第276話 ルエンナ―ル野の合戦6

 自軍を撤退させたダラグゲートはイライラしていた。撤退をしなければならなかったというのもあるし、予想外に魔力を消耗したというのもある。ここのマナの濃度からすると、休んだとしても、魔力は回復しない。寧ろ徐々に減っていくレベルだ。その貴重な魔力を使わせられた挙句、戦果は何も挙げられていない。死傷者は全体の1割程度であり、まだ余力はある。だが攻撃の糸口をつかめないでいた。

 忌々しいが自分の子供たちを頼るしかない。魔王ダラグゲートは椅子に寄りかかり瞑想するように目を瞑ると人間の近くで活動していた子供ノバルとウィーレに念話を飛ばす。

(聞け。お前たちに聞きたいことがある。人間たちが壁を作り奇妙な魔法を使っている。何か知らぬか? なんでもよい、知っていたら教えよ)


 まったく我が子に命運を頼ることになるとは……人間どもは全て地獄を味わわせてやる。そう思いながらダラグゲートは城壁の映像を送る。正確な情報を得るために自軍が無様にやられていく様を付けてである。はらわたが煮えくり返りそうだった。


(マントを卸していたマジックアイテム屋の店主に聞いたことがあります。恐らく強化魔法と修復魔法と呼ばれるものかと)


 暫く待つとノバルから返事がくる。


(ほう。対策はあるのか?)


(はい。人間達の使う魔法にあるようです。マジックアイテムもあるようです。ただ、どちらも、今すぐ私に手に入れられるものではありません)


(それに関しましては、私がお力になれるかと。昔人間たちの間で流行った魔法ですが、対策する魔法やマジックアイテムが開発されてからは、廃れたと聞いております。ですが、念の為かマジックアイテムはどの国も持っているようです。私が今いる国にもあるでしょう)


(よし、探し出してすぐに送れ)


 ダラグゲートはウィーレに命令する。本来なら魔法の方を自分で使いたいところだが、知っている者に教わる時間も、そして練習する時間もない。やむを得ない所であった。



 イライラしている上に、魔力が回復するどころかじりじりと減っていく状態のため、長く感じられたが、3日後にそのマジックアイテムはダラグゲートの手元に転送された。見た目は普通の矢のようだった。


(そのマジックアイテムに魔力を込めて、目標に当てれば、魔法は解呪されます。そしてその場合壊されていた部分が再び壊れるだけでなく、範囲内のその魔法が掛けられていたものも、元の強度に関係なく全て一度に壊れます。そのため、人間どもの間では廃れたようです。必要な魔力は基本的にファイヤーボールと同程度ですが、威力を考慮しなくてもよいため、陛下の魔力ならかなり広範囲を破壊できると思われます)


(なるほどな。対策さえ分かれば、使い勝手の悪い魔法よな。下手に魔法をかけると頑強な砦でも一瞬で壊れるというわけか……)


(はい。恐らくは幾ら人間どもが頑強な砦を築いたとて、我らがいとも容易く破壊できることを見越して掛けたものではないでしょうか)


(小賢しい真似を……だが、それで足止めされたのも事実か……明日には目に物を見せてくれよう。ご苦労だった。褒美は期待してよいぞ)


 ウィーレに対して優し気に言う。ダラグゲートにとって全く予想外の働きであった。仮にフラメイア大陸での作戦が失敗していたとしても許すとしよう。そう考えるには十分なほどに。


 マジックアイテムを受け取った次の朝、ダラグゲートは軍の先頭に立ち、城壁から500m離れた所まで進んできた。マジックアイテムを他の者に使わせるという手もあるのだが、マナも密度が薄いせいで、思うように魔力が回復しない魔族が多く、あてにできない。更に、攻撃が二度にわたって失敗したため、士気は最早ダラグゲートが先頭に立って進まなければ、まともに進まないほど低下していた。

 ダラグゲートは付き人から弓を渡してもらい、例のマジックアイテムの矢をつがえる。通常なら弓など100m飛べばよい方だろうが、この弓とそれを引くダラグゲードの腕力をもってすれば500m先の目標物まで十分届く。しかも今回の目標物は大きく、動かない建造物だ。当てることなど造作も無いことだった。

 ダラグゲートは弓を引き絞りながら、魔力を込めていく、込める魔力は目の前の壁、全てを破壊できるだけの量だ。つぎ込まれた魔力の多さに普段は姿が変わらない矢が、淡く輝き始める。

 そして、十分に魔力を込めた後、ダラグゲートは矢を放つ。矢が壁に命中するとキン、という高い金属音がしたと思うと、壁が崩壊し始める。


「うおおおぉ!」


 それを見た魔族は歓声を上げるが、その直後に、それが悲鳴へと変わる。自分達のいる地面までもが崩壊し始めたからだ。魔族といえども飛行ができる者の割合は人間と比べて突出して多いわけではない。大勢の魔族は崩れた地面と共に、ぽっかりと空いた巨大な穴に落ちていく。そして落ちていく底は地面ではなく、マグマが煮えたぎっていた。

 底にたまっていたマグマは、押さえる蓋が無くなったため猛烈な勢いで、吹きあがる。噴火したのである。

 崩落する地面にとっさに飛行の魔術で対応できた者も、直ぐに下から噴き出してきたマグマには対応できなかった。


(いったいなんだ。何が起きた……)


 ダラグゲートは状況が把握できないまま、とっさに飛行魔術を発動し、更に溶岩の直撃すら防ぐ魔法障壁を張る。目の前は文字通り灼熱の地獄だった。

 なんとか噴火の範囲から、外れることができたものは、ダラグゲードの他は10人にも満たなかった。15万の軍勢の残りがたったの10名足らずになったのである。


 うつろな目でダラグゲートは周囲を見回す。まるで悪夢だった。離れてしまえばわかる。落とし穴を掘っていたのだ。そして自分はその上に立ち、間抜けにも自分で強固なその蓋を壊してしまったのだ。

 罠に嵌められた。しかも、落とし穴というごく単純な罠に……もっと慎重に進めていれば、地面になんらかの魔法が掛かっていることに気付けたであろう。罠を警戒して斥候も放たなかった。脆弱な人間どもが罠を張ったところで、食い破ればよいと侮った結果がこうであった。地獄を見せてやると挑んだ結果地獄を見たのは自分達だった。

 ダラグゲートは自分の身体から力が抜けていくのを感じた。そのまま膝をつき、吹きあがる溶岩を見つめることしかできなかった。決して折れてはいけない何かが、ポキリと折れる音が心の中で聞こえた気がした。


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