第27話 ワイバーン討伐

 (12時方向より、敵性生物の接近を確認。個体数1、距離16,200m、高度200m、接近速度150㎞/h、個体名ワイバーンと思われます。データ不足より正確な戦闘力は測定不能、推測値0.0001~0.00015)


 ユキから思考通信が入る。戦闘力は無武装状態の標準的なアバターを100として算出される。僅かな数字とは言え、数が集まれば倒される可能性があるということは、たとえ1匹でも傷つけられる可能性があるということだ。そして、それがたたま致命傷になる可能性も0ではない。

 多ければ数百万隻の艦船、小型艦まで入れれば1千万隻を超える艦艇が争う星間戦争において、不幸がいくつも重なり、ありえないと思われた状況で、撃沈された艦を何隻も見てきた。油断はできない。コウは接敵前に撃墜する事を考える。


(今回はあたいとマリーに任せてくれないか)


 そんな時サラから通信が入る。


(作戦次第だな)


 しばらく迷った後、コウは答える。


(まずマリーを目立つ場所、まあ丘の上かな、に立たせる。火球が射出できるようだが、マリーの防御力なら問題ない。最終的には接敵してくるはず。そこをあたいが狙う)


(わたくしは撒き餌ですの)


 少し不満そうにマリーが言う。

 コウは少し考える、今までは基本的に相手の攻撃範囲外で倒している。これがずっとできるのならともかく、それができない状況になることも考えられる。その意味では集団ではなく、単体で来る敵でこの世界での接近戦を経験をしておくことも悪くはないと思えた。


(ふむ、許可する。但し、危険が許容範囲を超えた場合、私及びユキが攻撃を開始する)


 思考通信での作戦会議を終えると、しばらくしてマリーが丘の上に登っていく。


「ん?あいつは何やってるんだ」


 そう不思議そうな顔をしてザッツが聞く。コウが答える前に、ギャオーという鳴き声が聞こえる。“嵐の中の輝き”の面々が空を見上げる。


「ワイバーンだ」


 “嵐の中の輝き”の中で最も目が良いと思われるミストが、いつもの呟くような声ではなく、みんなに聞こえるようにはっきりとした大声で叫ぶ。


「全員木々の間に隠れろ!」


 ザッツは急いで指示を出す。ワイバーン。飛竜とも呼ばれるが、前脚が蝙蝠の翼のようになっており、本物の竜、所謂ドラゴンとは種が違うと言われている。実際その強さは比較にならないそうだ。知能もそんなに高いというわけではない。だが、Bランクのモンスターであり、曲がりなりにも竜と名がつくだけあって、全身を覆ううろこは固く、並の弓どころか、剣でも傷つけることは容易ではない。しかも、空を飛び一方的に火球を撃ってくる。火球は、並の人間なら1発で消し炭になる威力である。幸いなことと言えば、火球は魔力を使うため、1日に吐ける回数が限られていることぐらいか。

 ゴブリンがここに来た理由は、たまたま巣をこのワイバーンの狩場にされたせいだろう。そして、たまたまいつもの狩場に餌がいなかった時に、たまたま魔の森の方に吹いていた風から漂ってきた、たまたま焼けたゴブリンの肉の匂いを嗅ぎつけたに違いない。

 

(たまたまがいくつ重なるんだよって話だよな。ついてねえな)


 ザッツはそう思い、小刻みに震える。まともに戦ったら、全滅しかねない敵である。周りの森に火をつけられたら戦うまでもなく、焼け死んでしまうだろう。一縷の望みを“幸運の羽”に託す。常識外れのあのパーティならなんとかするかもしれない。

 木に隠れて周りを見ると、マリーと呼ばれる女性が丘の上に突っ立っている。ザッツの言葉が聞こえなかったのだろうか。助けに向かおうとするがその前に、ワイバーンがマリーの上空に現れる。ギャーっと威嚇の声を一声あげると火球を射出した。


 マリーは特に慌てる事もなく、ワイバーンを見ていた。ワイバーンの口が大きく開き火球が射出される。弾速はマリーの感覚からするとかなり遅い。余裕で火球の前に盾を掲げる。

 火球が盾に当たると、爆発したように炎が広がる。ただ、マリーの盾は巨大であり、マリーの体に火の粉は降りかからない。何度か射出して、効果がないのを見るとマリーに向かって突撃してくる。

 マリーは盾を下ろし、直立不動のままワイバーンが来るのを待つ。


(コーティング損傷率0%。自動修復量0%。このモンスターの火球ではコーティングも傷つかないようですわね。自己修復もしていないようですし)


 コウ達はアバターだけでなく、装備も自己修復能力を持っているし、それらを覆っているコーティングは直ぐに張り替えることが可能だ。多少機能や性能が劣ろうが、頑丈でメンテナンスフリーのものが今も昔も軍需品として選ばれるものである。

 ちなみにこれに加えてパーソナルシールドというエネルギーシールドを、半径3m以内に張ることができるが、それだとシールドを破らない限り向こうが攻撃できないので、この作戦では使う意味がなかった。


 ぼーっと立っているように見えるマリーに向かって、ワイバーンは足の鉤爪を開き、持ち上げようとする。堅い敵は持ち上げて上空から落としてやればいい。今までの経験からワイバーンはそう考えていた。ワイバーンはこの世界の牛でも持ち上げる事が出来る。多少装備があろうが、人間を持ち上げるなど造作もないこと、のはずだった……


 マリーの両肩がワイバーンの足に捕まえられる。僅かに持ち上げられる感覚がした瞬間、持ち上げられられないくらいに、慎重に重力制御装置の出力を落とす。おおきく翼を広げ、勢いをつけて飛び上がろうとしたワイバーンだが、マリーが動かなかったため、逆にその反動で地面にたたきつけられる。

 ワイバーンは何が起こったか分からなかったが、考える必要はもうなかった。地面に倒れこんだ瞬間、飛び出したサラの大剣によってあっさりと首を切られたからである。ギャワっという地面に倒れた時に発した疑問の声が、ワイバーンの最期の一声だった。


(生命活動停止確認。再生兆候なし。戦闘データ取得。推測値の修正、鱗の耐久力+5%、筋肉の耐久力-10%、骨の耐久力+5%、筋力+30%、修正後の戦闘力推測値 0.00012~0.00015)


 ユキのアナウンスが、コウ達の頭に流れる。戦闘力の精度が上がっている。接近戦をするのも悪くはない。しかし、こんな巨大生物が空を飛ぶなど、この世界の物理法則が元の世界と異なることを実感する出来事である。きちんとした研究施設がないのがもどかしい。ともかく戦闘終了である。


 ザッツは信じられないものを見て唖然としていた。“幸運の羽”がもしかしたら何とかしてくれるかもしれないという期待もしていたが、全滅も覚悟していた。その自分たちでは到底太刀打ちできないような敵を、まるで猫がネズミをもてあそぶようにして倒してしまったのである。

 自分の目で見ていたにもかかわらず信じられない。人にペラペラと話す気はないが、話したとして、果たして信じる奴が居るだろうか。少なくとも自分だったら信じない。仲間を見ると皆、あのミストでさえ呆けた顔をしている。化物、人間ではない何かの化物。そんな感じ、つまり恐怖をコウ達に抱く。


「ゴブリンたちが巣を移動させたのは、ワイバーンに追い出されたからですかね。そうだとしたら調査をしなくて済むんで楽なんですが」


 コウが今までと同じ調子で話しかけてくる。強敵を倒した高揚も何もない。落ち着いたごく普通の態度だ。ザッツは逆にそれが恐ろしい。その気になったらコウ達は眉一つ動かさず自分たちを全滅でさせる事が出来るだろう。Bランク、そしてAランクといった自分たちが束になってもかなわない奴らはいる。だがコウ達の強さはそれとはまったく違う次元のように感じていた。


「あ、ああ、恐らくそうだと思う。追い出されたというより、巣を狩場にされたんだろうがな。ワイバーンにとっちゃあゴブリンの巣なんて、無限に獲物の湧き出る餌場みたいなもんだろうからな」


 ゴブリンの肉は不味くて有名だが、より強いモンスターに取っては餌にされることの多いモンスターでもある。


「ちなみに彼女たちは、治りますかね」


「そ、そうですね。時間をかければ私でも、そうでなくてもジクスの教会に行けば治ると思いますよ。少しお金はかかりますが」


 パーティ最年長のハルガンでさえ、まだ動揺が抑えられていないようだ。


 コウの収納魔法にワイバーンの死体が収められると、果たしてさっき見たのが現実だったのか疑わしくなってくる。


「では、村長に報告して、今日帰るのは中途半端ですから、出来れば村に泊まらせてもらって、明日ジクスへ戻るという事で良いですか」


 コウが尋ねてくる。ザッツはなんとか頷くことしかできない。


「その前に、女性たちをなんとかする必要がありますね」


 そう言って、コウはユキ達の方を向く。なんとかって、消しちまうんじゃないよな、と一瞬ザッツは思ってしまう。


「向こうで、体をふいて、服を着せてあげてくれ。ハルガンさん少しでいいので、治してもらっていいですか」


 そうコウが言うと、ハルガンが初級の精神治癒の魔法を唱え、“幸運の羽”の女性陣が木陰へと、捕らわれていた女性を運んでいく。


 しばらくすると、ユキ達が小ざっぱりした、捕らわれていた女性達を連れてくる。女性達はもう一度ハルガンが魔法をかけると、手を引けば大人しくついてくるぐらいには回復した。


 コウ達は無事ゴブリンを倒したこと、巣をつぶし、捕らわれていた女性を救ったことを村長に報告し、快く泊めてもらい。次の日、意気揚々とジクスへと帰っていった。

 ちなみに心なしか、旅の間“嵐の中の輝き”との距離が空いていたが、コウ達は特に気にすることはなかった。


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