第106話 緋色の湖畔亭再び

 執務室を出て階段を降り、交換所へと向かう。ロック鳥の解体を依頼するためだ。受付の前を通りがかると、レアナが声を掛けてくる。


「また直ぐ、遠くへ行かれるんですか?」


「いや、直ぐではないかな。道中に倒したモンスターがいるから、それの解体と換金が終わってからかな。今から依頼しに行くけど」


 ロック鳥は翼を畳んだら意外と小さくなったとは言え、ブラックドラゴン並に大きいし、ロックワームは消化液の洗浄が面倒だからちょっと時間が掛かるだろう。


「ちなみにお伺いしても良いですか?」


「メインはロック鳥と大きなロックワームだよ。後はオークが70体ほどあるけど」


 道すがらゴブリンやコボルトなども遭遇したら倒していたが、討伐の賞金も微々たるものだし、肉も食えないのでその場で焼いてしまっている。低ランクの冒険者が聞いたら怒り狂うような所業かもしれない。盗賊はジクス付近では倒してないので詰め所に持っていかなくてはならないだろう。


「はあ。何と言いますか、相変わらずと言いますか。スケールが大きいですね」


「そうだね。特にロック鳥の大きさはびっくりしたね。あんな大きな鳥がいるとは知ってはいたけど、実際見ると迫力が違ったね」


「そういう意味で大きいと言ったわけではないんですが……。まあ、ともかく凄いですね」


 そう無邪気に褒められると、年甲斐もなくなんだか照れてしまう。レアナの目がまるでアイドルでも見るように、きらきら光っているように見える。


「そう褒められると、照れてしまうな。まあ、そういう事だから暫くはジクスにいると思うよ」


 コウはそう言って、交換所の方へ向かう。


「話は聞こえたが、流石に換金はともかく解体は一遍には無理じゃ。倉庫に入りきれん。すまんが、3回ぐらいに分けてもらえんかのう。2日置きぐらいに来てもらえばいいから」


 交換所の老人が、コウが口を開く前にそう言う。


「では、先ずロック鳥から良いですかね。ちなみに肉は少し売った方が良いですか」


「少しというか、せめて3分の2ぐらい売ってもらえると助かる。ギルドにも面子というものがあるし、少なすぎると価格が高騰しすぎて恨まれるからのう。オークの肉も需要はいくらでもあるから、出来るだけ欲しいが、そちらはお前さん方に任せるよ」


 やっぱり、3分の2は最低ラインなのか、と残念には思ったが、ブラックドラゴンの時に同じことを経験したので、仕方ないと諦める。逆にオークは珍しくないので、殆ど売っても良かった。月に1体分も消費しないし、消費する以上に討伐できるからだ。


 倉庫にロック鳥を出し、2日後に来ることを約束して、詰め所へと向かう。詰め所に着いて盗賊の討伐の事を伝えると、ジェイクの所へと案内される。


「よう。また大勢倒したんだってな。どうせこの部屋に入らねえんだろう。会議室に行くか」


 そう言って、ジェイクは席を立ち、前と同じ会議室へ向かう。そこに出された箱に入った盗賊の生首の量を見て、ジェイクは一瞬唖然とする。100個以上あったからだ。


「よくもまあ、ああ、そう言えば南の方は農民が盗賊になったものもいたんだったな。ちょっと時間が掛かるかもしれない。1週間ほど時間をくれないか」


「ええ、良いですよ」


 モンスターの解体がそれ以上にかかりそうだったので、問題はない。コウは二つ返事で承諾する。


 詰め所を出るともう夕刻だった。今日は何を食べようかと考える。


「夕食の場所を迷ってるのでしたら“緋色の湖畔亭”に行きませんか?正直最近お肉ばかりでしたし……」


 ユキがそう言ってくる。あまり気にしてなかったが、言われて見ればそんな気がする。魚料理はゼノシアで手に入れたもの以外無かったからだ。


「そうだな。特別行きたい所があるわけでも無し、そこにしよう」


 コウはそう言って、“緋色の湖畔亭”がある街の端へと足を進めた。


 “緋色の湖畔亭”に着くと以前にもまして繁盛しているような気がする。追加で外に置くテーブルも満席のようだ。諦めて別の店にしようかと思ったが、よく見ると一番奥のテーブルが空いていたので、そこに座る。

 最初にエールを頼もうと思ってメニュー板を見ると銘柄は同じ3種類だが、冷温と常温がそれぞれ追加されていた。迷わず冷温の以前飲んだ中で一番気に入ったものを頼む。ユキ達も冷温のものを選んだ。幾つか料理も頼んでおく

 出てきたものはキンキンとまではいかないものの、飲みなれた冷たい炭酸の喉越しのエールだった。元の世界のようにぐびぐびと一気に飲む。


「くー、美味い。やはり冷えたものは美味いな」


 大分こちらの常温のエールにも慣れたが、やはりこういうものは冷えたものの方が美味しいと思う。もう少しキンキンに冷えた、凍る寸前のものが好みではあるのだが。


「おう、随分と久しぶりだな。有名人になって金を稼いだから、俺なんかの店にもう来ないのかと思ってたぜ」


 料理を運んできたのはロブだった。コウはちょっと驚く。一度しか来てない客だから覚えていないと思ってたからだ。


「いえ、ただ単にジクスに滞在する期間がなかっただけですよ。それにしてもエールを冷やして売るようになったんですね」


「それよ。俺も思いつかなかったんだが、お前さん達、ショガンの所でエールに氷を入れて冷やして飲んでたことがあるんだってな。それでせっかく設備があるから、俺も試しに冷やして売ったらバカ売れでよ。ヒントをくれたお前さん達には感謝してるんだぜ」


 そう言ってロブは大きな手でバンバンとコウの背中をたたく。確かに何度かやったことがある。味が薄くなるので結局は止めてしまったが。


「たいした礼にはならねえが、最初の一杯ぐらいは奢りだ。まあ、ゆっくりしていってくれ」


 そう言って、ロブはまた台所へと去っていった。


「調理方法での特許とかあれば、それで儲けたかもしれませんね。冷やすだけで特許が取れるかどうかは不明ですが」


 ユキが小さな声で言う。流石に戦闘艦のAIに特許関係のデータなど入れてはいない。自分も特に興味はなかったし。


「そうかもな。まあ、金に困ってるわけでもなし、良いんじゃないか」


 コウはそう言ってエールを飲み干す。いつもながら大きめの樽ジョッキだが、ペースが速かった。冷たいお酒はどうしてもペースが速くなってしまう。分かっていつつも、ついついコウは飲みすぎてしまった。

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