第105話 ランクアップの指名依頼

 次の日、昼食後最もギルドに人がいなくなる時間に冒険者ギルドへとコウ達は向かう。依頼を受けるつもりはないので普段着である。ちょっと厚着はしてきたものの、季節的にそろそろ防寒具を買っても良いかもしれない。


 ギルドの扉をくぐると、自分たちを見つけたレアナが元気よく声を掛けてくる。


「あっ、コウさん。無事戻られたんですね。南の方はちょっと前から不穏な噂が流れてたんで心配してたんですよ」


 今は、受付の前に誰もいないからか、ぶんぶんと頭の上で大きく手を振っている。


「久し振り。レアナは元気だったようだね。こちらは変わりはなかったのかな?」


「そうですねぇ、まあ、傭兵募集の依頼があった事ぐらいですかね。もう何十年も大きな戦争はなかったので、ジクスで募集されたのは私が知ってる限りは初めてですね。と言ってもここでは殆ど応募する人はいませんけど。

 それよりも、コウさん達にまた指名依頼らしいですよ。凄いですね。丁度ギルドマスターも居ますので、今から案内しますね」


 レアナの言葉を聞き、コウはやっぱりね、と思う。指名依頼が、王家所有の温泉地を襲うモンスターの討伐とかだったら良いなあ、と早くも現実逃避を始める。

 レアナはそんなコウの気持ちに気が付かず、元気よくギルドマスターの執務室へ向かう階段を上っていく。


 執務室のドアをトントントンと叩き


「ギルドマスター。“幸運の羽”の皆様をお連れしました」


 と中に呼びかける。


「いいわよ。入ってちょうだい」


 そう中から返事が返ってくる。レアナがと扉を開けてくれたので、中に入っていく。全員が中に入ると、パタンとドアが閉まった。オーロラに促されるままソファーに腰掛ける。オーロラの正面に座るのは自分だ。


「まあ、先ずは色々な活躍、ご苦労様と言っておくわ」


「ありがとうございます」


 オーロラも言ったようにこれは本題の前の挨拶みたいなものだろうから、コウも軽い気持ちで礼を言う。


「たぶんあなた達なら察しがついてると思うけど、指名依頼よ。依頼内容は魔の森の埋もれた都市の調査。更にこれが終わればAランクよ。一挙に2ランクアップなんて前例がないけど、ギルドの会議で満場一致で承諾されたわ。勿論私も賛成したうちの1人よ」


 指名依頼までは予想していたが、2ランクアップは予想外だ。2階級特進なんて悪いイメージしかない。


「突然2ランクアップなんて、何か理由があるんですか?もしかして、自分たちが全滅して2ランクアップなんて事を考えてるわけじゃないですよね」


「え?何で全滅するようなパーティーのランクを上げるの?それはまあどうでもいいけど、元々あなた達はランク詐欺と言われ出していてね。Cランクのパーティーから早くランクを上げてくれって嘆願が出てたの。それも馬鹿にできない数のね。

 それで、シンバル馬を買ってきた後にランクアップ試験をやる予定だったんだけど、王国からの指名依頼があったでしょう。で、更に活躍したじゃない。もうAランクの依頼を十分こなせるだけの実力があるのは分かったし、連続で試験をやるぐらいなら一度に上げようって事になったの。王国の後押しもあったしね。丁度いい依頼も用意してくれたし。よほど気に入られたようね」


 とりあえず、この世界には2階級特進の習慣はないらしい。軍隊は別かも知れないが。


「ちなみに、試験という事はどこかのパーティーが一緒なんですかね」


 前回みたいに短期ならともかく、今回のように長期にわたる冒険には、あまり他人は入れたくないというのがコウの本音だ。もし、他のパーティーと同時行動が必要だったら、断る事も考えるべきだろう。


「いいえ、今回はあなた達だけの行動になるわ。そんなに長く拘束できるようなAランクパーティーもいないし。それに、もうAランクになるには十分な力があることは証明されてるから。

 極端な話、魔の森に入って適当にモンスターを倒して、適当に時間をつぶして、適当に遺跡を調査すればそれで成功よ。遺跡を全部調べろってわけじゃないし、位置も正確じゃないから、見つからなかったで、帰ってきてもそれでお終い。合否の判定は私に一任されてるから、よほどのことがない限り不合格になんかしないわ。

 それと同行のパーティーはいないから報酬は全部あなた達のものよ。まあ、今のあなた達にとっては端金でしょうけどね。依頼料は相場の30金貨よ」


「随分と自分たちを高く評価していただいてるんですね」


「そう?寧ろ過小評価してないか心配なぐらいだけど。今まで常識外れの活躍をしてるけど、あれがあなた達の全力というわけじゃないでしょう?もしそうだったら、私はギルドマスターを引退するわ」


 どこまで自分たちの能力が知られているか分からないが、なかなか食えない人だとコウは思う。しかも、指名依頼とはなっているが、相当オーロラの助言があったのだろう。Cランクの試験と比べても自由度がありすぎるし、合格の条件も緩く、自分たちが断りにくいようにされている。とても国が出した依頼とは思えない。

 強いて言えば報酬ぐらいだろうが、それも昇格試験なのにきっちり用意されている。この条件で断ったら自分達に悪評が立つだろう。もしかしたら丸投げされたのかもしれないが、それはそれでオーロラがそれだけ国に重用されているということだ。流石にこれは断れないな、とコウとしてはしてやられた気分になった。まあ、今敵対したくはない、と思っているせいでもあるが。


「分かりました。一応大体の位置は教えてもらえるんでしょう?」


 適当にと言われても、魔の森自体が広いので、適当具合が分からない。


「勿論よ。ちょっと待ってちょうだい」


 そう言ってオーロラは机に向かい、引き出しから丸まった羊皮紙を取り出す。再びファーに座り、コウ達の前に羊皮紙を広げると、それは手書きの地図だった。


「調べてほしい遺跡は、このバツ印がついているところ。と言っても街道とかがあるわけじゃないから、着くだけでも大変でしょうけどね。一応何か目印になるようなものは書いてあるけど……。だから、たとえ見つける事ができなくても不合格にはならないわ。ただ最低でも1ヶ月は探索してね。まあ普通のパーティーだったら1ヶ月魔の森で過ごすというだけでも大変なのだけれど、あなた達なら大丈夫でしょう?」


 地図はコウ達から見たらまるで子供のおままごとのような物だった。正確な方向も、距離も標高も何もない。大体地図自体が正確ではないし、縮尺もいい加減だ。ただ、幾つかの目印と、そこまで何日という表記があるぐらいだった。

 もし士官学校でこんな地図を描いて提出する者がいたら、怒られるどころか教官に対する侮辱若しくは反抗罪で処罰ものだ。だが、この世界ではこれが普通なのだろう。オーロラがからかっている様子はない。


「そうですね。それで、いつから出発すればいいんですか?」


「特に制限はないわ。あなた達も旅から帰ってきたばかりだし、暫くゆっくりしたらどうかしら?まあ、指名依頼だから1ヶ月は長いかもしれないけど、2週間ぐらいだったら文句はないはずよ」


 随分と融通の利く指名依頼だ、主目的が埋もれた都市の探索ではないからだろう。まあ、どの道、魔の森には行ってみるつもりだったので、異論はない。ただ2週間では温泉地まで行ってゆっくりする事は無理そうだ。いっその事遺跡に温泉でもあればよいのだが、と思うコウであった。


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