第260話 リヴァイアサン

 60万t、それはコウ達にとっても脅威の質量だ。いくらアバターが強力とはいえ、その質量をそのまま持ち上げることはできない。


「うーむ。トラクタービームを使えば良いのだろうが、それだと戦闘艦の存在がばれる可能性があるな」


 殆どの戦闘艦には、エネルギーとなる物質を惑星や恒星から吸い上げるため、トラクタービームが標準装備されている。航行不能になった味方艦を助けるため、若しくは捕獲した敵艦を牽引するために使用されることもある。ただあくまで艦本体に装備されている物であって、艦載艇に装備はされていないし、汎用ユニットに装備されているのは、せいぜい10万tクラスだ。

 単体でそれ以上に大きなものを重力下から宇宙空間に引き上げる必要性が無いし、宇宙空間ではそれだけの出力があれば大抵のことはできる。大型艦本体についているものは、超重力の恒星からも物質を吸い上げることができる高出力のものだが、汎用ユニットにそこまでの性能の物は装備されていなかった。

 やろうと思えば艦内の工場で新しく作ることはできるが、如何せん1時間では無理だ。


「完全に本艦からの補助なしで倒すのは難しいと判断いたします」


 ユキの言葉に、コウは仕方が無いかと考える。


「反重力ユニットを使おう。小型の物でも幾つも体内に打ち込めば大丈夫だろう」


「どのようにするのですか? 勿論直接撃ち込むことは可能ですが、それはお嫌なのでしょう。あのモンスターに影響があるほどとなると、最低でも100以上のユニットを撃ち込む必要がありますが」


 小型の反重力ユニットはそもそも本当に小型の物に使われるものだ。全長2,000mの範囲はカバーできない。現れたシーサーペントは質量もだが、細長いその形状も問題だった。


「確かに、それじゃあ駄目だな。それでは、まずはオリハルコンでできた長槍で頭を突き刺してみる。あれは大抵のモンスターに多大なダメージを与えるからな。それでも死ななかったら、例のマナをたっぷり含ませたミスリルとオリハルコンの大剣を先端に装備した槍を作っておいて、怒りに任せて突っ込んでくるだろう相手を、文字通り串刺しにする。流石にそれで死ぬだろう。念の為そのやりの中には小型の反重力ユニットを多数仕込んでおこう。仮にそれで死ななかったとしたら、それを起動させて持ち上げて、全員で攻撃だな。死んだら亜空間の中に槍ごと収納しよう」


 かなり強引で目立つ作戦ではあるが、獲物が獲物だけに、どうせどうやっても目立つのだ。スマートに倒すのは考えるだけ無駄と判断し、コウ達は準備を始めた。


 水深2,000m深海をその生物はゆっくりと身体をくゆらせながら泳いでいた。実際はかなりの速度ではあるのだが、余りにも大きなその体から比較すると、ゆっくりと進んでいるようにしか見えない。その生物は全体的には海蛇のような姿をしていた。但し頭はワニに似ている。その大きな口を開け時々クジラやサメを飲み込む。クジラの群れでさえ、小魚の群れに等しい。

 そのモンスターはかつてはシーサーペントと呼ばれていた。然しながら他のものとは僅かに違っていた。通常のシーサーペントより遥かに長生きだったのだ。シーサーペントは死ぬまで大きくなる性質がある。ただでさえ海の中の食物連鎖の頂点に位置する生物だ、直ぐに敵はいなくなった。堅い鱗を傷つける敵はおらず、仮にいたとしても、鱗の下にある分厚い皮膚を破ることはできない。それはいつの日か神話上の伝説の怪物となり、リヴァイアサンと呼ばれるようになった。


 何も恐れることなく、ひたすら口の中に入る獲物を食べていた。自分の今進んでいる速さより速く泳ぐことのできる獲物は多い。だが殆どのものは気付いたときには周りの海水ごと自分の口の中に吸い込まれる。それは同種であるシーサーペントですら例外ではなかった。

 

 いつもの日々だと思っていたある日、頭から顎に痛みが走る。何と自分の頭を細い金属の棒が貫通していた。苦痛はあったもののそれぐらいでは自分を殺すことはできない。身体をくねらせると僅かに抵抗があったものの、金属の棒が自由に動くようになる。そして巨体に似合わず、身体を曲げ器用にその棒を抜くと見る見るうちに傷がふさがっていく。

 海上に意識を向けると、そこには自分と比べると遥かに小さいが、他の獲物と比べると大きな物体が海上に浮かんでいた。自分を攻撃したものに違いない。

 リヴァイアサンは海上へと向かい、海中でほぼ立ったような状態で海上から鎌首を挙げる。自分に痛みを与えたものはどんな相手かと興味半分に。だが目に映ったものは天から落ちてくる黄金と白銀の眩しい光だった。その瞬間頭から尻尾の先まで激痛が走る。リヴァイアサンにとって幸運なことにそれは長く続かず、直ぐに意識を失った。


 探知をして1時間後サラは空中にいた。ただ単に反重力を使って空中にいるわけではない。ユキの本体からサポートを受けて、その空間に固定されていた。外からパッと見ただけでは違いが分からないが、使われている技術は段違いだ。この惑星も自転しているし、公転もしている。更に言えば中心となる恒星とて移動している。ただ単に空間に固定しただけだったら、一瞬でサラは視界から消えるだろう。

 宇宙空間における絶対的な座標を変化させながら、尚且つ惑星上の相対座標を固定させる。恒星間国家の技術のなせる技だった。


(予定の目標位置に到達。攻撃開始をお願いします)


(了解!)


 返事と共に全長3,000mに及ぶオリハルコンの槍がサラの手元に現れる。そして現れた瞬間全力で目標の頭に向けて、サラは槍を突き出す。予定通りオリハルコンの槍は堅い鎧も分厚い皮膚も貫通し、脳も下顎も貫通して、外に飛び出す。だが目標はそれでは死ななかった。暴れだした時、サラは押さえ込もうとするが、なんとパワー負けしてしまい、手を放す羽目になってしまった。身体が固定されてなかったらはるか遠くへ放り投げられていただろう。


(このあたいがパワー負けした!?)


 サラが驚きの声を上げる。可能性は認識していたが、実際に体験するとなると話は別である。幾ら身体が大きいといっても水生生物は、浮力があるためその巨体を支えるだけの力が必要なく、力負けするかどうかはやってみないと分からない部分もあったからだ。


(作戦の第2弾の準備。目標急浮上。進路上に船は無し。予測通り一旦付近の海面に顔を出すものと思われます)


 1分もたたないうちに巨大なワニに似た頭が、海上から水しぶきと共に飛び出す。しかしそこには、黄金と白銀に輝く2つの穂先を備えた、長大な槍を持つサラが待ち構えていた。


(もらった!)


 サラが少し興奮した様子で槍を突き刺す。もしAIではなかったら興奮のあまり思わず口に出して叫んでいそうな気合の入りようだ。

 槍は目標の頭を突き抜け、心臓を貫き、そのまましっぽの先まで貫通した。


(対象の生命活動停止を確認)


 ユキの報告が聞こえたのは約10秒後のことだった。驚くべきことに全身を貫かれながら、即死しなかったのだ。恐るべき生命力といえた。


(ふう。とりあえず終わったか。やれやれ、この惑星の生態系には恐れ入る)


 コウの感想はAI達も共感できるものだった。


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