第107話 そうだ釣りに行こう!

 次の日コウが目を覚ますと、すでにお昼に近い時間だった。他の3人はすでに起きて談笑している。正確には他の3人は眠っているわけではないので、すでに起きているというのも変な表現だが。


「今日はどうされますか?以前のように怠惰に過ごしますか。全部の解体が終わるまで6日かかる予定ですから、結構ゆっくりできますよ」


ソファーにコウが腰掛けると、何時ものように紅茶を入れながらユキが聞いてくる。


「そうだなあ、今日はちょっと街を出て、釣りでもしようかなと考えている」


「前みたいに、どっかであたいの剣で、マリーの盾を叩くのかい?」


 コウの答えにサラがそう聞いてくる。


「あれは釣りじゃなくて、漁だな。今回やりたいのはレジャーとしての釣りだな」


 川に釣竿を垂らして、魚を釣る。元の世界ではかなり贅沢な趣味なので、やったことがなかったが、今なら普通に出来る。


「残念ですが、そういう事でしたら、朝早く起きるか、前の晩から釣る場所に行って、朝早くから釣らないと難しいみたいですよ。漁も朝早くが勝負みたいですし」


 コウの案にユキからダメ出しが入る。やったことがない趣味だったので知らなかった。


「それに、利権が絡んでいないか調査する必要もあると思います。この間みたいに、普段誰も立ち寄らない所なら大丈夫なんでしょうが」


「じゃあ、今日は調査をして、道具を買いに行こうか。ショガンなら知っているかな」


 冒険者ギルドでも聞ける気がするが、何となく遊びの情報を聞いていたら、他の冒険者から変な恨みを買いそうな気がする。ショガンがダメならロブに聞いてみよう。


 昼食を取りに下のレストランへと降りていく。サンドイッチやスープなど適当なものを頼んだ後、料理長のショガンに会えるかどうか聞いてみる。昼休みなら大丈夫との事だった。勿論料理人の昼休みなので、通常の昼飯時ではなく、昼食事と夕食時の中間ぐらいの時間だ。急いでいるわけではないので、紅茶を楽しみながら待つことにする。


 約束の時間になると、厨房へ顔を出す。こういった話はあまりレストランの方ではしない方が良いと思ったためだ。


「何か面倒ごとか?」


 いつものようにぶっきらぼうにショガンが聞いてくる。


「面倒事というわけではないですが、釣りをしてみたいと思いましてね。網とかで捕るわけじゃなく、釣り竿を垂らして釣る釣りです。勝手にやったらダメかと思いまして、そのあたりショガンさんならご存じないかなあと」

「はあ、そんな釣りだなんて、お貴族様みたいなことするんだな。まあ、お前達には今更常識を言ってもしょうがないか。確かにこの辺りで大人が勝手に釣ったら漁師に怒られる。と言うか罰金だな。

 通常は、と言ってもジクスであんまりやる奴はいねえが、漁師に金をやって、その漁師の漁をしている場所を借りるんだ。相場は大体漁師が1日稼ぐ分だな。それは何を普段捕ってるかで違う、船が大きくなればなるほど払う金額も大きい。この辺りだと、パズールア湖に船を出してる漁師に話をするのが一番早いんじゃねえかな。この近くの川の漁は船を使うようなもんじゃないし、使っていても1人乗りくらいだからな」


 ショガンは乱暴な口調ながら、丁寧に教えてくれる。後、何人か漁師も教えてくれた。しかしこの世界でも釣竿を垂らして釣りをするというのは、子供は別にして、一般人はあまりやらないらしい。正確には大物釣りはそうするらしいが、素人がやって釣れるようなものではないそうだ。

 

 ショガンが教えてくれた漁師の1人と話をつける。漁師を合わせて5人がゆうに乗れる船を持ってる漁師だ。釣竿も用意してくれるそうだ。というか、この世界でも贅沢な趣味なので店がない。普段は3人で漁に出かけているそうだ。その分稼ぎも多いので、料金は1日5銀貨だった。兵士の収入が月10銀貨から20銀貨だから、かなりお金がかかる趣味の中に入るだろう。


 出発は夕方近くに街を出て、湖岸の漁師小屋で宿泊し、朝早く出るというスケジュールだ。今日いきなり行くのは慌ただしいし、明日はギルドにロック鳥の解体物を引き取り、次のものを渡さなければならないので、明後日いくことにする。

 釣れた魚をショガンかロブに料理してもらって、解体作業が終わるまでだらだら過ごすことにする。


 ちなみに今日はドラゴンの肉料理をショガンに頼んだ。珍しい食材で料理ができるためか、かなり嬉しそうだった。魔の森に行く前に、ロック鳥と、ロックワームの料理も頼みたい。


 漁師と話をつけるとそろそろ夕食の時間だったので宿に帰る。ショガンがドラゴンの肉をどう料理してくれるのか楽しみだ。


 部屋に料理が準備できたと連絡が入ると、直ぐに下りていく。

 最初に出てきた料理は、薄く切った生肉と、野菜をあえたものだった。生肉と言ってもきちんと味付けがされている。野菜もドラゴンの肉に負けないようにするためか、普段より高級なものを使ってる気がする。


「ふむ、肉もこうやって食べると、前菜として軽く食べられるもんなんだな」


「そうですね。ショガンさんの腕があってこそなんでしょうが」


 あっさり系が好きなユキも美味しそうに食べている。


「ショガンの調理法を真似たらダメかな?自分たちのエールを冷やすのも真似られたしさ」


 サラが冒険中にも食べたいのか、そう聞いてくる。


「いや、ダメだろう。それとこれとではレベルが違う。まあ、料理法が何かのデータとして売っているのなら良いけどね。そんなことはないだろうからな。これは料理人にきちんと対価を払って味わう料理だ」


 コウはそう言って、サラの案を却下する。本心を言えばそうしたいのは山々だったが、良心がギリギリのところで踏ん張っていた。

 次に野菜を生肉で巻いたもの、軽く炒めたもの、スープなどが運ばれてきて、遂にメインが運ばれてくる。やはりステーキだ。ドラゴンと言ったらやはりこれらしい。自分達が野外で食べた時も今までにない美味しさだと思ったが、やはりプロにかかると焼き加減までこだわっていて、美味しさのレベルが違う。


「ああ、幸せですわ~」


 マリーが妙に艶っぽい口調で、目をとろんとさせながら言う。普段ほとんど表情を表さないユキですらも、今回は他の人にもはっきりとわかるぐらいの笑顔をしている。前回自分たちで焼いた時よりも醸し出す色気が数段上だ。

 一流の料理人が作ったドラゴンステーキの破壊力は抜群だった。たぶん自分も締まりのない顔をしているだろう。それでも、2度目だからこの程度で済んでいるのだ。野外で一度食べていなかったら叫んでいたかもしれない。


 ただ残念な事に、自分たちを見て他の客の注文が止まってしまったため、レストランの営業時間内に、特別料理を食べるのを禁止されてしまったのであった。

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