第294話 ルーシア帝国皇帝ザーラバム

「……というわけです」


 ダラグゲートは、かなり偏見に満ちた世界の情勢を語り終える。


「なるほどな。情勢はある程度把握した。にわかには信じられぬが、不可解な黒い球体のせいだと考えれば、考えられなくもないか……ではこの城は今から我が居城とする。なに、一時的なものだ。新たに城を作らせる故、それができたらこの城はそなたに下げ渡そう」


 そう言うとザーラバムは欠伸を一つする。


「それだけでございますか……」


 驚いたのはダラグゲートだ。嘘は言っていないが、多少魔族の惨状を大げさに言ったにもかかわらず、ザーラバムは自分達魔族の現状に興味が無さそうだった。


「それだけとはどういう意味だ?」


 ザーラバムは少し考えると、膝をポンと打つ。


「そう言えば、そなたに許しを与えてなかったな。先ほどの言葉で通じていると思っていた。今、我は大きな仕事を成し遂げた後で疲れている。状況が分からぬ不安もあったしな。それ故その不安を払拭した功を以て、そなたの罪は問わぬことを約束しよう」


 ザーラバムの言葉はダラグゲートが期待したものではなかった。そもそも罪とはなんだろうか。


「恐れながら、私の罪とはなんでしょうか? それと、人間どもへの報復はどうされるのでしょうか?」


 ダラグゲートは少し萎縮しながら尋ねる。


「そなたは体内に魔石さえ持たぬ劣等種たる人間に、多くの同族を殺されたのであろう。それを罪と言わず何とする。後、報復だったか? 征服の間違いであろう? だが我が行うのは征服ではないぞ。元々は世界は我の物だったのだ。我がいなかった時のことまでは責めぬが、我が戻ってきた以上、返上するのが筋であろう」


「陛下は魔族を殺した人間を不問にするおつもりですか?」


 ダラグゲートは思わずそう言うが、ザーラバムはそれを聞いて不愉快そうな表情を浮かべる。


「先ほど言った通りだ。我がいなかった時のことは不問だ。そうでなければ無能者として、そなたを殺していたところだ。復讐がしたいのであれば、そなたが勝手にすればよかろう。特別に許可を与えてやる。それとも何か、我にそなたの失敗の後始末でもしろと言うつもりか?」


「いえ、そのようなことは……温情恐れ入ります」


 ダラグゲートは深々と頭を下げる。そして思う。蘇った大魔王、いや皇帝は自分が考えていたような、同族のことのみを考える王ではない。ギリギリ魔族を同族とは考えているようだが、それよりは絶対的な支配者としての考え方が大きい。気に入らなければ人間だろうと魔族だろうと関係なく殺すだろう。


「分かればよい。では我は一眠りするとしよう。寝室に案内せよ。我についてきたものも客間に休ませろ」


「仰せの通りに」


 ダラグゲートは自分の寝室へと案内する。それはいたるところにオリハルコンやミスリルの装飾品が飾られた豪華な寝室だった。


「なかなか良い部屋ではないか。そう言えばここはオリハルコンやミスリルの鉱山の近くだったな。我の時代に掘り尽くしたと思っていたが、新たな鉱脈でも見つけたか? それとも全く別の場所から運んできたものかな?」


「近くに鉱脈はありましたが、同じ場所かどうかは分かりません」


「それもそうよな。この場所だ」


 ザーラバムがぱちんと指を鳴らすと、壁に世界地図が映し出される。この世界の基準から言えばかなり正確な地図だった。そしてその中の1点が赤く光る。それはこの王都の近くではあったが、現在は自分達では立ち入りができない場所だった。コウ達がいる場所だ。


「確かにこの付近の鉱脈から採掘したものが殆どです。例の人間どもが立ち入り禁止にしている地域でもあります」


「ふむ。そうなると未発見の鉱脈があるかもしれぬな。一休みしたら行ってみるか。そこの方が魔力の回復が早そうだ。場合によってはそこに我の城を築こう」


 ザーラバムは人間たちが立ち入り禁止にしてると言っても、気にもしていないようだった。そのまま豪華なベッドに入ると、無防備に寝てしまう。まるで警戒もしていなかった。その姿にダラグゲートは苛立ちを覚えるが、同時にザーラバムが奴らにどう対応するのか楽しみにもなった。


 

 次の日、幾分すっきりした顔でザーラバムは起きてくる。そして最初から城の主だったように、玉座に座る。謁見の間にはあらかじめ4将をはじめ、今の魔族で上位の地位にある者が集まっている。これから何が起きるのか、そう考え不安に思っている者もいる。


 ザーラバムは謁見の間にいる者達を一通り見渡すと、魔力を開放し念話を全世界へ向けて発信した。

 

「跪け」


 その一言で、この場にいる者だけでなく、この惑星のおおよそ知性を持つすべてのものが跪く。頭の中に直接響いたのだ。寝ていた者は飛び起きて、仕事をしていた者はそれを途中でやめてまで。レファレスト王やオーロラ、人外ともいわれるSランク冒険者とて例外ではなかった。レファレスト王は玉座から降り、またオーロラは執務室の机から外れて……全ての知的生命体がザーラバムがいる方向を向いて跪き一斉に頭を垂れる。

 端から見たら滑稽な光景だったが、その場にいる誰一人として、馬鹿にする者は居ない。それどころか、話すものさえいなかった。


「告げる。我はルーシア帝国皇帝ザーラバムである。これより全世界の生きとし生けるものは我の支配下に入る。我はこれから我の城を建造する。各地の王と称する者よ。宝、資財、奴隷を差し出せ。我は寛大である。中身が相応の物であれば、統治者として有能と認め、再びその地を治めることを許そう。だがそうでなければ、我を侮辱したとして、その国は更地にする。ネズミ1匹とて生かしてはおかぬ。肝に銘じておけ」


 傲岸不遜な命令がなされる。宣言がなされた後しばらくは、誰一人として動く者は居なかった。

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