第300話 2人の要望

「ふむ。魔族はマナさえあれば食事の間隔は長いとは聞いたが、マナが希薄になっているんだ。腹が減っているのではないかね?」


「は、はぁ」


「そうだろう、そうだろう。口に合うかどうかは分からないが、料理はたくさん持ってきている。酒もある。具合が悪いなら薬もあるぞ。なんでも治すというエリクサーという薬だ。遠慮はいらない、なんでも欲しいものは言ってくれたまえ」


 そう言って、コウは次々と亜空間ポケットの中から、料理や酒、薬などを取り出し、野外に出したテーブルの上に並べていく。

 ダラグゲートは、コウの余りの変わり身の早さに戸惑いを覚えていた。


「い、いえその……できるとは言いましたが、先ほども言った通りマナが足りません。周辺のマナまで使うのです。このオリハルコンの欠片だけでは……」


「ふむ。周辺のマナか……この惑星はかなり濃度が低くなっているからな。どうせ移動することだし、前に見つけた未開惑星に行くか。あそこはマナが豊富なのだろう。魔法を使うような知的生命体は居なかったわけだし」


「そうですね。調査船の報告によるとマナは豊富なようです。このハンデルナ大陸と比較しても豊富といえるでしょう」


「それは重畳。では、準備ができ次第行こうじゃないか」


 そう言って、コウは上機嫌にダラグゲートの肩を再度叩く。


「すみません、それはどこでしょうか。移動するといってもどうやってでしょうか?」

 

 一昔のダラグゲートからは想像もできないような小さな声で質問をする。


「恒星間宇宙船、といっても君には分からないだろうな。なに、他の星まで行ける船があると考えてくれたまえ」


「その、言いにくいのですが……私単独で行える魔法ではありません。マナの急激な減少により死んでしまった魔族もいるかもしれません。船に乗る程度の人数ですと下手したらできない可能性もあります」


「ふむ。同族を救いたいのだろう。全員連れていってもかまわない。全体的にこの惑星よりは寒冷だが、マナが豊富で、この大陸よりは暖かい場所も沢山あるぞ。協力してくれるのなら惑星ごと差し上げよう。なに、実験の成否は問わない。一度の実験ですべて上手くいくというほど甘く考えているわけではないからな」


「陛下は、魔族の人口をご存じなのですか……このマナ濃度で支障の無いものは、ここに残るものもいるかもしれませんが、それでも1000万人はくだらないでしょう。実際はその倍以上は居ると思いますが……」


 船に乗せると言ってもたかが知れている。今までさんざん驚かされてきたパーティーだが、どんなに大きい船といっても1000人も乗らないはずだ、とダラグゲートは考える。しかし返ってきた答えは予想外の答えだった。


「母艦は撤退をする時に避難船の役割も担うからな。いつも自分の艦単独で行うわけではないが、それでも20億人分の人間を乗せるスペースはある。サラとマリーの艦も幸か不幸か戦闘後で、弾薬庫が大分空いているからな。改造すればもっと運べるだろう。1億人以下なら何の問題もないな」


 数字のスケールの大きさにダラグゲートは眩暈がしてくる。だが、同時にザーラバムの時とは違った恐ろしさも感じてしまう。


「そ、それは有難き幸せ。で、ですが、実はマナの濃度が濃ければよいというものではなく、発動体として長い年月を経た、良質の巨大な魔石も必要でして……」


 ダラグゲートが言い終わるか否かという時に、料理を取り出すのと同じように無造作な動作で、ダラグゲートの前に2つの魔石が置かれる。


「一つは少なくとも2000年以上は生きたレッドドラゴンのもの、一つは生きてる年月は分からないが、ヴァンパイアロードの魔石だ。自分にはよく分からないが、二つとも最高品位のものだそうだ。これで構わないかね?」


「あ、はい……それとできれば成功率を上げるためには、強力な魔法の発動に耐えられるような儀式用の杖が……」


 言い終わる前に取り出されたのは、全身がオリハルコン製で、更に見たこともないような大きなダイヤモンドやルビーなど、希少とされる宝石があしらわれた豪華な杖だった。


「……」


 ダラグゲートはもはや次の言葉が出なかった。必要なものはすべて揃えられるのだろう。戦う戦わない以前に、次元の違う相手だったのだと思い知る。戦いは同じレベルの者同士しか発生しない、とはよく言われることである。自分との戦いは戦いではなかったのだろう。


「それでは、陛下のお言葉通りに、魔族を新天地へと連れて参りたいと思います。何処に集まればよろしいでしょうか。王都ですとこの大陸の南にあるため、集合には3ヶ月はかかると思われます」


「集落ごとにというのはさすがに無理だが、1000人規模の街に集まってくれたらいい。100もなかったはずだ。その場所に着陸艇を降ろすから、それに乗り込んでくれたらいい。通信方法はあるのだろう? 後、その陛下というのは止めてくれたまえ。君には王として、いや、皇帝でも良いか、ともかくそういうものとして、サクサクと移住を進めてもらいたい。自分は冒険者としてサポートに回ろう。なに、自分も此処にいる3人もサポートは得意なんだよ。恐れることは何もない。自分達が付いている」


 かつて魔王と名乗った存在の中で、自分ほど惨めな存在がいただろうか。いや、居なかったに違いない、とダラグゲートは思う。物語で悪の権化とされ、勇者に倒された魔王とて、敵として倒されたのだ。同じ土俵にすら立てない自分より、よほどましではないか。というか、魔王などと、もう恥ずかしくて名乗りたくはない。だが目の前の人物は自分の気持ちなど考慮はしてくれないだろう。


「分かりました。できるだけ早く準備をいたします」


「ふむ。よろしく頼む」


 どこの世界に、王を部下扱いする冒険者がいるのだろうか……ダラグゲートは内心そう思うも、口に出すことは無く、コウの要望通りに淡々と準備を行なった。

 そして、空から多くの1000mを超える巨大な船が降りてきて、人々を収容し、その後母艦を見て、自分が巨大な船だと思っていたものが上陸艇、いわゆる小舟に過ぎないと知った時、ダラグゲートは、事が済んだら引退して余生を静かに過ごそうと決めたのであった。

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