第108話 パズールア湖での釣り

 いよいよ釣りの日だ。昨日は夕方から街を出て、暗くなる頃に漁師小屋の所まで来た。漁師小屋は漁具の他は3人が雑魚寝ができるスペースがあるだけだったので、自分達はいつものように、マジックテントで寝た。ネーリーが驚いたように漁師達も驚いていた。

 

 朝は結構冷える季節になっている。湖から湯気のように水蒸気が立ち上り、辺りを覆いつくしていた。通常の肉眼では視界20mと言うところだろう。漁師たちは慣れているのか、自分たちの船へと迷いなく進んでいく。

 自分たちが乗るのは2本マストの結構立派な船だ。周りの船から見ても大きい方に入るようだ。いつもは網や魚を入れる籠などを運び込むそうだが、今回はそれが無いので漁師を入れて8人乗っても狭いという感じはしない。


 ここまで大きいと、普段から桟橋につないでおくらしい。陸から湖まで押し出すのは無理なようだった。周りの船も出港し始めている。


「じゃあ、出港するぜ」


 そう言って桟橋を木の棒で押すと反動で船が離れていく。漁港から出る間は他の船に当たらないようオールで静かに進んでいたが、船の間隔が広がるとマストに帆を張り、スピードを上げて湖を進み始める。その頃には靄の中から太陽が見え始めていた。


 30分ほども進むと釣り場へと到着する。竿を貸してもらうが、釣り針を見る限り結構大型の魚用の物のようだ。


「この辺りはどんな魚が捕れるんですか?」


 釣り針に餌をつけて、湖に垂らしながら、船主に聞いてみる。まあ、世間話だ。


「まあ、基本的にトリアステだな。たまに大物でテキアも釣れるがな。テキアを釣ろうとするならその餌じゃなくて、小魚を餌にしなきゃだめだな。大物を狙ってみるかい?」


 両方とも以前王都で食べた魚だ。テキアは1m以上ある大物だったはずだ。だが、初めての釣りなので、自分は大物より堅実にいきたいのでそのままにする。


「じゃあ、あたいはそのテキアという大物狙いで」


「わたくしもそうしますわ」


 サラとマリーが張り合うように大物狙いを宣言する。


「私はトリアステを狙います。釣り自体が初めてですし、お刺身もおいしかったですから」


 ユキは私と同じく堅実にいくようだ。


「ほう、刺身が好きなのか。そうだな。トリアステが釣れたら、その場で〆て刺身にしてやるよ。流石に上品に盛り付けは無理だが、獲れたてのものは歯ごたえがあって、他じゃなかなか味わえない味だぜ。まあ、ちょっと時間が経った方が美味いと言う奴もいるけどよ」


 漁師の1人が、ユキに良いところを見せようとしてかそう言ってくる。ユキの目がギラリと、キラリではなく、光った気がする。そして真剣な表情で釣り糸を垂れる。


 サラとマリーの方は漁師が投げ網を投げて捕まえた小魚を餌にしている。10㎝ぐらいの魚が一投げで10匹ほど網にかかっていた。この程度の大きさだと1匹いくらではなく、Kg単位で売買されるので、労力の割にはあまり儲からないそうだ。そうは言っても大型魚は網を使っても日に何匹も獲れるものじゃないらしい。


「ブナやコヌイなんかも釣れるんですかね」


 釣竿を垂らしておくだけだと暇なので、コウは漁師に話しかける。


「まあ、釣れないことはないかもしれないが、どちらかと言うと湖じゃなくて川の方に住む魚だからな。俺たちが漁をしててもたまに網にかかる程度だな。あれは子供たちが小遣い稼ぎに川で捕るもんだ。値段もあまり高くないしな」


 そう漁師が説明してくれる。まあ、確かにブナの値段を考えたら、よほど大量にとらないと生活できないだろう。


 そうこうしているうちに、当たりが伝わる。電動リールのような便利なものはないので、竿を動かし、手で糸を巻き取り、糸が切れないよう慎重に釣りあげていく。結構な大物のようだ、格闘すること10分、1m近い魚影が浮かび上がってくる。ここまで来たら手網ですくうだけだと思ったら、いきなり漁師が、銛を突き刺した。


「こりゃ、メリナだな。水面から出しちまうと、毒針を飛ばしてくることがあるんだ。身は臭くて食えねえ。折角の獲物だったのに残念だったな」


 まあ、最初から上手くはいかないだろう。残念と思いながら餌をつけなおし竿を垂れる。自分が当たりがあってしばらくして、ユキの方に当たりが出る。ユキの方も結構大物のようだ。釣りあげると70㎝程の魚だった。


「ほう、こりゃ大物のトリアステだな。ここまでのものは漁をしててもなかなかお目にかかれねえぜ。早速〆て刺身にするか」


 そう言って自分とユキについていた漁師は、船内へと入っていく。ちなみに自分とユキについているのが、この船の船主でこの船の漁師の頭である。サラとマリーにはその部下が1人ずつ付いていた。どちらも甲斐甲斐しく世話をしている。下心丸出しだ。


 10分もしないうちに、大皿に盛られた刺身が出てくる。こうなってもまだわずかに生命反応があり、ピクピクと僅かながら動いている。魚の生命力恐るべしである。


「漁師以外じゃ、王都の高級レストランでしか味わえない生き造りだぜ、早く食べな」


 そう言われて、自分の釣りに集中できるほど、釣りが好きなわけじゃない。他人の手柄だろうと貰えるものは貰っておく。コウは直ぐに生き造りの方へ向かう。サラとマリーも同じ考えのようだ。


 小皿に入れられた黒い調味料につけて、早速食べてみる。確かにコリコリして歯ごたえがある。ただ旨味自体は王都で食べた魚の方が上のような気がした。もっともそれは好みの問題だろう。


 この日ユキは大物のトリアステを5匹釣り、サラとマリーも1m超えのテキアを2匹ずつ釣ることができた。自分はある意味珍しくはあるものの、毒があったり、骨が多くて食べる部分が無かったり、そもそも魚でなく薄っぺらい海老のような物だったりで、食べられるものを釣ることはできなかった……。


 船主が帰りに不思議そうに言う。


「おかしいなあ。兄ちゃんあんな珍しいものが釣れるのに、なんで普通の魚が釣れないんだ?」


 自分に聞かれても知るか!と言いたい。聞きたいのはこちらである。寧ろ、漁師たちが結託して自分をハブってないか疑うレベルだ。だがまあ、3人が楽しんでたようで何よりだとコウは思う事にした。

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