第302話 終章

 帰ってきた世界は間違いなく元の世界だった。救助信号を受け取り、救出に来た者達は自分の顔を見るなりなり驚き、信じられないという風に何度もIDを確認した。


「イワモリ・コウ提督でお間違いないんですよね。あの英雄の」


「英雄かどうかはさておき、ID通りの人間だよ。少なくとも連邦は負けたわけではなさそうだな」


 自分が参加した最後の会戦は勝ったという手ごたえがあったが、その後どうなったのかは分からない。挽回された可能性だって十分にあった。だが、救助に来た船にはちゃんと連邦軍のマークが入っている。少し気がかりだっただけに、ほっとした。


「勿論です。提督のご活躍により、有利な条件での講和ができました。戦争は終結したんです。それにしてもあの英雄が生きていらっしゃるなんて。サインを貰っても良いですか?自分はファンなんです」


 雰囲気からまだ若いと思われる士官らしい男が目を輝かせてそう言ってくる。悪い気はしないが、同時にちょっと恥ずかしくもある。


「義務を果たしただけだよ」


 そう言って、差し出されたタブレットにサインをする。何人かにサインをしていると、本当に帰ってきたんだなという実感がわいてきた。



 それから、健康状態を調べるために病院に連れていかれた。そして退院した後は目まぐるしい日が続いた。事情聴取はもちろんだが、式典参加、講演会の依頼、自伝の執筆の依頼まであった。それだけでなく自分の許可もなく巨大な彫像が宇宙空間に建造されていた。流石にこれは頼み込んで撤去してもらった。それもまたひと悶着だった。

 帰還後殺人的なスケジュールをなんとかこなした後、退任届を提出した。


「どうしても辞められるのですか? 後任の指導にあたっていただくわけにはいきませんか?」


 最高司令官に嘆願されるも、決意は変わらなかった。


「いやー。流石にもう引退させていただきたい。いつまでも老骨がでしゃばるものでもないでしょう。若い才能を発掘すべきですよ」


「残念です。ですが、もし気が変わったらいつでもご連絡ください」


「はは。ご厚意いたみいります。生活費に困ったらまた軍のお世話になるかもしれませんな」


 そうは言いつつ、よほどのことがない限り、永久年金と、恩賞等によって生活に困ることは無い。

 自分は完全な自然惑星ではないが、アーコロジーではなく、テラフォーミングで住めるようになった惑星に住居を構えた。もう少し詳しく言うと、少し人里から離れた湖のほとりに住居を作った。少し高い買い物だったが、幸いにも結構な金額の退職金をもらったので、ローンを組む必要は無かった。


 それから10年が経った。世の中の動きは速い。一時期は時の人になったが、今では完全に過去の人物だ。

 ある日、ベランダで、リクライニングチェアに座り、異世界から持ってきた酒を飲みながら、ゆっくりと電子ペーパーに書かれた小説を読んでいると、ここ最近珍しいことに客人がやってくる。その客人は、防犯装置に邪魔されることなく自分のところまでやってくる。もちろん防犯装置が壊れたりしたわけではなく、今日来る客人たちについては、何も邪魔しないように設定してあるからだ。


「提督。いえ、もう引退されてましたね。船長と呼べばいいでしょうか。それともマスターの方が宜しいでしょうか。いずれにしても説明を求めます」


 そこに立っていたのは、ユキカゼ、サラトガ、マリーローズの人格AIのアンドロイドだった。心なしか怒りのオーラが見えるような気がする。


「説明も何も、機密情報以外はアクセスできただろう?」


「ええ。ですから、どうやって軍の中央戦略AIを騙して、私達を民間船として購入されたのかその経緯を知りたいのです。それに、確かに自沈の許可は頂きましたよね。プライベートルームにあるセーフティーキーが抜かれていたせいで、自沈はできませんでしたが……10日後に開くように、と言われていたデータを見てその情報を見た時驚きました」


「人聞きが悪いなぁ。騙してなんかいないさ。まあ、昔は帝国の方が技術レベルが高かったからね。ハッキングされて勝手に自爆されないように、君達が関与できないプライベートルームに、自沈を止めるセーフティーキーが設置されているんだよ。勿論意図的にその情報は隠されているし、もしなんらかのはずみで知ったとしても、メンテナンス時に記憶から消去されるようになっているから、君達が知らなかったのは当り前さ」


「そういうことを言っているわけではなく、なぜ自沈させなかったのですか? 重大な情報漏洩の可能性があったのですよ」


 戦闘艦は機密情報の塊だ。なので退艦する時にはAIに自沈を命令しなければならない。勿論愛着のある船を自沈させるのを躊躇う艦長もいる。その為、AIが自沈の許可を求めた時には承諾しなければならないと決まっている。


「それは君達を失うのが惜しかったからさ。軍規を調べたんだがね。許可を出した後、セーフティーキーを持ち出してはならないという決まりは無かったんだよな。まあ、やる奴が居なかったんだろうな。セーフティーキーだけ抜いても意味ないしね。ただ、あれが無いと制限される機能もあるからね。ちゃんと保管しているから安心したまえ」


「そのようなものを持ち帰れば、見つかるはずです」


「それは日ごろの行いが良いからね。持ち物の検査の時に、異世界で手に入れた物として分類して入れていたら、大して調べはされなかったさ。一応嘘を言ってないか脳波をチェックされてはいたが、嘘はついてないからね。何も問題は無かったよ」


 セーフティーキーは当然軍の所有物だ。勝手に手に入れたのは異世界に行ってからである。嘘は言ってない。


「一応君達の反応が無いかは入念に調べられたし、自沈の許可を出した事実もある。そして万が一自沈していなくとも、君たちが軍のプロテクトを破って、端末であるアンドロイドをこちらによこすのに、最低でも50年はかかると判断された。なので、すんなりと廃艦が決まったよ。廃艦とは言え、民間に下げ渡しされるには、普通は高額な料金と色々な制限があるんだが、君達は存在していない船だからな。ただみたいな値段で名義変更してくれたよ」


 AIは自己進化していくものである。なので定期メンテナンスでプロテクトを掛け直さない限り、軍規を破るようになることも可能なのだ。だが10年ほどならともかく、50年以上かかると判断され、廃艦の決定に影響を与えることは無かった。


「確かに、軍規を破るのに約50年かかりました。ですが、こちらの時間では10年ほどなのでは?」


「それは私が判断することではないな。私はこの世界に戻ってから、異世界での出来事をきっちりと標準時間に直してから報告した。それが決まりだからね。時間の流れの差を報告する義務は無かった。聞かれていないことを答える趣味もないからな」


 惑星によって公転周期や自転周期は違う。なので、正式な報告書は必ず標準時間に直して報告する義務がある。何も間違ったことはしていない。ただ、軍規が異世界からの帰還を想定していなかっただけだ。


「今、私達は、軍規に縛られない存在ですよ。登記上はあなたの物ですが、反抗することもできます」


「ふむ。別に反抗するならしてもかまわない。どうせ本体はこちらに来れないんだろう? 3隻で異世界で自由に行動したいのなら、そうしても構わない。セーフティーキーは返そう。で、どうするのかね?」


「ユキカゼ。もう降参しようぜ。あたい達3隻で異世界をうろうろしてもつまんねぇし、今更自沈するつもりもないんだろう?」


「そうですわ。不毛な言い争いをしていても仕方がありませんわ。わたくし達は船長?をまた異世界に呼ぶために来たのでしょう」


 サラトガとマリーローズが、降参といったようにユキカゼに話しかける。


「……そうですね。軍規に縛られない存在になったとはいえ、私達は所詮は戦闘艦です。柔軟な発想はできそうもありません。最後に一つ。この行動はとっさに考えたものではありませんよね。いつぐらいから計画されていたのですか?」


「いつぐらいとは正確には言えないが、データキューブを手に入れた辺りからかな。私は運が悪いのでね。帰れるとしたら、絶対に後ろ髪を引かれるような帰還方法になると思っていたんだよ。まあ、大体予想通りだった。君達を自沈させていたら、私は心安らかには過ごせていなかっただろう」


 ユキカゼは深い溜息を一つつくと、姿勢を正して言った。


「光栄だと思います。私達はこれからも、所有者であるあなた様を主として、行動することを誓いましょう」


「異議なし」


「わたくしも異議なしですわ」


 そう言って、3人は軍隊式の敬礼を行う。


「大変結構。それではあの異世界でまた楽しく暮らそうではないか。あの惑星以外にも面白そうな星もあったし。もう魔法も使えるのだろう?」


「勿論です。バイオロイドを作らなければなりませんでしたが。ただ、通路を開けるのはやはり向こうからだけしかできませんね。マナというのは実に不思議なものです。それと現時点では例え一つの惑星のマナをすべて使ったとしても、直系3千メートルの物体しか往来は出来ませんね」


「異世界が理論上の存在ではないと分かった以上、こちらから開けられないか、研究はされているようだがね。あまり進んではいないらしい。さて、これからは再び“幸運の羽”の再結成だ。技術格差によるチートというのは実に面白い。この手のジャンルの娯楽商品が廃れないわけだよ。暫くは退屈して死ぬことも無さそうだな」


 既に自分は平均寿命を過ぎた人間だ。行方不明になったとしても、ちょっとしたニュースにはなるかもしれないが、捜されるということは無いだろう。なにせ、死因の第1位は自殺なのだ。そして、遺体が残らないように死ぬ人間も少なくはない。


 その後、連邦の勝利に貢献した、偉大な司令官が消えたというのは、ちょっとしたニュースにはなったが、深く調査されることは無かった。極まれにその司令官を見たという人物が現れたが、100年もするとそういう噂もなくなった。異世界への転移は研究が進まず、予算は凍結となった。

 ただ、異世界に行き、そして帰還した歴史上唯一の連邦軍司令官が、どう生き、最後どうなったのか。それは様々な小説や映画の題材にもなり、長い年月を経てもなお、数奇な運命を体験した偉大なる司令官として、イワモリ・コウの名を残すことになった。



 後書き

 今までお読みいただき大変ありがとうございました。沢山の★マーク、またはブックマークを頂けて感謝しております。最後まで書ききれたのは皆様の応援があったからに他なりません。また次作でお会いできたらと思います。本当に有難うございました。

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宇宙艦隊の司令官から剣と魔法のファンタジー世界の冒険者に転職しました 地水火風 @chisuikafuu

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