第279話 魔王城にて

 魔王城の謁見の間の床に魔法陣が浮かび上がると、魔王ダラグゲートとその配下8人が現れる。ダラグゲートは重い足取りで王座に向かうと、どっかりと腰を下ろす。配下の者達もだらしなく床に座るが、それを責めもしない。今は何をするのも億劫に感じたが、僅かに残った気力をふり絞って、ノバルを呼び出す。


 ノバルは謁見の間に入ると、驚きの余り言葉を失う。床にだらしなく魔王軍の中でも最強と名高い将軍たちが座っており、王座に座っている父である魔王もそれを咎めようとはしていない。皆生気が無くうつろな目をしており、ボロボロと言っても良い服装をしてる。いったい何が起きたのだろうか。不思議に思ったノバルはダラグゲートに尋ねる。


「陛下。いったい何事が起きたのでしょうか?」


「もう陛下と呼ばれる身分ではない。宰相の位は得たがな。強いて言えば閣下か? まあどうでもよいことだ。好きに呼べばいい」


 今まででは考えられないほどやる気がなく、投げ遣りな口調でそう答えてくる。


「それだけでは分かりません。いったい軍はどうなったのですか?そして父上が王ではなく宰相となるとは何が起きたのですか?」


 とりあえず、呼び方を父上に変える。今まで公式の場でそんなことを言おうものなら、激しい叱責が飛んできたところだが、今は気にした様子もない。


「人間たちに対する征服軍は全滅した。だが、人間たちはこのハンデルナ大陸を直接治めるつもりは無いらしい。私は新しく王となった者に宰相の役を命じられた。そして、新しい王の下でのハンデルナ大陸の統一と、人間達及び他種族への侵略行為の停止、及び不当な奴隷扱いの禁止を命じられた。そして、これからは税を徴収するのではなく、納める立場となる」


「それを受け入れたのですか!」


 たとえ一度負けたとしても、ノバルとしては到底受け入れられない案だった。父にとってもそうだったに違いないのに、信じがたいことに受け入れているようだった。しかも父だけではない。父と一緒に帰ってきた8人の将軍もそれを受け入れてるようだ。魔王軍の中でも飛びぬけた力を誇っていた者達がである。


「そうだな。受け入れた。そして、これ以降はそれに沿って行動する。反抗する者はこの私が率先して潰して回る」


「納得できません。せめて、新しい王に目通りを願いたい」


 その王が本当に強者であったなら、ノバルとしても直ぐには納得できないにしても、従うことにやぶさかではない。


「それは無理だな。統治自体に興味がないそうだ。我々に命じられたのは、先ほどのことと、王の行動を邪魔しないことだけだ。命令を守る限り干渉はしないらしい。なんとも寛大な王よな」


 ダラグゲートは自嘲気味にそう答える。それを聞いていたノバルはダラグゲートを睨みつけて言い放つ。


「腑抜けたか! ならば、その王座はお前には相応しくない。早々に別の者に譲るが良い」


「ふむ。構わんぞ。なんなら貴様が座るか? だが、私は貴様の下に付く気はないのでな、少なくとも私を倒してから着け。そうでなければそこにいる将軍たちも納得すまい」


 王座からノバルを睥睨するその眼は、気だるげだったが、それでもノバルを押し留めるだけの眼光を放っていた。少なくとも1対1では父にはかなわない。だが、何も1対1で戦う必要は無いのだ。父も人間と1対1で戦って負けたわけではないだろう。ノバルはそう考えると、挨拶もなしにくるりと向きを変える。


「そのような屈辱的な命令を全軍が受け入れたわけがない。私は心ある者達と共にお前をいずれその場所から引きずりおろす」


 ダラグゲートに背を向けたまま、ノバルはそう言い放つ。


「それは楽しみなことだな。その心ある者達が集まるとよいな。ああ、私が連れていった者達の残りに期待しても無駄だぞ。残りはここ居る者で全部だ」


「なっ!」


 余りのことに、ノバルは振り返って、再びダラグゲートの方を見る。


「だから、遠征軍の生き残りはこれで全部だ。もしかしたら、私が気付かなかっただけで、後2、3人ぐらいはいるかもしれぬな。だがお前の役には立つまい。全く人間の中には恐ろしい者が居るものだ。非情と言われた私ですら、1万を超える数を殺すのは躊躇するのにな」


 ダラグゲートがそう呟く。ただ、ダラグゲートは勘違いしていたが、コウは敵に対して容赦がないだけで、降伏した敵を殺すようなことや、何かの腹いせに虐殺するようなことはしない。

 だが、ダラグゲートにとっては同じことだった。元々人殺しが悪いとは思ってないのだ。大勢を殺すのをためらうのも、可哀想という感情ではなく、ただ単にそれだけの人数を殺したら、国力が大幅に下がるからであった。実際15万の精鋭を失ったこの国はダラグゲートの生きている間は元の軍事力に戻る可能性は低い。単なる雑兵ならともかく魔族の精鋭は100年やそこらで育つものではないのだ。それに魔族は人間と違い出生率自体が低い。人数自体が簡単には増えない。


「それだけの部下を殺され、おめおめと良く帰ってこれたな。堕落したものだ」


 再びノバルは悪態をつく。だが、それにダラグゲートは特に何か反応するわけではなかった。


「言いたいことはそれで全部か? 大口をたたいた以上この部屋から出ていけば、二度と無事には入らせんぞ。他に言いたいことがあるなら言っておけ。今なら大人しく聞いてやろう」


 やる気のないダラグゲートの様子にノバルは益々怒りが湧き起こる。だが、結局何も言うことなく部屋を出ていった。


「お前達もノバルに賛同する者は出ていってもかまわんぞ。思うところがある者もいるであろう?」


 生き残った者の中にはかつてダラグゲートの敵だった者もいる。だが、誰一人として部屋から出て行くどころか、立ち上がる者さえいなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る