第121話 酒飲みの論理
昼過ぎにフモウルに着いたため、宿より前に冒険者ギルドへと向かう。一応依頼完了の知らせをジクスのオーロラに届けてもらうためだ。フモウルに滞在する訳ではないので、ジクスに戻ってからでも良いのだろうが、報連相はやはり基本である。やれるときには欠かさずやる方が評価が高いはずだ。少なくとも自分はそう判断する。
扉を開けると、直ぐに喧騒の音が聞こえてくる。受付にいる冒険者は少ないが、酒場にいる冒険者が多い。前回もそうだったので、これがフモウルの冒険者ギルドの日常なのだろう。
ちらりと依頼ボードの方を見ると、前回と違い高ランクの常時依頼が殆どなくなっている。あの時の依頼の量が異常だったのだろうかとコウは思う。
ちなみに無くなったのは、コウ達が魔の森で散々高ランクのモンスターを狩って、人目の付く場所までモンスターが出てこなくなったというのが原因なのだが、当の本人たちにその自覚はない。
「おう!お前達、随分と久しぶりじゃねえか。魔の森で大分モンスターを倒してきたんだろう。ここで少し換金していかないか?」
換金所の方からそう声が掛けられる。以前ドラゴンを解体してもらった男だ。
「すみませんが、今回の依頼はランクアップの試験なんですよ。ですんで、よそのギルドに卸すのはちょっと不味いと思いますので……」
多分倒したモンスターの数からいえば、ちょっとぐらいフモウルに卸しても良いように思えたが、信義の問題がある。金も、肉も十分にあるため、ここで信用を落とすリスクを冒す必要が感じられなかった。
「ああ、なるほどな。それじゃあ、まあしょうがないか。最近魔の森から高ランクのモンスターがあまりでなくなったんでな。まあ、鉱山とかで働く者や領主様にとっちゃあ朗報なんだろうが、ギルドとしちゃあ、実入りが少なくなったんでな。できればとは思ったんだが、そういう理由じゃ無理強いはできないな」
ここで、男がもう少し粘って、コウ達の倒したモンスターの数や種類を聞いていれば、フモウルに多少卸したところで、何の問題もないと答えていただろう。もし問題があったとしても魔の森からモンスターが出てこなくなった原因として、ジクスのギルドと交渉して卸してもらうようにしただろう。そういう意味ではまだこの男は常識というものに囚われていたと言えるかもしれない。
受付に魔の森から出たことを伝え、宿へと向かう。前回と同じ“高き山の頂亭”が空いていたので、そこに泊まる事にする。前回も満足のいくものだったため、他の宿を試す気にはならなかった。
着替えると、いよいよ食事だ。まだ日も高いというのに、普通に酒場が開いており、そこで多くのドワーフが酒を飲んでいる。いつ働いているんだろうか?とコウはふと疑問に思うが、まあ、所詮プライベートなことだと思い、余計な詮索はしないでおこうと考え直す。
ドワーフの名誉のために言うと、このドワーフ達はきちんと働いている。その怪力と体力を生かし、働くときは人間の数倍働き、それだけの賃金をもらい、休みも多くとり、昼間から飲んでいるのである。決して怠け者というわけではなかった。飲んだくれとは言えるかもしれないが。
今回は約束通り、マリーの好きな店で食べる事にする。食べると言うより飲むのがメインになりそうだが、まあ、ちょっと早いうちあげと思えばいいだろう。Aランクに上がるのはよほどのことがない限り確実なのだし。
マリーが、色々な店を覗いては、その前に見た店と比較しながら、店を探している。今回、別にナノマシンを使った探索を禁じているわけではない。だが、自分の目や鼻で、実際に見てみるという面白さに目覚めたのだろう。元々が強行偵察艦のAIというのもあるのかもしれない。
見た店の数がもうそろそろ20軒になる時に、マリーの顔にパッと笑顔が浮かぶ。それはまるで草原で、一輪の美しい花を見つけた少女のような可憐な笑顔だった。実際見とれている男もいる。
外見詐欺だな、とコウは思う。まあ、だからと言っていかにもお酒が好きです、というような外見の女性が好きな訳ではないので、特にそれでどうこうする気はさらさらなかったが。
「ここに、ここに決めましたわ!なんという芳醇なエールの香り。他の店では無かった以上、この店オリジナルか、そうでなくともとても珍しいものに違いありませんわ」
やっぱり決め手は酒か、とコウは思うが、予想通りだったので、特に何とも思わない。むしろ、ここのお店お洒落ですわ、とか言われる方が驚く。
店の中に入ると、先ず飲み物を何を頼むのか聞かれる。やはりフモウルではそういうものらしい。エールの種類が何種類かあり、それぞれどういう物かの説明をマリーが真剣に聞いている。
酒はマリーの決めたもので良いだろう。あんなに真剣に聞いているのだから、そう外れが出てくるとは思えない。代わりに自分は食べ物を何にしようかを考える。正直かなり舌が肥えてきたので、もはやどんなものでも満足できるわけではない。隣を見るとユキとサラも同じ考えのようだった。メニュー板をじっと見ている。
最初の飲み物は、マリーの選んだもの、食べ物はジェネラルオークのステーキ、キングタイガーの揚げ物、ジャイアントタートルの煮込みを頼む。どれも珍しい物らしく、この店の食べ物の中で飛びぬけて高い。と言ってもどれも1銀貨前後の、自分達にとってはどうでも良い金額である。最初にジクスに着いた時は1人30銅貨でおなか一杯、とか言って喜んでいたのが遠い昔のようだ。僅か1年足らずでここまで金銭感覚が狂ってしまうとは異世界恐るべしである。
そうこうしているうちに、相変わらず、でかい樽ジョッキで飲み物が運ばれてくる。
「では、無事にもここまで戻れたことを祝して、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
ガツンとジョッキ同士が当たる鈍い音がして、4つのジョッキがぶつかる。なみなみと注がれたエールが少しこぼれる。1年前だったら、天然物のエールをこんなことをして飲むなんてなんてもったいないと思ったことだろう。
4人が一斉にエールに口をつけ飲んでいく。
「ふうー。少し私の好みより濃厚だが、美味いな。流石はマリーの見立てと言ったところか」
「そう言ってもらえて光栄ですわ。これは、セイレーンのエールと言われるそうですわ。醸造所の技術の粋を集めて限界まで高めたアルコール度数、そしてそれを感じさせない芳醇な味わい。酔い潰れる者が多いことからその名が付けられたそうですわ。アルコール度数は驚きの20度だそうですわ」
それはワインより高い。と言うか、詳しくは知らないが、ある一定以上は発酵させる菌が死んでしまうので、通常の発酵ではそんなに高くならないのではなかったろうか。何も考えず、ぐびぐび飲んでしまったが、アルコールの量的にワインをほぼ1本を一気飲みしたようなものである。
そんなことを考えていると、レッドアラートが頭の中に鳴り響いてくる。慌ててアルコール中和剤を注入し、アルコールの消化器官のアルコールの吸収率を低下させる。
「マリー、今度からそういう事は最初に言ってくれ。私は酔うのをオートコントロールにしてないんだ……」
AIのアバターの脳は光子コンピュータである。だから基本的にAIは酔わない。酔ったようになるのは、あくまで飲んだ酒の量によって、そうなるようプログラムが働いているだけである。どんなに酒を飲んだとしても、アルコールが直接作用する訳ではない以上、本当に酔う事は無い。
精神移植の技術が開発された当初、人間のアバターも同じ光子コンピュータを使用したものだった。しかし、ことごとく被験者は直ぐに発狂するか、自殺した。
なぜか、それは単純な事である。当時の、今もだが光子コンピュータは人間と比べて途方もない処理速度を誇る。つまり現実ではたった1秒の事でも、中に入った人間にとっては何億年、何兆年、いやそれ以上の時を感じるのだ。精神が保つ訳がない。
その結果、生まれたのが生体光子コンピュータである。通常時は人間と同じ思考速度で考え、緊急時には加速剤を使用することで思考能力を上げる事が出来、酒を飲み、酔っぱらう事が出来る、殆ど人間の脳と変わらない高性能?のコンピュータである。とは言え、何かあった時、酔い潰れる事が無いよう、オートコントロール機能を入れているのが普通である。
だがコウはそうしていなかった。本当に酔い潰れる事が出来るのは、人間の特権だと思っているためである。完全に酒飲みの論理だった。
「えっと。私が言うのも何ですが、大丈夫ですの?」
「大丈夫ですよ。生身ではないのですから。それにコウはこういうハプニングも楽しんでいるんですよ」
中和剤と吸収率の調整により、ほろ酔いと泥酔の中間ぐらいになったコウの耳に、そういった言葉が聞こえてくる。
「それは少し違うぞユキ、どうせ起きたハプニングなら、楽しまなければ損だと思っているだけだな。まあ、楽しいか、楽しくないか、で言えば楽しいかな」
少し呂律が回らなくなった口でそうコウは答える。これだけ長い人生を送ってくると、多少のハプニングでは心が動かない。無理にでも動かす必要があるのだ、とコウは思う。重ね重ね、酒飲みの論理である。
「だ、そうです。良かったですね。マリー」
「ええ、ほっとしましたわ。ほっとしたらもう1杯、飲みたくなってきましたわ」
そう言っておかわりを頼むマリーは、間違いなくコウの影響を受けていた。
後書き
本日は本編は少ないですが、外伝を投稿しています。外伝は全部で6話で17時に投稿完了です。作者のページからも飛べますが、アドレスはhttps://kakuyomu.jp/works/16816452220745099981
です。本編ももう1話17時に投稿します。よろしくお願いします。
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