第258話 タリゴ大陸へ向かう船

「それではどういたしますか? 人間の勢力を巻き込むとなると、魔の大陸に直接転送して調べるわけではないのでしょう?」


 ユキがそう聞いてくる。


「そうだな。何か悪いことをするわけではないのに、こそこそするのは性に合わないからな。どうせなら正々堂々と乗り込みたいものだ」


「本当に、そのために戦争を起こすんですの?」


 マリーが意外そうな顔で聞いてくる。何せ今まで極力、国家間の争いと距離を置いていたのだから。


「人聞きが悪いな。起こっている戦争を利用するだけだよ。この大陸から向かえばこの大陸のものを巻き込むかもしれないが、隣の大陸の怪しい国から向かえば、巻き込む可能性は低くなるだろう。

 それに勢力を拡大している国は既に魔族の手中かもしれない。若しくは騙されて手先にされているのかもしれない。そうであれば、解放してやるのは人道的だろう?

 とは言っても極端に今までのスタイルを変えるつもりは無いがね。ただ、帰還に繋がる情報を得る可能性がある、となったら優先順位が変わるのは仕方の無いことだ」


 寧ろ強引に事を進めないだけ自分は穏便な方だとコウは思う。それこそ何も考えず魔の大陸に転送して調査を行い、邪魔するものは強制排除、という判断をする指揮官も少なくはないだろう。ただそれをやったら魔族が魔の大陸に集中しているだけに、本当に種族自体が絶滅しかねない。

 力の差が分かって早めに攻撃を止めてくれれば良いが、この世界の住人の強さは保有している魔力量で計る傾向がある。そうなった場合自分達は格下とみなされる可能性が高い。攻撃を受けてもひたすら耐えるという趣味が無い以上、自分達だけで戦うより共同戦線を張る方が、手間はかかるが外聞的には良いように思う。


「そういう訳で、早速タリゴ大陸北方行きの船を探そう。幸いにもリューミナ王国はタリゴ大陸北方との交易が盛んだ。そう見つけるのも苦労せずともよいだろう」


「承知いたしました。行動原理も理解しました。その上であえて問いますが、真意はどのようなものでしょうか?」


 ユキが嘘は許さない、というような鋭いまなざしをして聞いてくる。


「ふむ。真意も何も、さっき話したことが全てだが、冗談で良いのなら、心の片隅で思っていることを話しても良いがね」


「はい、それで結構です。心の片隅でも思っていることを理解しないことには、十全にサポートができない場合がありますので」


「シーサーペントの肉が食べたい。ドラゴン、ロック鳥は食べた。残る大物はシーサーペントのみだ。ここまで来たんだ。帰る前にぜひとも食べておきたい。できることならばだが。もちろんこれは冗談だがね」


 冗談と言いつつも、それが目的であることは誰の目から見ても明らかであった。だがこの場で唯一の命令権をもつコウが冗談と言えば冗談なのだ。軍規にも違反していないし、建前……もとい、きちんとした作戦目標及び計画は立てている。何も問題は無い。


「……予想の範囲内ですね。軍規では罰せられないグレーゾーンですが……」


 半分呆れたようにユキが答える。


「グレーは白だよ」


 答えるコウは澄ましたものだ。


「まあ、良いんじゃね。シーサーペントの肉か。どんな味なんだろう」


「そうですわね。やはりシーフードらしく淡白な味でしょうか。楽しみですわ」


 サラとマリーに関しては、作戦立案に関係ないとばかりに料理談義に花を咲かせ始めた。


 そして、コウ達はタリゴ大陸の船を探し始める。ただ、基本的には行きかうのは商船なので、意外と客を乗せるような船は少ない。それでも、用心棒としては適任と思われているのか、船賃無料どころか、依頼料を払ってでも乗ってもらいたい、と言ってくる船長が複数出てきた。船室も船長室を使わせてもらえるらしい。直ぐに出発しなければならない、というほど急いでいるわけではないので、2、3日考えようと思い、コウ達は王都をブラブラとしていた。

 そして、いざ2日経ってみると、自分達を乗せてくれる船は1隻しかなかった。勿論船が一斉に出港したわけではない。他の船長がその1隻の船に遠慮したのだ。

 その船はパズールア湖にその姿を悠々と浮かべていた。沿岸部を進む船よりも、比較的大きな外洋船の中にあって、更に大きく、それでいて優美な船。真っ白く塗られたその船体は陳腐な表現ながら海の貴婦人、いや女王と呼ぶべきもののように感じられた。リューミナ王国の誇る100m級の4本マストの最新鋭の旗艦ユクトゥース号である。


「お初にお目にかかります。ユクトゥース号の艦長を務めております。ユーゼと申します。この度は皆様のタリゴ大陸への度のご助力をさせていただきたいと思います。よろしくお願いします」


 丁寧にあいさつしてくる男は海の男らしく鍛え上げられ身体と、日に焼けた皮膚をしていた。


「自分達はタリゴ大陸に向かう商船を探していたのですが……」


 そう言いつつとりあえずコウは艦長と握手を交わす。


「偶然、我々もタリゴ大陸へと行く用件がありましてな。そこで、あなた方がタリゴ大陸に行く船を探していると小耳にはさんだのですよ。それならば今をときめく冒険者であるあなた方を乗せる船はユクトゥース号がふさわしいと名乗りを上げたわけです。軍艦ではありますが、王族が乗られることも想定されているため、それにふさわしい部屋も中にあります。勿論使用許可は取ってありますぞ。

 道中の快適さ、安全さどれをおいてもこの船の右に出るものは無いでしょう。他の船長もみな快く賛同してくれました」


 白々しいことこの上ないセリフである。リューミナ王国の海軍に睨まれても、自分達を乗せようという船長はいないだろう。


(どうしますか?)


 ユキが聞いてくる。


(どうするも何も、こちらが遠慮したのに首を突っ込んでくれるんだ。せいぜい利用させてもらうさ)


 コウはそう答えてユクトゥース号に乗ることに決めたのであった。


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