向かう。ワヒウがようやくベッドから身を乗り出した。オーロラが簡単な朝食を済ませて部屋から出る。そろそろ準備をするべきだろう。手首のリングを操作し、着替える。但し武器は邪魔なので亜空間の方に入れている。

 オーロラが執務室らしき部屋に入り、事務員らしき女性の一人に自分たちを呼んでくるように命令する。しばらくするとトントンとドアがノックされる。


「起きてらっしゃいますか?」


 なんと物静かなのだろう。もしこれが連邦軍だったら、いきなりドアが開けられ、用意が出来ていない者など豚呼ばわりされて、所属している部隊全員が腕立て伏せである。


「はい。全員起きてますよ」


 コウも、特に声を荒らげることなく答える。


「それでは、下までお願いします」


 そう言うと女性は去っていく。特に部屋にいてもする事は無いのですぐに下りていく。

 1階に降りると事務処理が始まっており、受付に依頼書を持った冒険者が並び始めていた。交換所と酒場に人はいない。


「そちらは鐘が5回鳴ってから開くんですよ」


 昨日の女性が声をかけてくる。


「あ、私はレアナと言います。ギルドマスターからしばらくの間、コウさんたちを案内するように言われています。何かわからないことがあったら遠慮なく聞いてくださいね」


 そう言って昨日と同じくにっこりと笑う。よく見るとこの女性以外の受付も、比較的容姿が良いように思える。ユキたちが集めた事前情報にはなかったが、実は冒険者ギルドの職員というのは人気の職業であり、中でもギルドの顔と言える受付嬢は容姿はもちろんのこと、能力も優れたものがなる職業であった。


「それではレアナさん。昨日訓練所でテストをすると言われたので、訓練所まで案内して頂いて良いですか」


「さん付けはいりません。年も同じくらいのようですし、レアナで良いですよ。冒険者の方は基本的に名前しか呼びませんから。それにそんなかしこまったしゃべり方をする必要もありません。ギルドマスターなどが相手でしたら別ですけど。テストは午後からと聞いてます。一応ギルド内にいてほしいので、それまで“冒険者の心得”という本を酒場の方で読んでいてもらえませんか」


 そう言ってレアナは事務所の本棚から4冊の冊子を出すと1人ずつに渡す。ページ数にして10ページ程のものだ。コウ達にとっては時間つぶしにもならないが、素直に冊子を持って酒場のテーブルにつく。

 内容はランクについてや、依頼を受けるときの注意点、違約金、生活態度についてであった。罪を犯した時は、国の罰とは別にギルドへの罰金があるというのが新発見である。また、長い名前はあだ名をつける事、パーティー内では呼び捨てにする事が推奨されている。確かに一瞬の差で生死が分かれるときに、長い名前は不利だろう。それは連邦軍でも同じだったので、この文明レベルでもそうなのか、とちょっと感心する。

 鐘が5つ、つまり正午になるまで、標準時間で4時間近くある。ダメもとでレアナにテスト内容を聞いてみようとコウは考えた。

 レアナの前には数人の冒険者が並んでいた。20分ほどすると自分の番になる。


「何か気になることでもありましたか?」


「えーと、出来ればで構わないんだが、テストとは何をするか教えてもらえないか」


 特に期待はしていなかったのでコウは軽く聞く、しかし返ってきた答えは意外だった。


「え! 知らなかったんですか? すみません。昨日のうちに説明すべきでした。てっきりギルドマスター達から聞いてると思ったものですから……」


 レアナは申し訳なさそうに頭を下げる。なんとなくこちらの方が申し訳ない気持ちになる。


「ああ、いや、昨日はもう遅かったし。自分達が何も聞かなかったのが悪いんだし、謝ることは無いと思うよ」


「そう言っていただけると助かります。質問もあるでしょうからあちらで話しましょうか」


 そう言ってレアナは受付を代わり、酒場のユキたちが座っているテーブルへと向かう。


「コウさん達のはパーティーランクを決めるためのテストです。このテストはギルドによって違うんですけど、このギルドではまずは、ランクに応じたモンスターと戦ってもらいます」


「ん? モンスターがどこかに捕らえられているのか」


 探知した範囲内ではモンスターと呼ばれる生物は居なかった。もしかしたら何らかの探知を妨害する手段があるのだろうか。


「違いますよ」


 とレアナはヒラヒラと手を振って答える。


「うちのギルドマスターは召喚魔法が使えるんですよ。なんと、それも最高Aランクのモンスターまで呼び出せるんです。ギルドマスターが呼び出したモンスターと戦うのが第一の試験ですね」


「そしてそれに合格した場合、そのランクの依頼を3回受けてもらいます。その時は既にそのランクになっているパーティーが補助に付きます。そのパーティーの補助なしに依頼を満足度B以上で3回クリアしたら合格ですね」


「ちなみに申し訳ないんですが、テスト中の報酬は素材などの取得物を含め、必要経費以外は全部補助をしたパーティーに渡されます。余りにも必要経費が多かった場合は他の条件を満たしても不合格になる場合もあります」


 レアナはそこで話を区切って4人を見渡す。


「本来はこれはCランクやBランクに上がるためのテストなんですよ。Dランクまではそれまでの依頼の達成数や達成率、満足度とかをギルドで判断して上げるんです。報酬が入らない日が長く続いたりしますから、少し余裕のあるパーティーじゃないと受けられないんですよ。冒険者ギルド入会時にやるなんて、私、初めてです」


「それに街に来た日にジェイクさんとクットさん、ギルドマスターに副ギルドマスターまで揃って会合して、ギルドに泊まらせるなんて異常ですよ。コウさん達って何者なんですか?」


 コウは真剣な目になったレアナを見て言いよどむ。気圧されたわけではないが、どこまで情報を言っても良いのか調査不足であった。


「なんて、忘れて下さい。受付嬢なのに変に詮索しちゃったりしてごめんなさい」


 レアナはペコリと頭を下げて謝る。ちなみにこれも事前情報に無かったのだが、この世界は一夫一婦制ではない。寧ろ甲斐性のある男や位の高い者は複数の妻を持つのが普通である。それは男女が変わっても同じで、複数の夫を持つ女性もいる。連邦の場合、結婚という制度自体が廃れているため調査対象には含まれていなかった。

 冒険者ギルドの受付嬢というのは、そんな甲斐性を持つ事の出来る冒険者と一番接する機会の多い職業である。受付嬢は出来ればAランク、そうでなくともBランクの冒険者を捕まえて、寿退職をするのがサクセスストーリーだった。

 とどのつまりコウは将来性有りと目を付けられたのである。もっともレアナが目をつけている男性はコウだけではない。その中からいわゆる当たりを見つけるのも受付嬢の能力の一つなのであった。


 そうこう話しているうちに鐘が5回聞こえる時間だ。レアナが思い出したように。


「コウさんたち、朝ごはんも、昼ご飯も食べてませんよね。マスターに言ってちょっとテスト時間を遅らせてもらいましょうか」


 2食抜いたところで、コウ達の体には何の影響もない。むしろ吸収効率を最大にすれば昨日食べた分だけで1週間は稼働できる。


「いや、昨日食べ過ぎてね。あんまりおなかが減っていないんだ。だから大丈夫だよ。そろそろ時間だから、訓練場まで案内してくれないかな」


 そう言ってコウ達はレアナの案内のもと、訓練場へと移動していった。

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