第148話 ルカーナ王国入国

 ルカーナ王国の王都ラローナは、この大陸で2番目に大きな河である、デニス河の途中にあるトレア湖のそばにある都市だ。トレア湖は大きな湖ではあるものの、パズールア湖と比較すると20分の1以下の大きさだ。湖はデニス河の水源地と海までのちょうど中間地点にある。ラローナはリューミナ王国の王都エシャンハシルと違い湖の中にある都市ではなく、その縁に広がっている都市だ。

 リンド王国からはモムール山地を下りてデニス河沿いに行けば5日ほどで着く。勿論シンバル馬の移動速度でである。モムール山地からは幾つもの川が丁度山のすそ野のあたりでデニス河に合流し、そこから急に川幅が広くなる。また流れもゆっくりとしたものになる。と言ってもローレア河のよう大型の帆船が通行できるような河ではない。

 コウ達は山の渓流や滝、麓の森などの景観を楽しみながら比較的ゆっくり進んでいく。通りは殆どないとはいえ、一応街道なので、草は生えているものの、鉈で刈りながら進まなければいけない程ではない。と言ってもリンド王国との主要街道なのにここまで草が生えているのもどうかとは思うのだが。少なくともヴィレッツァ王国側はもっと整備されていた。それだけルカーナ王国とリンド王国は交流と言うか、交易自体も少ないのだろう。


 ふもとの森を抜けるとすぐそばに小さな村があった。交易が盛んなら宿場町として栄えてそうな位置にあるが、見る限り完全に農村で、宿などは見当たらない。下手な家に泊まるぐらいならマジックテントの方が快適なので、この村では情報収集だけすることにする。

 早速農作業をしている男性に声をかけてみる。


「すみません。王都に行きたいと思っているんですが、王都ってどんなところだか教えてもらえませんか?」


 男性は自分たちを見るとギョッとするが、マリーがリンド王国経由でヴィレッツァ王国の方から旅してきた冒険者です、と言うと、途端に鼻の下が伸び、警戒心が薄れる。顔か?やはり顔なのか。


「まあ、この通りここは王国の端の小さな村だからよくは分からん。だが、今の王様になってどうも荒れとるという話は聞くな。隣村は王都の近くの街に、働きに出てた娘さんが、逃げ帰ってきたそうだ。なんでも愛人にされるかもしれないとか。王様の愛人なら下手な所に嫁に行くより、よほどいいと思うんだが……。まあ、娘さんに思い人がいたかもしれんしな。その辺はよう分らん」


 他の何人かに聞いたが似たような情報しか得られなかった。リューミナ王国と比べると、情報の伝達速度も精度も随分と劣っているようだ。元のヴィレッツァ王国より人口が多いにもかかわらず、王都の人口が少ないので、地産地消型の農業国なのだろう。山の上から見た感じでも、平地が多く農業がしやすそうな土地が広がっていた。


 日が沈んだところでいつものようにマジックテントを広げる。街道沿いには多くの村が点在していたが、街どころか町と呼べる規模のものは無かった。大きな村でも小さな宿兼酒場が1軒あったぐらいである。後は基本的に王都に住んでいるため、維持する人しかいない領主の館もあったが、流石に泊まれるわけじゃないし、リューミナ王国の貴族の館と比べるとみすぼらしい限りのものだった。正直建物だけなら“夜空の月亭”の方がよほど立派だ。

 ただ、基本的に自給自足のせいか、一つの村で結構多くの種類の野菜や果物が作られていた。ここまでの村には冒険者ギルドもなく、モンスター自体殆どいないそうだ。それにみんな金が無いし、商人の往来も少ないので盗賊もいない。平和そのものである。


「みなさん王都どころか、外のことに関心が薄いようでしたね。情報が欲しいのでしたらアップデートしますか?」


 そうユキが聞いてくる。ユキの知っている情報はこの惑星への降下前に取得した情報である。あれからもう1年以上が経つ。情報収集用のナノマシンは散布したままなので、最新情報を手に入れようと思えば、すぐにできるのだが、今更それをやるのはどうかと思う。


「まあ、今までが交通の便が良く情報が入りやすい所にいたからな。この程度で不便がっていたら、何もできなくなるだろう。それにしても全体的にのどかと言うか、田舎と言うか、平和だねぇって感じがするな」


 今まで通ってきた村を見る限り、よくホロ映画で見る、人々が描く田舎の村そのものって感じだった。ホロ映画だと奇妙な習慣があり、夜になると旅行者が巻き込まれるのがパターンなのだが、まあそんなことも起きそうにない感じだった。


「そうですね。ルカーナ王国は大陸でも最も古い国家ですし、モンスターも大分駆逐されているようです。森林が切り開かれてる影響が大きいと思われます。ただ、農地面積に対して人口が少ないということは、単位面積当たりの収穫量が少ないのでしょうね。農業技術が他の国と比べて劣っているのか、それとも農地として活用している期間が短いのかまでは分かりませんが。今まで通った村を見る限り、収穫量を増やして、余った分を売ろうという意欲は感じられませんでしたね」


 そう、農作物を色々買ったのだが、物々交換がメインらしく、金額を教えてくれと言っても大抵困った顔をされるのである。結局ほとんどの作物は、余りまくってるオークの肉と交換して手にいれたものだ。


「まあ、でも畑自体は結構きちんと作られてたから、ただ単に休みが多いだけじゃないかな。結構どれも美味しそうだったし。なんか発育が悪いのとか、虫食いが多いのもそんなに見かけなかったし。どちらかと言うと生産量を上げるより美味しくする方に進化したんじゃないかな」


 サラが珍しくまともな事を言ってる気がする。


「サラがまともな事を言ってますわ。何か悪いことが起きなければ良いのですけれど……」


「どういう意味だよ!マリーだって酒の話ばかりじゃねえか」


 マリーの言葉にサラが反応する。


「それを言うなら、サラはお肉の話ばかりじゃないですの」


 負けじとマリーも言い返す。まあ、はたから見ればどっちもどっちだ。無視して夕食を食べ始める。ちなみに今日の夕食は、折角なのでとれたての野菜たっぷりのサラダがメインだ。

 物足りなかったら、何かの肉でも出すつもりだが、まあたまにはこういう食事も良いと思う。ドレッシングはショガンに作ってもらった“夜空の月亭”のレストラン特製のものである。これで不味いわけがない。

 その中で赤いポマと言われていた、細長い棒のような野菜を口にする。元の世界でも似たような味の野菜があった。データチップを参照して思い出す。そうだトマトだ。これを加工すればケチャップが作れるのではないだろうか。この世界にはなぜかケチャップが無い。2大調味料(コウの中だけ)の片方のマヨネーズの方は似たような物があるのだが。ケチャップは無いのだ。

 原材料となる野菜が無いのだろうと諦めてたが、これを使えば合成調味料のケチャップではなく、天然素材のケチャップが作れるのではないだろうか。


「ユキ。これを使えば天然物のケチャップを作れないか?」


「そうですね。これと、今亜空間ボックスの中にある材料で殆ど同じ物は作れます。ただ作り方が分かりませんが……。それぞれの材料から成分を抽出して、同じ割合で混ぜ合わせれば可能と思われますが、それでは駄目なのでしょう?」


 そう、それでは駄目だが、原材料さえあれば、ショガンかロブに頼めば何とかなるのではないだろうか。今更だが、天然物の原材料からの作り方のデータを、ユキに入れていなかったのが悔やまれる。もしかして何かのはずみで、サラかマリーがデータを持ってないだろうか。


「サラ、マリー、ケチャップの天然物の原材料からの作り方のデータを持ってないか?」


「持ってるわけないだろ!」


「持ってるわけないですわ!」


 見事に同じタイミングで返事が返ってくる。なんだかんだで息の合った二人だな、とコウは思った。


後書き

  ご存じの方もいらっしゃると思いますが、この作品はドラゴンノベルズ新ファンタジーコンテストに参加しています。今月末までが読者選考期間です。出来れば応援よろしくお願いいたします。

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