第275話 ルエンナ―ル野の合戦5

 夜明けとともに再度魔王軍の進軍が始まった。しかし、前日より城壁より遠い位置で進軍を阻まれる。投石による攻撃のためだった。更にいつの間にか城壁に櫓が建っている。余力を見せられているようで、魔族のイライラはさらに募る。


「忌々しい奴らよ。だが、この距離なら安全と考えていたら大間違いだぞ」


 にがにげしげにダラグゲートは呟くと合図をし、輿を最前線まで進ませる。そして、指先に魔力を集中させる。


炎弾バレット


 その言葉と共に、小さな火球が一直線に目立つ櫓へと飛んでいく。炎弾とは初期レベルの魔法だ。素早く攻撃できるメリットはあるが、せいぜい単体の対象にしか効果が無いものだ。だが、魔王クラスの魔力を持つ者の繰り出す炎弾は恐るべき威力を発した。

 

 着弾と同時に、猛烈な爆発が起きる。その火球の直径は100mに達するほどだった。そしてそれに伴う爆風で、その更に周囲の城壁が吹き飛ぶ。これ見よがしに建ててあった櫓は跡形もなく吹き飛び、城壁は幅300mに渡って崩れさっていた。

 爆風は城壁から500mは離れている魔王軍でも、よろめくほどの強さを持ってた。魔族は改めて自分達の主の魔力の強大さに恐れおののき、そして、勝利を確信する。


「全軍、突撃!」


 魔王の命令と共に、全軍が突入する。



「先ほどの攻撃はどうだったかね?」


 魔族が突撃してくるにもかかわらず、どこかのんびりとした様子でコウはユキに尋ねる。


「予想の範囲内の威力です。これ以上は自軍にも被害が出るために抑えたのでしょう。ただ不思議なのはこれほどの威力を伴った爆発であるのに、酸素を殆ど消費していないことですね。爆風も威力にしては小さめです。同程度の威力であれば、酸欠もしくは気圧変動による内臓破壊等により、もっと広範囲に被害が出てもおかしくはないのですが……」


「魔法はイメージの世界だそうだからな。そういったことまでイメージできなかったんだろう。あるいは自軍の被害を避けるために敢えて、そういうのを外したか。だが、派手な魔法を使ってくれて助かったよ。自分達の出番は少なくて済みそうだ」


 そう呟くコウの前で、城壁は急速に修復されていく。人間同士の戦いなら、修復魔法を解除されて終わりなのだが、魔族はその魔法を知らない。

 そして、魔族が城壁に到達した時には、元通りに壁は修復されていた。


「撃ち方用意。撃て!」


 ユキやマリーの号令と共に前日とは変わって、正面門より大分左右に離れた所から、バリスタの矢や投石機の石が飛んでくる。ここまでくると誰でも気付く、自分達は嵌められたのだと。

 しかしその後の行動は人間とは全く異なるものであった。ババザットと同じく壁を壊し始めたのである。魔王の命令は絶対。突撃しろと言われた以上突撃あるのみ。昨日はババザットが一番槍を任されていたが、我こそはと考えている魔族は少なくない。

 自軍の被害も顧みず、あちこちで魔族たちは壁を壊し始める。それは修復速度よりも早く、遂に壁は再び打ち壊される。

 打ち壊されたところから魔族が続々と中に入るために、修復魔法はもはや発動しない。そして壁を抜けた魔族を待っていたのは、人間の集団ではなく、自分達を囲んでいる壁だった。


 ヒュンヒュンとうなりを上げて、矢や石が魔族めがけて飛んでくる。壁に挟まれており、逃げ場所は無いに等しい。その絶体絶命の魔族たちを救ったのは魔王の魔法だった。上空に虹色の油膜のようなものが張られると、飛んできた矢や石がそこで止められる。魔族の中でもごく一部しか使えない範囲型の防御魔法だ。しかもこの規模となると王族以外には使える者は居ない。


「退却せよ!」


 魔王ダラグゲートの声が響き渡る。退却? 敵に背を向ける? 無敵の魔王軍が、このハンデルナ大陸に覇を唱えた魔王軍が。魔族にとって退却=敗北であるそれはもはや本能的と言ってもよい感情だ。

 だが、魔王の命令は絶対である。魔王軍は退却を始める。だが、それは整然としたものではなく、壊走に近い。追撃でさらに魔族が死傷する。



「いやー、やはり、用心はしておくに限るね」


 コウは昨夜の間に櫓の他に細工をしていた。櫓を取り囲むようにコの時の壁を追加していたのだ。


「実にコウらしい用心です。あの囲い込む壁がもっと小さかったら、魔族は抜けてきていたでしょう。逆にもっと大きかったら、最初の爆発では壊されなかったでしょう。絶妙の大きさでしたね」


「それは自画自賛かね。あの大きさが最も適切と判断したのはユキじゃないか」


 ただ単に囲んだだけだったら、大きさによっては囲いの外側から魔族がなだれ込んだだろうし、一撃目で壊されないほど大きかった場合、中にまだ壁があることがバレてしまっただろう。囲った壁の大きさは最初の攻撃で壊れてしまう程には狭く、そして修復された後は壁を通り抜けてきた魔族を全員囲むほどには大きかった。絶妙な大きさだったのである。


「私は確率を提示したにすぎませんよ。決めたのはコウです」


「まあ、どちらでも良いさ。それよりもあの防御魔法は結構な魔力を使ったんじゃないか?」


「そうですね。かなりのものになるかと思います。少なくとも最初の爆発よりも10倍以上は消費したでしょう。修復された壁を破るのにも、大勢の魔族が大量の魔力を消費してたようです」

「ふむ、大変結構」


 上機嫌にコウは答える。


「コウ殿。魔族は敗走している様子。追撃はしないのですかな?」


 近くにいたノベルニア伯爵が声を掛けてくる。敗走する敵を追撃する。確かに通常なら推奨される行動だろう。それが最も被害を与えられる攻撃なのだから。だが、残念ながら身体能力と数に差がありすぎる。先ほどの攻撃では死傷したのは5千に満たない数だ。まだ圧倒的に魔族の数は多い。


「いえ、ある程度数がいてくれた方が良いんですよ。これから先は持久戦になるでしょうからね」


「はあ」


 どことなく納得できてない様子でノベルニア伯爵は呟く。


 単なる持久戦となったら、数が多いことは有利になるとは限らない。それだけ物資を消費するからだ。そして、魔族は補給物資を余り持ってはきていない。マナが濃い地域だと補給があまり必要が無いせいだ。だが、この地域のマナの濃度は既に薄くしてある。食べ物で補うすべもない。

 とは言え、まだ予断は許されない。そもそも、一斉に広範囲を襲われたら、連合軍だけでは心もとない。


「さて、手をこまねいて衰弱していってくれれば良いが、そううまくはいかないだろうな」


 誰に向かって言うわけでもなく、一人コウはそう呟いた。


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