第122話 コウの個人的な嗜好

 次の日フモウルを出たのはもう昼近くになってからだった。昨晩いささか飲みすぎたため、コウは軽い二日酔いになってしまった。頭痛がするほどではないが、なんとなくだるい。それでも馬は勝手に王都へと街道を進んでいく。


「だるいんだったら、中和剤か活性剤でも注入したらいいんじゃないか?」


 だらけた様子を見ていたサラがそう提案してくる。


「どうせ、数時間で治る。これは私が人間と感じることのできる貴重な体験だよ」


 鞍の背もたれに身体を預け、だらけた格好でコウが答える。この姿を見たら、元の世界の人間でも、星系連邦でも有数の司令官だと想像できるものは少ないだろう。


「まあ、ただ単に酒飲みの論理ですけどね。ただ、個人の嗜好は最優先事項の一つですから」


 ユキがコウの行動に賛同する。素直な賛同ではないが……。


「まあ、人間は不完全な生き物だからな。その内変わるかもしれないが、少なくとも今はそうだな。人間が変わるより君たちAIが人間の地位に取って代わるのが早いかもしれないな」


 何種類かそういうホロ映画とかを見た事がある。しかし、ああいう時に出てくるAIは決まって人間を武器で攻撃して滅ぼそうとする。まあ、そうでなくては娯楽映画にならないんだろうが、人間なんて人工授精を禁じれば、直ぐに滅びるんじゃなかろうか。そんな映画を見たいかと言われれば、別に見たくはないが……。


「どうやら停戦協定が無事終わったようですね。王都に着く頃はお祭り騒ぎなんじゃないでしょうか」


 ナノマシンから情報を受け取ったユキが、そう伝える。ちなみに協定会場は何らかの妨害する装置か魔法が掛けられていて、中まではナノマシンは入り込めていない。まあ、ナノマシン自体そこまで万能な訳ではない。実際、連邦ではナノマシンで取得した情報は犯罪の証拠としては採用されないし、この惑星でも入り込めないところは他にもある。

 協定の詳細までは分からないが、会場から外に出て発表があったのだろう。ユキから送られてきた映像を見るとリューミナ王国の兵士たちが、大騒ぎしながら抱き合っている。


「今回も、王都は宿泊しないで通り過ぎますの?」


 マリーがそう聞いてくる。お祭り騒ぎに参加したいのだろう。


「いや、よほどのことがない限り1泊しようと思う。毎年あるようなお祭りではないだろうから、見ておく価値はあるだろう」


 と言いつつ、そう長くない時間に何度も見る事にはなるだろうと思う。リューミナ王国の国王が野心の少ない王様だとは思えない。寧ろ野心は高い方だろう。ただ準備に時間をかけているので、一見平和主義に思えるだけだ、とコウは思う。


「お祭りってどんなのかなあ。あたい見たことがないんだよな。データもユキからもらったものしかないし」


「わたくしもそうですわよ。まあ、基地祭の時に案内役をしたことはありますけど」


 サラとユキがそう言ってくる。ふむ、ユキからもらったデータしか知らないのであればお祭りというものに興味があっても仕方がない。


「それなら、場合によっては2泊ぐらいしても良いぞ。王都まで着けばジクスまで1日だし。ただ、宿が空いているかどうかが問題だな」


 そうコウは答える。思えばこの惑星に着いてからこういった催し物らしきものには参加したことがない。まあ、宴会はいやと言う程参加したが、それとお祭りはまた別ものだろう。今回はなんだかんだで、長期間街を離れていた事だし、暫くゆっくりするのも良いかもしれない。


「まあ、それは嬉しいですわ。ところで疑問があるんですが、ユキのデータにお祭りのデータがたくさんあるのはなんでですの?基地祭以外のデータもあるんですけど。戦闘艦の人格AIは基本的に自分の艦から出られませんし、出られたとしてもせいぜい基地の中だけのはずですわ」


 マリーが疑問に思ったのか聞いてくる。


「規定ではそうなっているが、視察と称すれば大抵のことはできる。それで無理なら護衛任務とかな。メンテナンスと称しても良い、よほどのことがない限り、その3つの理由で外に出る事が出来る」


「え、でも普通は友人、恋人、家族とかで回るもんじゃないのか?いや、あたいも詳しくは知らないけど」


 今度はサラが尋ねてくる。


「別に私だって、昔はそうしていたさ。だが、妻と別れてからはそういう関係になった女性はいなかったし、子供たちは子供たちで、もう親よりも友人や、恋人と行く方を選んでいたからね。それに400歳を過ぎた頃から、同僚もいなくなってしまった。部下に言えばついてきたと思うが、部下も自分も面白くないだろう。1人で行くのもなんだし、自然とそうするしかないじゃないか」


 別に自分だって好きで規定違反ギリギリの危険を冒して、ユキを連れ出していたわけではない。


「えっと。なんかごめんなさい。思ってたより重い理由だった……」


 サラが謝ってくる。素直でよろしい。


「正確に言うと400歳を過ぎても、そういう所に行くコウが珍しいのですけどね。同僚がいなくなったと言っても、それはついていく同僚がいなくなったという意味ですよ。勿論色々な理由で死亡された方もいらっしゃいますが……。コウの仲の良かった同僚は精神的にタフなのか、若しくはタフでなければこの人の友人としてやっていけなかったのか、軍を退役された後も元気に過ごしている方が多いです。ただ年齢的に落ち着いてしまった、と言うべきでしょうね」


 ユキが余計な説明を入れてくる。折角綺麗に収まるところだったのに。


「ふん。ああいう風に落ち着いてしまったら、ただ単に生きる屍にすぎんな。色々な催し物が、それこそ星の数ほどあるというのに、楽しまなくてどうすると言うのかね」


 部屋でリクライニングチェアに座って、ホロ映画を見たり、小説を読んだりするのも良いが、期間限定のイベントはなるべく行くべきじゃなかろうか。


「えっと、なんと言うか、コウって若いな」


「ですわね。少なくとも私の亡くなった艦長より若い気がしますわ」


 若いと言われても素直に喜べないコウであった。


後書き

 本日初の外伝を投稿しました。とりあえず最初の話は全6話で、これを見てる頃には全話投稿済みになってるはずです。作者のページからも飛べますが、アドレスはhttps://kakuyomu.jp/works/16816452220745099981

です。これから先脇役を主人公としたものや人格AIを主人公としたもの、場合によってはコウの過去などを書いていこうと思います。本編ともどもよろしくお願いします。

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