第278話 ルエンナ―ル野の合戦(戦後処理)
伝説の存在だった魔族との会合。恐らく有史以来初めてのことだろう。人間側のノベルニア伯爵とサホーヤ伯爵の顔は晴れやかであったが、一方の魔族側は暗澹たるものだった。そもそも魔王の格好からして、最早取り繕うこともできずボロボロであり、供の者も生き残った者8人だけである。
「では、国境線を決めたいと思いますが如何でしょうか?」
進行役のコウが両者に尋ねる。本来なら人間側の代表はナリーフ皇帝なのだろうが、両伯爵ともナリーフ帝国に属していながら、皇帝に報告もせずに国境線を決めることに、何のためらいもない。これを機に両国とも完全に独立するつもりかも知れない。
「私どもは構いませんが、まずは貴国、ジシア魔王国でしたかな、そこの地図を出していただきたいですな」
この世界で地図というのは大変な価値を持つ。それを自分の意思に反して見られるというのは屈辱以外何者でもなかった。だが、ダラグゲートが躊躇っている間に、両者の間にあったテーブルに今まで見たこともないような詳細な、ハンデルナ大陸全土の地図が映し出される。羊皮紙に描かれた地図では省略されるような、小さな河川や沼などもちゃんと表記されている。
余りの詳細な地図にダラグゲートが驚いていると、コウが何事もなかったかのように、会議を進行させる。
「では、境界線についてそれぞれ希望を述べてください」
コウとしてはダラグゲートが地図を出すことを迷っているのは分かっていたが、どうせ迷った末出てくるのは、コウにとっては落書きのような地図である。そんな物で国境線を決めるつもりはないので、さっさと話を進めるために地図をテーブルに投影しただけのことである。
「こちらの意見はない。すべてお前達の好きにするがいい。もっとも、惨めな敗者である私が決めた通りに、魔族全部が従うかどうかは分からぬがな」
「それはどういう意味ですかな?」
サホーヤ伯爵がダラグゲートに尋ねる。
「そのままの意味だ。私がこの大陸を統一できたのは、私が魔族の中で最も強かったからだ。それを至る所で、見せてきた。それ故に他の魔族は従った。だが、今回私は敗れた。王とは言え敗者になったからには、何の権力も無いに等しい。ここで何か決めたとしても、従わぬ魔族は多いだろう。その筆頭が我が子たちだろうな。
今後、あちらこちらで統一前のように小競り合いが起こる。お前達はせいぜいそれを一つずつ治めていくがいい。自らが最強だと示しながらな」
ダラグゲートは投げ遣りにそう言い放つと、乾いた笑い声をあげる。
面倒臭い種族だな。コウが最初に思い浮かんだのはその言葉だった。事前に情報は多少なりとも情報はあったとはいえ、ここまで脳筋な種族だとは思わなかった。
「サホーヤ伯爵はどうされますか?」
コウはサホーヤ伯爵に話を振る。何せ、ノベルニア伯爵は領土を得るとしても飛び地になるため、領土に関しては余り欲しいとは思わないだろう。せいぜい鉱物資源に関する利権を主張するだけに違いない。ましてや、その地を治めるためには個人の力を示す必要があるならなおさらだ。そう考えてサホーヤ伯爵の方に期待した。
「う、うむ。私としてはこの平原より南が自領と確定すれば文句は無いですな。個人的に優れた力量の部下もおらぬ故……」
こいつ日和やがった。コウはサホーヤ伯爵に対してそう思う。恐らく最初に攻め込んだババザットと呼ばれた魔族を思い出して、自分には手に負えないと判断したのだろう。その判断は正しいかもしれないが、少し腹が立つ。
サホーヤ伯爵は決して領土欲が少ない人物ではない。寧ろ大きい方だろう。だが、魔族との戦いと魔族の考え方を聞いて、即座に統治はマイナスになると判断した。その辺りは知らず知らず魔族の助力を受けてたと言え、半独立国にまで伯爵領を発展させた人物だけはある。
「いっそうのことコウ殿達が統治されてはいかがですかな? 魔族も納得するでしょうし、私共も安心できますが」
ノベルニア伯爵がそう意見を述べる。隣でサホーヤ伯爵も妙案だというように頷いている。確かに非常に有用な意見だ。自分が当事者でなければだが……そもそもそういうのが面倒臭いから戦争に介入したのに、これでは本末転倒になってしまう。
だが、このままでは悪戯に時間が過ぎていくだけで何も決まりそうにないのは、容易に推測できる。なので、仕方なくコウは妥協案を出す。
「自分が統治すれば、少なくともここにいる全員が納得するんですかね?」
「少なくとも私に異論はない。この中で私が強さを測れぬ者がお前たちの中に4人いる。壁を突破したババザットを倒したのはその4人の中の誰かだろう。そしてそのリーダーがそちらのコウというものだろう。そうであれば、私に異論はない。そもそも理由を言ったが、敗残者の分際で自分の意見を通そうとも思わん。最初に言った通り好きにするがいい」
魔王は迷いなくそう答える。
「私は元々協力する立場でしたからね。戦費として少々鉱物資源を頂きたいですが、それ以外はサホーヤ伯爵にお任せしますよ」
ノベルニア伯爵も半分他人事だ。そもそも元よりサホーヤ伯爵領が魔族に占領されたら困るから参加したのであって、それを阻止することがかなった今、あれこれ言って混乱させるつもりもなかった。
「私も先ほど述べた条件が守られれば問題無いですな。コウ殿にとっても大陸の覇者となれる立身出世の機会ですぞ。悪い話ではありますまい」
サホーヤ伯爵も、見かけは欲深な貴族といった雰囲気を纏っているのに、堅実な答えを述べる。いや、欲深だからこそ損得勘定には敏感なのだろうか。
多分、これ以上話し合っても結論はあまり変わらないだろう。ならば自分のやることはただ一つだった。
「分かりました。全員の言い分を聞いて、私が統治者になりましょう。但し条件としてダラグゲートさんは部下になってもらいます。私の片腕となって私の意志に反する者を鎮圧してもらいましょう。一度やったことです。できなくはないでしょう?報酬はこのハンデルナ大陸の半分をあなたにあげましょう」
本当なら世界の半分をやろう、と言いたいところだが、言えるはずもなく、現実的な提案をするにとどめる。
それでもダラグゲートにとっては破格の条件だったようだ。驚いた顔をしている。
「それで良いのか? もう一度ハンデルナ大陸を統一した暁には、再度侵略するかもしれんぞ」
実質身分は据え置きである。そういったことも可能だろう。
「何度も同じことをするつもりは無いので、その時は私達の一人が本気で相手しますよ」
それは、魔王軍の壊滅した戦いでも、コウ達が本気を出していないということを物語っていた。しかも、コウ達全員がではなく、その内の一人が相手をする、と言ったのだ。魔王ダラグゲートはコウ達に今まで感じたことの無い、寒気を伴う感情を抱く。恐怖というものだった。
そして、ダラグゲートはコウの提案を承諾した。
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