第259話 質量の壁

 王族も利用するというだけあって、とても軍艦の中とは思えないほど広く豪華な部屋がコウ達に与えられる。この部屋だけで通常の水兵の部屋が10部屋は作れるだろう。とは言っても旅客船ではない。幾ら広いといっても“夜空の月”には比べるまでもないし、グティマーユ伯爵の船と比べても狭い。それでも寝室の他に、狭いとはいえリビングルームまであるのだ。他の船より格段に快適なのは間違いない。

 それに大型船だけあって、前に乗った外洋船よりも揺れが少なかった。もっとも船酔いと無縁な身体のコウ達にとっては、少々の揺れなど誤差の範囲ではあるのだが。


 コウ達が晴れ渡った空と広がる大海原をぼーっと眺めながら、気持ちよく潮風にあたっていると、一人の男が近づいてくる。艦長であるユーゼだ。


「いかがでしょうか、この船の乗り心地は。軍艦ではありますが、なかなかのものと私は思っていますが」


 そう言うユーゼの顔は自慢気だ。確かに自慢したくなるのも分からなくもない。何と言っても全長が、この世界の一般的な軍艦の2倍はある大型船なのだから。それにユキが言うには安定させるための技術が他の船より優れているらしい。自分には役に立ちそうにない知識だったので頭の片隅に追いやっているが。


「ええ、優雅な旅を満喫させていただいてますよ。景色もですが、水兵の訓練が行き届いてますね」


 コウが見ても水兵の動きはきびきびとしていて、規律が取れており、訓練が行き届いた兵であるのが分かる。グティマーユ伯爵の船に乗っていた時も思ったが、よく訓練された兵士を見るのは、何度見ても気持ちが良いものだ。許されるのなら半分ぐらいは持ち帰りたいとさえ思う。


「Aランクの冒険者の方となると、見る所も違いますなあ。何人か冒険者と共に航海したことはありますが、そんな返答を返されたのは初めてですよ」


 少し驚いたようにユーゼが言葉を返す。確かにスパイでもない限り、兵士の動きに目を配るものはいないであろう。


「おっしゃる通り。兵士の練度には自信があります。並の海賊では集団で襲ってきたところで相手にもならないでしょう。ああ、そう言えばカイヤ海の海賊はコウ殿達によって大量に潰されたのでしたね。おかげで、この航路は平和そのものになりましたよ。

 それに、海のモンスターも自分より大きなものは基本襲いませんからね。凶暴なことで有名なシーサーペントですら100mを超える大きさの目撃例はありません。もっとも目撃例自体が殆ど無いのですが。それ故にこの船は正に無敵と言えるでしょう」


 自慢げに語るユーゼの肩に、コウはポンと手を置く。


「フラグを立ててくれてありがとうございます。こういうものは自分で意識的に立ててもどうにもならないものですからね」


「いやー、目的が叶いそうでよかったよな。流石にわざと呼び寄せるのは気がひけたし」


「そうですわね。艦長自らフラグを立てたというのがポイントが高いですわ」


「は? 私は自らフラグなど立てた覚えはありませんが。無論国旗という意味なら掲げるよう命令は下してますが……」


 ユーゼは訳が分からないといったような顔をしている。


(コウ探知範囲にシーサーペントらしきモンスターを発見しました。急速接近中。1時間ほどで接敵すると思われます)


 毎度のことながら自分の強運? いや、凶運と言うべきか、に感心してしまう。


(大変結構。でどれくらいの大きさのものかね?)


 どうせだったら100m近い最大級のシーサーペントであってほしい。規格外のロックワームもいたことだし、確認されていない200mぐらいの大きさのシーサーペントがいても良いのではなかろうか。


(大きさは約2,000m、推定戦闘力1.5~2.0、水深約2,000m付近を時速50km/hで接近中。なお、特殊能力は不明。極端な大きさの違いから、シーサーペントであるかどうかも不明です。ただ、大きさを除けば外見的特徴はほぼ一致します。リンド王国で倒したロックワームの例もありますから、極端に大きくなったシーサーペントの可能性が高いと思われます)


 はえ!? 報告を受けたコウは思わず吹き出しそうになる。


(それは間違いないのかね?)


 生物としてあり得ないぐらいの大きさにユキに聞き直してしまう。


(はい。推定質量は約628,000tです)


 ユキの答えにコウはしばし呆然とする。思考通信なので、やり取りが全く聞こえていないユーゼがますます怪訝そうな顔をする。


「もしかして、少々お体の具合が悪いのでしょうか? 治癒術師も乗っていますし、良かったら診ていただいたらどうでしょうか」


 ユーゼとしては最賓客待遇で接せよ、と国王に厳命されたパーティーである。万が一でも変な病気になってもらったら困る。Aランクの冒険者を自分が心配するのもおかしな話だが、環境の変化で屈強な者でも病気になることはそう珍しいことではない。


「ああ、いえ、ちょっと予定外と言いますか、予想外と言いますか、考えなければならないことを思い出しただけです。せっかくお声掛けをしていただいたのに申し訳ありませんが、少し船室で休もうと思います」


「ええ、それはもうお気になさらずに。何かありましたら近くの者にお声を掛けていただければできるだけのことはしますので」


 ユーゼに見当違いの心配をされながら、コウは船室へ戻る。


「ちょっと規格外にも程があるのではないかね? 戦闘力そのものはレッドドラゴンの方が高いようだが、倒し方を考える必要があるぞ」


「手っ取り早く、近くに転送して例の剣で倒せばよくね?」


 サラが考えるのも面倒臭いという風に答える。


「それだといつどこで倒したんだ、ということが後々問題になりかねん。モノがモノだけに倒したところをある程度の人数に見せる必要がある。まあ、見せたら見せたで大騒ぎにはなるだろうが、変に隠し事をして、痛くもない腹を探られたくはないからな」


 ただ単に倒すだけだったらどうにでもなるが、何せちゃんと解体して料理として食べるのだ、こっそりと自分達だけで食べるのなら問題は無いが、解体する人や料理する人の目にさらす以上、アリバイは必要だった。きっと大騒ぎにはなるが、散々今までこの世界で非常識なことをやらかしてきた自覚はある。こういったものは隠そうとするとバレるものなのだ。そして後々面倒なことになる。

 だが、相手は全長2,000m、体重はざっと計算しただけで60万tを超える、正にモンスターだ。幾ら自分達の実際の体重が重いからと言って、今までのように単純に力任せでは、自分達はともかくこの船が壊れてしまう。


 コウ達はこの惑星に降り立って初めて、自分達が武器としていた、純粋な質量の壁にぶつかったのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る