第274話 ルエンナ―ル野の合戦4
魔族の攻撃が単発で終わったのは、投石機やバリスタの攻撃によるところも大きいが、基本的にババザットが先鋒を任されたからである。負けるとはつゆほども考えていなかったため、次の作戦が考えられていなかった。また、それを補助するような作戦も無かった。何故なら、それはババザットが補助なしでは失敗すると言っているようなものであり、それは強い魔族にとっては屈辱ともいえる行為だからである。
城壁の内部への突入には成功したため、直ぐに人間たちを敗走させてくれるだろうと、魔族は魔王以下全員がそう思っていた。もし、サラがいなかったらそうなっていたかもしれない。それだけの強さがババザットにはあった。
だが実際には投石機の攻撃こそ一時的にやんだものの、暫くしてそれも再開され、結局日暮れまでに人間側にこれと言って変化は表れなかった。魔王軍はババザットの失敗を認め、一旦軍を引くこととなる。
「全く無様なことだな……」
魔王ダラグゲートは目の前に居並ぶ将軍たちを不機嫌そうに睥睨して言う。初日での死傷者は1万人にも達していた。対して人間側の被害は余り確認されていない。内に入り込んだババザットが、人間側にも大被害を与えていたのなら話は別だが、発射される投石機やバリスタの量から考えて、それは期待できそうにない。魔族の惨敗である。
「まさかババザットが人間に討ち取られるとは……明日は私めにお任せください」
そう言ってダラグゲートの前に一人の男が出てくる。ババザットに負けず劣らず、筋骨隆々とした大男だった。
「いや、少し人間を侮っていたようだ。明日は我が魔法をもって壁を打ち砕く。お前たちはその場所に向かって突撃せよ。一旦壁の内側に入れば、人間は我らの敵ではない」
「魔王様が直々に相手をするほどのものでしょうか? ババザットがしくじっただけでは」
別の魔族がそう言う。
「決めたのは私だ。それに貴様にババザットを遥かに凌駕する力があるのか? あったのならば、なぜ先鋒を務めなかった」
ダラグゲートが睨みつけると、発言した魔族は言葉なく委縮する。
「良いか。私に恥をかかせた人間どもは生かしておけぬ。降伏は認めぬ。皆殺しだ」
ダラグゲートが立ち上がり、腕を横に振るう。
「魔王様万歳! ダラグゲート様万歳!」
死傷者が1万人に達していたにもかかわらず、魔王軍の士気はいささかも低下していなかった。
一方の人間側は多少損害は出したとはいえ、死傷者の数は500人に満たない。ババザットの部下は結局のところほぼ同数の人間を道連れにしかできなかった。逆に言えば少ない人数で、更に分断されながらも同数の敵を葬ったのである。ランチェスターの法則に当てはめるなら、かなりの善戦をしていたことになる。魔族の個々の強さの表れだろう。
だが、魔族と同数の被害で済んだというのが、もっと言えば死者だけで言うなら人間の方が少なかったという事実が、人間側の士気を高くしていた。
コウ達は兵士たちとは少し離れた所で食事をとっていた。
「ふむ。士気が高いのは結構なことだが、油断につながらないとよいがな」
「基本的に私達が射撃管制を務めてますからね。多少慢心があろうと、士気が高い方が有利かと」
要するに気分よく、一生懸命弾を運び、撃ってくれればいいのだ。確かにそこに個人の慢心は関係ない。あるとすればさぼる者が出てくる時ぐらいだが、流石にそこまで油断しているようには見えない。
「ところで、魔族側に動きは?」
「基本的にありません。陣形からして、明日も同じように突撃してくるものと思われます。ただ、初撃がふさがれたため、魔法攻撃で、城壁を破壊してから突撃してくる可能性が高いでしょう」
「偵察行動も遊撃隊も別動隊も無しか……いや、フラメイア大陸の方に一応別動隊は送り込んでいるから、全くの無策というわけではないが、フィジカル頼りとはいささか張り合いに欠けるな」
フィジカル面だけで言えば、実はコウ達の居る方が圧倒的に上である。最も全力を出す気が無いので、作戦を練っているわけではあるのだが。
「少なくとも、城門は見せかけであるのは分かっただろうし、陣を動かして別の場所から攻め込むか、せめて別動隊ぐらいは出すと思ったのだがな」
「素直に敗北を認められないのでしょう。若しくは弱みを見せられないのだと思われます」
「やれやれ。難儀な文化だな。良くも悪くも大規模戦争には慣れていないのだろうな」
「元々最近まで統一した国家が無かったぐらいですから。人口密度も低いですし」
全く、魔族と名前が付いているものの、戦争というある意味地獄に住む住人には、魔族よりも人間の方がよほど相応しい。
「では、城門には派手な櫓でも建てておいてやるか。壊したら多少は相手の自尊心も満足するだろう。後、投石機やバリスタの配置を変更する。門から少し遠ざけよう。それと壁の修復時間と相手の突撃に要する時間を考えて射程を調整するように。投石機の射程外から突撃したとしても修復が間に合うようにしておくんだ。兵士たちにはもう少し働いてもらおう。なに、それで明日の戦いが楽になるんだから十分労力に見合うだろう」
魔族たちが休み英気を養っている間、人間達は次の戦いに向けての準備をし始める。敵を殺すことにかけて最も貪欲な種族。それが人間だった。
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