第301話 帰還
移住は思ったよりスムーズに進んだ。元々魔族自体が土地に執着しないものが多かったというのも、残っていても明るい未来が見えないというというのもあるかも知れない。
「さて、移住の方はある程度落ち着いてきたところだし、そろそろ魔法を使ってもらって良いかね?」
流石に連れてきてポンと放り出すのはあまりにも無責任だと思ったので、衣食住の内、衣と住は用意した。といっても職人が手作りしたものでもなんでもない、3Dプリンターを使った簡易的なものだ。住居には精巧な彫刻もないし、衣類に刺繍の一つもない。だが暫くはそれで大丈夫なはずだ。
魔族は次々にできていく建物に驚きを隠せないようでいた。そして、とりあえず一段落したので、魔法を使うのに相応しい、マナの濃度が濃く、それでいてジャングルのようになっていない所で、隕石召喚の魔法を使ってもらうことにしたのだ。
「構いませんが。私が使える魔法など、あなた方が使える創造魔法に比べたら、子供だましのようなものですよ。見たらガッカリして全てを取り上げられるのではないでしょうか?」
ダラグゲートのそばには息子のノバルや娘のウィーレ、そして生き残った側近たちが集っている。そしてはたから見てもはっきりと怯えていた。
「最初に言ったはずだよ。最初からやれないことを求めているわけではない。やれることを手を抜かずやってくれたら、文句はない。それとも、これだけの準備を整えて、まだやれない理由があるのかね?」
「い、いえ。決してそのようなことは……では、早速」
そう言って、ダラグゲートは呪文を唱え始める。その他の者はどうやらダラグゲートを補助しているらしい。マナの濃縮や安定など、それぞれに役割があるらしい。それを一人で苦も無く行なったザーラバムは確かに規格外だったのだろう。
「
ダラグゲートが呪文を唱え終わると、空に白い靄が渦巻き、そこから直径10mほどの隕石が落ちてくる。そしてそれは地面に激突し、地面が捲り上がり、衝撃波と熱波で周りのものすべてが破壊される。それは着弾地点から5㎞は離れているというのに、その衝撃波で木々がなぎ倒されるほどであった。そして、その後には巨大なキノコ型の雲ができている。
儀式に参加している魔族が身を寄せ合い、必死に衝撃に耐える中、コウ達は平然と立って、隕石の出現場所を眺めていた。
「で、どうだったかね。何か有用なデータは取れたかな?」
「はい。予想よりもかなり。先ずは召喚した隕石は私たちの元居た世界の太陽系のアステロイドベルトにある小惑星で間違いありません。霧が出た瞬間に小型探索船を転移させました。それから、召喚が終わるまでの間データ収集を行いましたが、転移先は間違いなく元の世界です」
「よく似た別の世界というのは? そもそもアステロイドベルトは、確かに岩の塊が多い区域だが、言葉ほど岩の塊が密集しているわけではないぞ、むしろ、岩の塊に接触するためにはそれなりの軌道計算がいるぐらいだ」
「違う並行世界の可能性も無いとは言えませんが、可能性はかなり低いかと。後、想像と現実の姿が違うのに、なぜ呼び出すことが可能なのかは研究の余地がありますね。ただ一つ言えるのは、コウが帰還する分には何も問題が無いということだけです」
「そうか……? そんなに簡単に帰れるものなのか?」
サラリととんでもないことをユキが言い、コウは少し慌てる。
「はい。最初からこのようなデータが取れるとは予想外でしたが、コウの帰還には問題ありません。と言う訳で、軍務規定第365条第7項により、提督には直ちに帰還任務についていただく必要があります。念の為言っておきますが、この状態で帰還しないのは重大な軍務違反です」
周りを見るとユキは普段通りだが、サラとマリーは少し寂しそうだった。
「念の為聞くが、帰れるのは私だけかね?」
「はい。救助艇は問題なく転送できますが、私達の本体は不可能です。小型艦ならもしかしたら可能性はあったかもしれませんが……そして本体が帰還不可能な以上、私達は帰還できません。これはメンテナンスや護衛などの一時的な本体からの分離とは違いますからね。流石に提督でも、異世界をちょっとした距離にはできないでしょう」
「まあ、そうだな……」
自分は全くついてないな、とコウはつくづく思う。別に来たくはなかった異世界には飛ばされる。それなりに居場所を作った惑星からは、逃げ出すように去らなければならなくなった。そして幾度となく検証をしなければならない、と考えていた実験は一発で結果を出してしまう。
だが、その中に自業自得の分もあるのは確かだし、この世界を制限内では、十分に楽しんだ自覚もある。どうせ誰にも分からないのだから、帰るのはいつでも良いだろう、と思う自分と、連邦軍人としての職務を全うすべきという自分がいる。そして勝ったのは職業軍人としての自分だった。
「ふむ。仕方がない。流石に持って帰りたいものの選別もある。サラトガとマリーローズの艦長の遺体や遺品、持って帰れそうなものは持って帰りたい。出発は10日後とする。問題はないな」
「現状で考えられる規定ギリギリですね。問題ありません」
そうユキが答える。
それからの自分は慌ただしかった。救助艇のスペースは限られている。かなりの物を買い込んでいたが、どれを持って帰るのか、かなり最後の方まで悩んだ。それに、自分の物だけではなく、サラトガとマリーローズの艦長の物もできるだけ持ち帰りたい。
そして今、救助艇の中にいる。ダラグゲートがもう一度隕石召喚の魔法を使い、元の世界へと続く扉を開くのと同時に、救助艇は転送される。
「準備は整いました。私は最後まで提督に仕えられたこと、そして提督が軍人として任務を優先されたこと、共に誇りに思います。諸々の後始末は滞りなく行います。最後に自沈の許可をおねがいします」
「あたいも、この4年間は楽しかったぜ。提督がいなけりゃ許可を出す奴が居なくて、自沈もできなかっただろうしな。ざっと見た限り、自分達を捕獲できるような文明レベルなんてなかったし。延々と宇宙をさ迷うことにならなくて本当に良かったと思ってる。じゃあ、自沈の許可を頼むぜ」
「わたくしも、今までにない経験をさせていただいた提督に感謝していますわ。ごきげんよう。自沈の許可をお願いしますわ」
3艦それぞれに別れの言葉を言ってくる。自分がいなかったら3隻は自沈せずに済んだだろう。許可なしで自沈できるのは、捕獲されるような状況に陥った時のみだ。だがその代わり、終わりのない探索の旅路をさ迷っていたことだろう。今回だって帰還できるのは自分だけであり、彼女らは帰還できるわけではない。そしてこれからもその望みは殆どない。それよりは彼女らを捕獲できるようになる文明が現れる可能性が高い。それゆえの自沈要望なのだ。
「……自沈を許可する。だが、それは直ぐにではなく、暫く足搔いた後にしてくれたまえ、5、60年は足搔いてもかまうまい」
「はい。最後の命令承りました」
「それぐらいなら問題無いか。ま、頑張るとしますか」
「そうですわね。もしかしたらわたくし達だけですと運が良いかもしれませんし」
なかなかマリーも言うようになったな、と感心しているうちに、一瞬浮遊感があり、救助艇は外の宇宙に転移していた。
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