第85話 リューミナ王国からの指名依頼

 次の日の朝、約束通りにギルドへと向かう。着くと直ぐにレアナが応接室まで案内してくれる。


 応接室のソファーに全員が座るとオーロラが口を開く。


「久し振りね。活躍は色々聞いてるわ。正直あなた達の事を知らなかったら、とても信じられなかったでしょうね」


「それはどうも」


 コウは澄まして答える。


「せっかく本人がいるのだし、活躍の内容を知りたいという思いはあるけど、今回はやめて指名依頼の内容を話すわね」


「そうしてもらえると助かります」


「指名依頼の依頼主は国、運ぶものは食料よ。ルートはローレア川南部の穀倉地帯から、ヴィレッツァ王国を横切り、モムール山地の中にあるドワーフの王国、リンド王国までよ」


「食料の輸送程度で指名依頼ですか?」


 コウは疑問を口にする。


「勿論そうする理由があるわ。まず第1にリンド王国とヴィレッツァ王国は同盟関係なの。モムール山地は殆どの土地が不毛の地だけど、鉱物資源はたくさんあるわ。リンド王国はそれを元に武器や道具を作り、ヴィレッツァ王国に輸出し、そのお金で食料や生活必需品を買う、そういった関係だったの。だけど、去年の大水害に加えて、堤防の補修が終わってなかったせいで、今年も水害が起きて、ヴィレツァ王国の穀倉地帯が大打撃を受けてね。ヴィレッツァ王国が食料を輸出する余力が無くなったの。

 第2にリューミナ王国とヴィレッツァ王国は、今は直接戦争はしてないけど、基本的に敵対しているの。そこにリンド王国への物資を運ぶことは少量ならともかく、大量には無理なの。

 第3に先ほど言ったように、運ぶ量は大量。何せ不足分とは言え、ドワーフ300万人の食糧だから。軍の補給部隊レベルの大規模な商隊を何十も用意して、何回も往復させなければならないわ。出来なくはないでしょうけど、正直現実的な話じゃないわ。また、面白く思わないヴィレッツァ王国が襲って、その荷物をそのままリンド王国に送る可能性もあるの。

 以上のことをクリアできるのが、あなた達のパーティーってわけよ。もちろんあなた達の収納魔法の容量内の量よ」


 オーロラの口調からして、もはや最初に言った収納魔法の容量の嘘はばれているようだ。元々、あの設定では不便なので、機を見て話そうとは思っていたが、ばれても特に何もないのであれば、こちらとしても有難い。自分たちの秘密の一つとしていざという時に使う気かも知れないが、まあどうとでもなるだろう。どうせ本当の容量は、この世界の収納魔法では想像できないぐらい大きいため、言えないのだから。


「リンド王国はルカーナ王国からは輸入しなかったんですかね?」


 リンド王国はヴィレッツァ王国とルカーナ王国に囲まれた国である。どちらともリューミナ王国に敵対している国だ。


「リューミナ王国は今年穀物の備蓄を増やすように貴族たちに命令したの。その代わりに国税を軽くすることを条件にね。但し、自領の税を増やすことは禁止したの。そうなれば他国から買うしかないわよね。ルカーナ王国との間には中立国があるから、そこを通じて大量に買ったという話よ。気付いた時にはルカーナ王国も余剰分は殆どなかったらしいわ。それでも長年の同盟国であるヴィレッツァ王国に多少の援助はしたらしいけど、リンド王国までは無理だったみたいね。

 結局は人間同士を優先するのか、とリンド王国は怒り心頭らしいわ。とはいっても、周りは他の国に囲まれている。そこで秘密裏にリューミナ王国に打診が来たそうなのよ」


 コウはオーロラの説明を聞いて感心する。やはり今の国王はただ者ではないらしい。自国に被害を出すことなく、敵国の同盟関係にひびを入れている。


「まあ、確かにそれを聞く限り自分たちにぴったりの案件ではありますね。ですが、自分たちは隠密行動はできませんよ」


 実際は十分できるのだが、ここはそういう事においた方が良いだろうと思い、コウがそう答える。


「流石にそこまでは求めてないそうよ。物資を無事リンド王国まで届けてもらえれば十分。と言っても、目立てば目立つほどヴィレッツァ王国に邪魔される可能性は高いでしょうけどね。でもあなた達なら邪魔されたとしても十分届けることは可能じゃないかしら」


「否定はしませんね」


 ここで否定をしたら、今までの行動は何だったのかと言われるだろう。


「一応入国を阻まれないように、ギルドとして精一杯のサポートはするわ。具体的にはあなた達をギルドの臨時職員の地位にするの。寄り道はできないけど、ギルド同士の連携に必要なギルド職員は、入国拒否はできない取り決めなのよ。建前は、だけどね」


「それはありがたいですが、ギルドが一国にあからさまに肩入れしていいのですか?」


 そうコウが尋ねる。冒険者ギルドは中立。実情では無理にしろ建前上はそうなっているはずだ。


「そうね。かなり黒に近い灰色だけど……。一応リンド王国の商人が冒険者ギルドに個人用の物資の購入を依頼するの。それをジクスのギルドを通じて商人が受けて、その商人があなた達に依頼した、っていうストーリーになるわね。あくまでギルド職員が移動するついでに、ちょっとした個人用の品物を運んでくれるように頼んだという形ね」


 この世界でも、国際郵便に近い制度はあった。ただ定期的なものではなく、あくまでその場所に行く商人のついでや、冒険者にかさばらない手紙や小物を運んでもらうといったようなものだ。その中である程度定期的に、人員交流や情報交換を目的としてギルド間を行き来するギルド職員は、この世界の情報のやり取りで重要な役割を果たしていた。

 そもそも、転移の魔法や遠見の鏡などがある世界において、一般人ならともかくギルド職員を入国拒否するなど不可能に近い。それならばまだ正式に入国してくれた方がましという事情はあるようだが。

 そういった事情で、国としては入国を拒否しない代わりに、国境間を越えた転移の魔法の使用の禁止をギルドには課していた。むろん個人は対象外だ。取り締まりようがないというのもあるし、転移の魔法を使えるような高ランクの冒険者を敵にしたくないという事情もある。


「ドワーフ300万人分の物資がちょっとした品物ですか……」


 流石にちょっと無理があるだろう。途中でヴィレッツァ王国の邪魔が入るに違いない。ただ失敗したとしても、ヴィレッツァ王国とリンド王国の同盟関係のひびが更に大きくなり、成功すればしたで大きくなる。どちらにしてもリューミナ王国にとっては良い結果になる。

 だから、向かわせたという事実が重要なのだろう。そしてそれだけの物資を用意できる余力がリューミナ王国にはあるという事だ。


「あなた達にとっては、ポケットに入るちょっとした品物でしょう?それで300万人の命を助ける事になるのよ。報酬も物を運ぶだけの、Cランクの依頼としては破格の1白金貨よ。まあ、今のあなた達にとってはどうでも良い金額でしょうけど。これで引き受けてくれないかしら?」


 お願いという名の強制である。流石に300万人の命がかかっていては、断れるはずもない。それが困難ならともかく、オーロラ言うように、自分たちにとってはたとえ物量が100万tだろうと、ちょっとした荷物にしかならないのだ。


「分かりました」


 嵌められたかな。そう思いつつも、コウは承諾するしかなかった。


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