第277話 ルエンナ―ル野の合戦7

 銀河連邦士官学校にて講義が行われていた。そしてそこで帝国との戦いについての所見を述べる時間があった。


「士官候補生。この戦争の鍵は士気にあるというのかね。精神論など時代錯誤も甚だしいと思うが」


「ですが、教官殿。戦争に勝つための条件は、数、練度、装備、士気であります。戦略戦術はそれを正確に把握したうえで、最大限に発揮できるようにできるのが最良であります。兵站を整えるのも、地の利を生かすのもその一つでしょう」


 教官に異論を唱えるのは、若い士官候補生だった。年齢は50にも満たないだろう。この世界は外見で年齢を推察するのは難しいが、若者独特の纏う雰囲気というものがある。


「確かに士気は大事だ。だが、連邦軍の士気は高い。それ故に装備が勝っている帝国にも持ちこたえている」


 装備の面についてはほんのわずかな差ではあったが、帝国の方が技術的に進んでいた。それでも連邦軍が持ちこたえているというのは、防御側という地の利と、数によるところが大きい。練度に関しては最高レベルまで鍛えてはいるが、AIの差から帝国の方が上だった。そして残る士気であるが、これは連邦軍のほうが圧倒的に高かった。連邦軍は帝国に与するまいと、文字通り死に物狂いだったが、帝国の方は中央の命令を淡々とこなすのが最重要とされていたためだ。

 ただ技術力の勝る相手が定石通りに、淡々と攻め込んでくることは、防御側にとって悪夢だ。それ故に善戦はしているものの、なんとか持ちこたえている、というのが現状であり、少しずつではあるが、劣勢に立たされていた。

 連邦の戦略級AIの予想では500年以内の敗北が予測されている。それ故にあらゆる外交努力がなされたが、帝国は無条件降伏以外を一切拒否している。


「はい。連邦軍の士気はこれ以上にない高さだと思われます」


「ではこれ以上どうやって士気を上げるのかね?」


「こちらの士気がこれ以上上がらなければ、相手の士気を下げれば良いのです」


「それができれば苦労はしないよ。残念ながら敵の戦略級AIの方が一枚上手だ。ハラスメント攻撃も効果はない」


 連邦軍は地の利を生かして、奇襲やハラスメント攻撃をしているが、未だこれといった成果を上げられないでいた。


「そうですね。難しいと思います。ですが、何も戦略的や戦術的に意味のある行動をとらなくても良いのではないでしょうか?」


「具体的には?」


「そうですね。戦闘前もしくは戦闘中でも良いですが、意味のない行動をしたらどうでしょうか。例えば人気歌手の巨大な立体映像に戦闘中に歌わせるとか」


「それに何の意味があるのかね?」


「ですから、意味なんてありませんよ。まあ、連邦軍にとってはちょっとしたリラックス効果はあるかもしれませんね。ですが、敵は何の意味があるか探るでしょう。そしていくら探しても答えは見つからない。何せ意味がないんですから。

 そしてなんとか答えを得ようとすれば、そこにリソースが割かれます。そうすれば我が軍の勝率も僅かですが高くなるでしょう。そして勝率の変化があれば、益々リソースを割いて調査するでしょう。最終的には、自分がリソースを割いたことで勝率が変わったことを知れば、帝国のAIは自分の次の行動に疑念を持つようになるでしょう。つまり士気が下がったのと同じことです」


「帝国の戦略級AIを騙そうというのかね」


「騙すだなんて人聞きの悪い。ただのジョークですよ。帝国の戦略や戦術には面白みのかけらもありません。よほどお堅いAIらしい。そんなお堅いAIがジョークを理解するかどうか知ってみたいという知的好奇心です。後はそうですね。墓穴を掘ったAIの顔を見たいというのはありますが、これは無理でしょうね」


「君は、噂通りの人物だな。だが、君の提案は興味深い。論文として纏めてきなさい」


 教官はため息とともにそう告げる。後日、この作戦は実行され、帝国に混乱を招き、連邦が技術的に帝国に追いつく貴重な時間を稼ぐことになった。



「なかなか上手くいったな」


 コウは罠が思った通りに発動して上機嫌だった。ほんのちょっぴりだが、15万のヒューマノイド型知的生命体を殺したことに、心を痛めないでもなかったが、相手もこちらを皆殺しだと言っていたことだし、それが自分に返ってきただけのことだ。因果応報という奴である。そのうち自分にも返ってくるだろうが、できるだけそれは先延ばしにするつもりだ。


「相変わらず趣味が悪いと思います。魔王は笑いながら泣いていますよ」


「魔王ってさ、すっげー悪い奴、みたいなイメージがあったんだけどさ……なんか今の姿を見てるとちょっとかわいそうかなと思えてしまうぜ」


「わたくしもですわ。今まで直接敵の指揮官と話したことはありませんけど、コウに負けた時の敵の指揮官もこんな顔をしていたのでしょうか」


 完勝だというのに、AI達の反応は今一つだ。矢張り相手が帝国ではないためだろうか?


「失礼な奴らだな。然しそれはそうとこの星の住人はどうなっているのかね? 飛ぶまでならともかく、噴火の直撃にも耐えた者が居るが……」


 ちょっとした爆発なら運よく生き残るものもいるだろう。だが、生身で噴火の直撃を受けて生きてるというのが信じられなかった。ドラゴンのように異形の姿ではなく、殆ど人と姿が変わらないだけにかえって不気味だ。


「魔法の賜物としか言いようがありませんね。魔法を科学に置き換えたら私達も似たようなものでは?」


「それもそうだな。さて、後は戦後処理だな。とりあえず、不時着した船のある部分までは人間の勢力圏にしてもらおう。ボロボロになってる可能性が高いからな。調査中に戦闘になって大事なデータが壊れてしまっては話にならん」


「そうですね。軍も全滅したことですし。魔王もあんな調子ですから、結構すんなりと纏まるのではないでしょうか」


 コウ達はそう言い合いながら、味方の軍へと戻っていった。

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