第299話 懇願

 砕け散った月の欠片が空一面に広がり流星となって落ちてくるのを見ながら、自分達は後片付けを始める。


「やれやれ、結構楽しかったのだが、こんな感じで去ることになるとは思っていなかったな」


 年を取らない自分達はいずれにしてもこの地を去る時が来る。アバターを変更すれば少しずつ年を取っていくように見せかけることも可能だが、流石にそこまで面倒なことはしたくない。なので長くても10年ぐらいで一旦この惑星から離れようとは思っていた。世話になった人もいるので挨拶ぐらいはとも考えたが、このまま消えれば、運が良ければ相打ちになった、と良い思い出にしてもらえるかも知れない、と考えて誰にも知らせないようにした。


「とりあえず修復したシリウス号は回収してくれ。あんなものがあったんじゃ争いの元になるからな。それに調査の見逃しがあるかもしれないし」


 そうユキに言うと、ユキはすぐに本体の倉庫にシリウス号を収納する。それが終わると惑星中に散布したナノマシンの回収、情報収集のため少しは残しておいたが、を始める。これは目立つのを避けて回収するので1週間はかかりそうだった。


「もう少し平和的にあの皇帝と接触できていたら、帰還もできたかもしれないな」


 コウがぼそりと呟く。


「そのためにはコウが従順にふるまう必要がありましたよ。コウには無理です」


「失礼な。私は国家の命令に何百年も従順に従ってきたんだよ。面従腹背ぐらいは訳ないさ」


「……従順と面従腹背は少し違うと思いますが、どの道相手のことを調査する前に接触したので、結果論的にそうなってしまったわけで、判断が間違っていたとは言えません」


「分かっているさ。単なる愚痴だな。さて1週間ほどはせいぜいここでゆっくりすることにしよう。その間に安全な食物を選別しておいてくれないか」


「了解しました」


 コウはユキにそう命令する。アバターで飲み食いする分は問題ないが、生身の身体では危険な可能性がある物も多少はあったからだ。大抵のものは体内に常駐している治療型のナノマシンのおかげでなんとかなるが、この世界にはナノマシンでは対処できない、呪いの類もあるので油断はできない。それにマナを含んだ食物が生身の身体にどういった影響があるのかもまだ分からない。自分の身体を実験に使う気はさらさらなかったので、それも時間をかけて調べなければならない。


「それにしても、あいつら起きないよな」


 ザーラバムに付いてきた者達は、丸1日が経っても起きる気配が無かった。


「少々強く殴りすぎたのではないかね? それとも疲れていたのかな?」


「少々強く殴りすぎたのはあるかもしれませんわ。下手に手加減をして気絶させられないといけませんでしたので……」


 マリーの言うことはもっともだった。それに手段は選ばないと言ったのは自分だ。生命反応はあるのでそのうち起きるだろう、と考えて放っておいた。

 そして2日が経った頃、変化が起きる。強力な戦闘力を持っていたと思われる4人が、急に苦しみ始めたと思うと見る見るうちに老化していき、死んでしまったのだ。それだけではなく、ミイラのようにからからになり、最後は塵となって風に飛ばされていった。


「何が起きたんだ……」


 予想外の出来事に4人が固まっていると、微かにうめき声が聞こえる。そこはダラグゲートが息も絶え絶えで横たわっていた。


「いったいどうしたんだ?」


「マ、マナが薄すぎる……」


「そう言えば、周り中のマナをザーラバムは大量に使ってましたね。この惑星全体のマナの総量が落ちています。少しずつ回復はすると思いますが、シリウス号を回収しましたので、元に戻るには100年以上はかかるでしょうね。勿論その間に魔法が多用されれば、回復はもっとかかるでしょう」


 自分達には関係ないことなので、全く気にもしていなかった。ただ、このまま放っておくのもちょっと気が引けたので、オリハルコンの欠片を持たせると、ダラグゲートの顔色が少しずつ良くなっていく。

 暫くして息が整うまでに回復すると、初めて会った時からは考えられないぐらい腰を低くして礼を言ってくる。立て続けに負け続けたせいだろうか。


「ありがとうございます。実は私達魔族は強い個体ほど、濃密なマナを必要とするのです。私もこのオリハルコンの欠片を取り上げられたら、このマナの密度では長くは生きられますまい。仮に生きられても今までのような力は出せないでしょう……

 ところで、ここにあったオリハルコンでできた奇妙な形の丘はどうされたんでしょうか?」


「あれは自分達が調査のために作ったものだ。元々この星にはなかったものだからね。回収させてもらったよ」


「そうですか……あれがあれば助かるのですが……」


「さっきも言ったが、あれは私達が作ったものだよ。ここに置いていく気はないな」


「置いていく? 陛下はどこかに行かれるつもりですか?」


 ダラグゲートが慌てて聞いてくる。全くザーラバムがいた時はそっちについていたくせに、今更手のひらを返して殊勝にされても困る。


「ちょっと遠い所にね。自分達は有名になりすぎたんでね。ということで、君は再び国王へ返り咲きだよ。良かったね」


 あまり興味が無さそうにコウが言う。マナのことは、多少あおったとは言え、後先考えずにマナを使ったザーラバムが悪い。


「い、いえこの状態では国を纏められません。これだけマナが薄くなれば、作物もまともに育たなくなるでしょう。強力な魔族はろくに動けなくなるでしょう。魔族全体の存亡にも関わります。なんとか助けていただけないでしょうか」


「我々は所詮は元冒険者だよ。種の存亡とか言われても困る。それに見合うだけの対価を君が払えるとも思えない。ザーラバムが使った隕石召喚の魔法でも使えれば話は別だがね」


 天文学があまり発展していないこの惑星で、アステロイドベルトのような場所を思い浮かべるのは難しいだろう。しかし、マナが無くなるとすっかりしおらしくなってしまった。これは魔族全体にいえることなんだろうか。そうだったら、魔族は意外と早く滅びてしまうかもしれないな、と考える。


「使えますよ。直系ではありませんが、私はザーラバムの血をひいています。我が一族の切り札として、代々受け継がれてきたのです。ただ、このマナの濃度では使えませんが……?」


 ダラグゲートがその言葉を言い終わるか否かという時に、コウにがっしりと両肩をつかまれる。


「いやー。ダラグゲート君。君は何かやってくれると自分は信じていたよ」


 そこには、いい顔をして微笑むコウと、ちょっと呆れた顔をした3人の女性がいた。

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