第298話 退場

 直径約500㎞の衛星が最初はゆっくりと、そして徐々にその速度を上げて惑星へ向かって落下し始める。惑星から見たら衛星が動いているため大きさの変化が分かりにくいが、衛星から眺めると、徐々に頭上の青く輝く惑星が大きくなるのが分かる。衛星の自転は惑星をまわる公転周期と同期しているため、常に同じ面を向いているからだ。

 その衛星の中にあるマナが濃密な空洞で、ザーラバムは狂ったように笑っていた。密閉された空間といっても本来はほぼ真空に近かった。だが、今まで誰にも使われることなく溜まっていたマナによって、ザーラバムはそこに快適な空間を築いていた。


「フフフ、ワッハッハー。我の怒りを思い知るが良い。もとよりこの世界は我が救ったもの、我の手で壊してくれるわ」


 ザーラバムが世界を救ったのは完全に自分のためであるが、ザーラバムは世界に裏切られたと感じていた。そして自分より強い者が居る世界など、断じて許せるものではなかった。



「いやー。例えじゃなくて本当に世界を滅ぼそうとする奴なんているんだな。確かにあれが落下したら地上は滅ぶな。皇帝だけ再度捕まえることは可能かね?」


 他人事のようにコウが言う。


「残念ながら時間が足りません。非常に強固な結界の中に閉じこもっています。分析して解除する前に衛星の方が落下するでしょう。破壊だけなら可能ですが、その場合中にいる生命体が生きているとは思えません。生き残るように、攻撃の威力を調整している時間はありません」


「悪魔の穴の中にあったブラックホールを作って、再度閉じ込めてみたらどうかね?」


「私ではあの奇妙なブラックホールを作ることはできません。最悪の場合この惑星に影響が出るかと思います」


「トラクタービームで落下を止めることは?」


「可能ですが、どの道不審がられるのは同じでしょう。それにあの者が何か次の手を打たないとも限りません。この様な危険な手を打ってくる相手は、早急な排除が最も良い手段だと思われます」


「……なるほど。自分に対する嫌がらせなら満点だ。命がけでするようなものではないと思うがね」


「……嫌がらせではないと思いますよ。彼にとっては先ほどの出来事は、それほどの屈辱だったのでしょう」


「なあ。生け捕りにできないんじゃ、誰が攻撃するか決めてくれないかな?」


 コウとユキが話していると、サラがそう聞いてくる。マリーを含めて残念だという思いはあるものの、焦りは全くない。なぜならば生け捕りにできない以上、殺すしかないが、相手を衛星ごと消滅させるとしても、所詮は防御フィールドもない直径500㎞のただの岩の塊である。3人の内誰が攻撃しても難なく破壊できる物体だったからである。


「猶予はどれぐらいかね?」


「この惑星に影響がない範囲で考えると、ほぼ2日ですね」


「何を悩んでいるんですの?」


 今度はマリーが聞いてくる。


「いやなに。あの皇帝は世界中に、これでもかっていうぐらい破滅の宣言をしただろう。それを防いだら、どう考えても自分達が防いだと思われるんじゃないかな」


「何も知らない人は除いて、私達を知ってる人間には間違いなくそう思われるでしょうね」

 

 ユキが少し肩を落として言う。


「何か問題でもあるんですの? 常識外れの力を発揮するのは今更だと思いますけれど?」


 マリーが不思議そうな顔をする。


閾値しきいちを超えるんだよ。人が共存できる恐怖のね。巨大過ぎる力をもつ自分達は恐怖の対象となる。畏怖ではないよ。恐怖そのものの存在になるんだ。こればかりは君達では分からないかな」


 他のAIはともかく、戦闘艦のAIに恐怖の感情は組み込まれていない。論理的に理解はできるだろうが、自分に落とし込んで考えることはできないだろう。


「仮に姿を変えたとしても、超人的なパーティーが去った後、直ぐに超人的なパーティーが現れるのはおかしいからね。この惑星で帰還の手がかりを探すにしても、今までのようにはいかないだろう。いずれにしても、この姿の自分達はこの世界から退場だ」


 いつかは去る時が来るだろうとは思っていたが、他人に強制退場させられることになるとは思っていなかった。間違いなくザーラバムは強敵だったと言えよう。


「さて、ザーラバムを確実に消しつつ、衛星の一部を流星雨にすることはできるかね? この惑星全体に降り注ぐような感じで」


「随分とロマンチストな演出ですね」


「そうだな。最後なんだし派手な演出をしたい」


「最後までという感じもしますが。分かりました。最後ですから、3隻の共同作業としましょう」


「了解!」


「了解ですわ」



 衛星は徐々に落下速度を上げ、遂には地上にいる人々にも変化が分かるようになる。人々は恐怖におののき始める。

 その恐怖をザーラバムは離れた所にいながら、肌で感じていた。


「分かる、分かるぞ。滅びに瀕する者達の死の恐怖が。我が最後に聞く音楽としてふさわしい」


 ザーラバムは恍惚とした表情を浮かべる。


「?」


 だが、それは長続きはしなかった。背中に冷や汗が流れる。その瞬間猛烈な衝撃と熱がザーラバムを襲う。一瞬は耐えたが、一瞬に過ぎなかった。


「ば、馬鹿なー!」


 最後にそう言い放つと、全ての力を使い果たしたザーラバムは蒸発した。


 その日幾筋もの閃光が、近づいてくる月に向かって放たれると、月がまるで太陽のように輝き、次の瞬間粉々に砕け散った。そして世界中に光の雨となって降り注いだ。

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